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第5話 黒猫VS赤兎


「ひゃはははっ! どうした黒猫、もう息が上がってるんじゃねえのかぁっ!」


 紅いうさぎの怪人となった盗賊のリーダーが、周囲の巨木を弾丸のような速さで蹴り飛び回る。


 夜の闇に紅い残像が幾重にも重なり、ヒロトを翻弄した。


「ちっ……早すぎる。まともに視界に入らねえ」


 ヒロトは拳を固め、黒煙を周囲に漂わせて防御を固めるが、怪人はその隙を突いて木から木へと飛び移る合間に、鋭い蹴りを見舞ってくる。


「らぁっ!」


「ぐっ……!?」


 空振りを誘われ、ヒロトが体勢を崩した瞬間に、怪人の重い足蹴りが脇腹にめり込む。


「がはっ……!」


 地面を転がりながらも、ヒロトはすぐさま立ち直る。

 だが、怪人は止まらない。着地した瞬間に再び地面を蹴り上げ、もはや物理法則を無視した角度から連撃を繰り出してきた。


「おいおい、なんだそのへなちょこパンチは! 攻撃ってのはな、こうやるんだよぉっ!」


 怪人の脚がしなり、ヒロトの胸元へ強烈なカウンターが突き刺さる。


 ドォォン、という鈍い衝撃。ヒロトはたたらを踏み、苦虫を噛み潰したような顔で怪人を睨みつけた。


 「あのアホみたいな機動力、なんとかしねえとな」


 一方、川べりの巨木の下では、負傷したレルが荒い息をついていた。


 先ほどの怪人の蹴りは、重厚な鎧を着ていない今の体にはあまりに重かった。


「レルさん! 大丈夫ですか、レルさんっ!」


 ファルケが怯えながらも、必死にレルの肩を揺さぶり続ける。


「あー……大丈夫だ。だが、今の一撃はやばかったな。腹の奥でまだ衝撃が暴れてやがる」


「おいおい、こっちは随分と簡単そうじゃねえか。リーダーの相手をしてる化け猫より、まずはこっちのボロ雑巾から片付けようぜ」


 残りの盗賊二人組が、卑劣な笑みを浮かべながらじりじりと距離を詰めてくる。


 ファルケは震える手で剣を構えた。


「や、 やるなら僕が相手だ!」


「ひゃはは! 震える手で何ができるってんだよ」


 盗賊が斧を振りかざす。絶体絶命の瞬間、レルがファルケの肩を掴み、その剣をそっと下げさせた。


「下がっていろ、ファルケ。……ここは俺に任せろ」


「でも、レルさん! そんな状態で――」


「震えているお前が戦うよりはマシだ。それに……騎士の戦い方ってやつを見せてやる、よく見ておけ」


 レルはふらつきながらも立ち上がり、短剣を逆手に持ち替えた。


 その瞳からは、痛みに耐える苦悶の色が消え、戦場を生きた兵士の鋭利な光が宿る。


「おいおい、そんなボロボロな体で俺らに挑むのかよ。」


「死にたいようだな!」


「ふん。騎士の力をなめるな。……ただの暴力と、鍛え上げられた武芸の違いを教えてやる」


「うるせえっ! 死ねぇっ!」


 二人の盗賊が左右から同時に襲いかかる。


「レルさん!」


「大丈夫だ――」


 レルは短剣にわずかな、しかし凝縮された魔力を込める。


 相手が間合いに入った刹那、レルの体が最小限の動きで斧をかわし、踏み込んだ。


「破竹割り(はちくわり)!」


 鋭い一閃。短剣とは思えぬ重厚な斬撃が、盗賊の分厚い革装甲を紙細工のように切り裂いた。


「がはぁっ!?」


 盗賊は胸元から鮮血を吹き出し、その場に崩れ落ちる。


「な、なんだと!? 一撃で……っ!」


 もう一人の盗賊が恐怖に顔を引きつらせるが、レルの追撃は止まらない。間髪入れずに、突きへの予備動作に入る。


「節抜き突き(ふしぬきづき)!」


 一点集中の鋭い突き。短剣の先が空気の壁を貫き、盗賊の胸部中央を的確に捉えた。


 ドンッ! と空気が爆ぜるような衝撃が走り、盗賊の男はそのまま数メートル後ろへと吹き飛ばされた。その胸の装甲は粉々に砕け散っている。


「す、すごい……」


 ファルケが呆然と呟く。だが、技を出し終えたレルもまた、限界だった。


「……っ、がはっ」


 レルはその場に膝をつき、肩を大きく上下させる。


「大丈夫ですか!」


「ああ……ちょっと力が入りすぎてな。……それより、あいつは大丈夫か」


 レルの視線の先では、黒煙と紅い残像が依然として激しくぶつかり合っていた。


「ひゃはははっ! このままだと一方的に終わっちまうぞ! さっきの威勢はどうした黒猫ォ!」


 紅いうさぎの笑い声が森に響く。


 ヒロトは冷や汗を流しながら、怪人の動きを分析していた。


(あいつの機動力はあのデカい脚が要だ。……だが、それ以外は俺と同じ近距離戦闘タイプ。だったら……)


 ヒロトは目を閉じ、内に眠るクロの魔力を極限まで脚と目に集中させた。


「クロ、全魔力を脚と目に回せ。一瞬でいい」


「しょうがないニャ、主。失敗したら肉球で顔面叩き潰すニャ!」


 ヒロトの足元に漂う黒煙が、一際濃く、激しく渦巻き始める。


「何をしても無駄だっていってんだろぉっ!」


 怪人が上空から、全重力を乗せたトドメの蹴りを放つ。


 だが、ヒロトは動かなかった。直撃する寸前――。


「……見えた」


 ヒロトは最小限の動きでその蹴りを躱すと、着地際、無防備になった怪人の脇腹へ、自身の脚を叩き込んだ。


「なっ……がはぁっ!?」


 初めての一撃。怪人はよろめきながら距離を取る。


「ちっ……たまたま一撃入れたくらいで、調子に乗るなよ!」


「たまたまだと思うか? 真似をしたんだよお前の動きをな」


「真似だぁ?」


「お前のその自慢の脚の動きをな。俺も脚と目に魔力を集中させて、反射速度を限界まで上げたんだ。……お前のスピード、もう見切ったぜ」


「抜かせぇぇっ!!」


 逆上した怪人が、周囲の木々をさらに激しく飛び回り、全方位から同時攻撃のような残像を伴って襲いかかる。


 だが、ヒロトの黄金色の瞳は、その「実体」を捉えていた。


 怪人が背後から必殺の一撃を放とうとした、その瞬間。


 ヒロトは片足に全ての黒煙を収束させ、カウンターの回し蹴りを放つ。


黒破脚こくはきゃく!!」


 ドゴォォォンッ!!


 漆黒の衝撃が炸裂した。

 紅いうさぎの脚と、ヒロトの黒煙を纏った脚が真っ向から激突し――勝ったのは、ヒロトの闇だった。


 何かが砕ける音が響き、紅い怪人は凄まじい勢いで森の奥へと吹き飛んでいった。


「うさぎ狩りは……終わりだな」


 ヒロトが着地し、変身を解く。

 だが、吹き飛んだ先で怪人はボロボロになりながらも立ち上がった。


「く、くそっ……! 今日はここまでにしといてやる……覚えとけよ!」


 怪人は無様に尻尾を巻いて、闇の中へと逃げ去っていった。


「おい、待ちやがれ! 聞きたいことが――」


「深追いはやめろ、ヒロト」


 レルの制止する声が届く。ヒロトは舌打ちしながらも、肩の力を抜いた。


「……レル。そっちは大丈夫か?」


「ああ。こっちは片付いた」


「くそ、あいつからは聞きたい事があったのに。すまん」


「いい。今は全員が無事だったことに感謝すべきだ」


 レルは地面に転がっている、意識を失った二人の盗賊を指差した。


「それより……こいつら、どうする」


 翌朝。森の中。


 二人の盗賊が目を覚ますと、そこは眩いばかりの夢のような場所だった。

 

 目の前には金銀財宝が山のように積まれ、美女たちが自分たちを誘っている……。


「う、ウハウハだぜぇ……」

「たまらねえなぁ……」


 盗賊たちはだらしなくよだれを垂らし、恍惚の表情を浮かべていた。


――だが。


 その現実は、全裸で森の木に縛り付けられ、頭にはマドイリスががっちりと噛み付いているという、あまりに無惨な姿だった。


「……流石に、全裸にするのはやりすぎじゃないですか?」


 少し離れた場所で荷物をまとめるファルケが、引き気味に呟く。


「嫌、アイツらには現実の辛さを味わわせるべきだ。俺たちの食料を狙った報いだな」


 ヒロトが淡々と言いながら、盗賊たちの荷物から没収した装備品をチェックする。


「はーあ……。まあ、俺ら一銭も持ってなかったからな。こいつらの剣や鎧を売って、宿代の足しにしようぜ。……ちなみにレル。次の街まであとどれくらいだ?」


「あと、四日だな」


「…………四日。四日かぁ」


 ヒロトはガックリと肩を落とした。


「ふむ。ファルケよ、ここで一つ、仲間の初仕事を言い渡す」


「はい! 何でしょうか、ヒロトさん!」


「よし……。ほら、おぶれ」


 気づけば、ファルケはヒロトを背負わされていた。


「あの……これには、一体どういう意味が?」


「バカ野郎。これはだな、俺が高い位置から魔物が来てないかを確認するための、重要な斥候任務なんだよ」


「な、なるほど! さすがヒロトさん、合理的ですね!」


「ファルケ。そいつ、置いてっていいぞ」


 レルの冷ややかなツッコミが入る。


 その時だった。木の上から、新たなマドイリスが「獲物」を見つけて飛び降りてきた。


 そのターゲットは、無防備にファルケの背中でふんぞり返っているヒロトだ。


「あっ」

「あっ」

「あーっ!」


 マドイリスがヒロトの頬をガブリと噛む。


「……あ、あれ? ……すっげぇ……デカい骨付き肉が歩いてる……。美味そう……」


「ヒ、ヒロトさん? 」


「肉だぁぁぁーーっ!!」


「ぎゃあああ! やめてください、それ僕の頭です! 食べ物じゃありません!」


 ヒロトがファルケの頭にかじりつき、ファルケが悲鳴を上げながら走り回る。


「……やっぱり、置いていけばよかったな」


 レルが深い溜息をつきながら歩き出す。


「そんなこと言わずに、助けてくださいレルさぁーん! 」


「……あだだだ! 何かこの肉、かてーな!」


「肉じゃないですってばぁぁ!」


 騒がしい一行の声が、朝の森に虚しく、しかしどこか明るく響き渡っていた。



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