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【アップ】男山教会2022年9月18日礼拝説教

初めまして、天川裕司です。

ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。

また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。

どうぞよろしくお願い致します。

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬


【アメーバブログ】

https://blog.ameba.jp/ucs/top.do


【男山教会ホームページ】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【YouTube】(不思議のパルプンテ)

https://www.youtube.com/@user-vh3fk4nl7i/videos


【ノート】

https://note.com/unique_panda3782


【カクヨム】

https://kakuyomu.jp/my/works


【YouTubeドラマにつきまして】

無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、

お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。

基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。

創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪

出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬

でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、

どうぞよろしくお願いします(^^♪



【本日のメッセージ】

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=3ED5qflXYHs&feature=youtu.be


【ブログ】

https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12765735243.html

(ブログを見てくださると聖書を閲覧できます)



前奏

招詞 イザヤ書55章8~11節

詩 編 歌 119番(39節)

開 会 祈祷

主 の 祈り(週報裏面)

十戒・祈祷(週報裏面)

子ども説教

子どもと親のカテキズム問1

「神さまと共に歩む」

こどもさんびか

しゅにしたがうことは[改119(全1節)]

牧 会 祈祷

聖書

使徒言行録13章44~52節(新P240)

出エジプト記19章1~6節(旧P124)

説教

「主の言葉はその地方全体に

~神の選びと伝道の結実」

宮武輝彦

祈 祷

讃 美 歌 502番(1節)

みことばの交読文

イザヤ60章20~22節

感謝のささげもの・祈祷

頌 栄  539番

祝 祷

執り成しの祈祷

報 告



讃美歌~♬


讃 美 歌 502番

https://www.youtube.com/watch?v=onEFfE9pcLg


1

いともかしこしイエスの恵み、

つみに死にたる身をも活かす。

主よりたまわるあめの糧に

飢えしこころも飽き足らいぬ。

世にあるかぎり、きみのさかえと

いつくしみとを かたりつたえん。

2

すくいのめぐみ告ぐるわれは

たのしみあふれうたとぞなる。

ほろびをいでしこのよろこび、

あまねくひとにえさせまほし。

世にあるかぎり、きみのさかえと

いつくしみとを かたりつたえん。

3

くすしきめぐみあまねく満ち

あるに甲斐なきわれをも召し、

あまつ世嗣となしたまえば、

たれか洩るべき主のすくいに。

世にあるかぎり、きみのさかえと

いつくしみとを かたりつたえん。



2022年9月18日 礼拝説教 中心聖句

 

異邦人たちは…主の言葉を信じ…永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った。…主の言葉はその地方全体に広まった。

使徒言行録13章48,49節


今、もしわたしの声に聞き従い わたしの契約を守るならば あなたたちはすべての民の間にあって わたしの宝…祭司の王国、聖なる国民となる。…

出エジプト記19章5,6節


はじめに

主の言葉の拡大において、神の恵みによる救いの実現を見ることを学ぶ。

「次の安息日になると、ほとんど町中の人が主の言葉を聞こうとして集まって来た。」使徒パウロとバルナバの一週間の動向は不明であるが、おそらくは、その間にも、機会を得て、主の言葉を語り続けた。あるいは、聞いた者たちが、互いに呼びかけ、「主の言葉を聞こう」という期待と願望は大いに膨らんだ。パウロの願いは、「生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられる」(フィリピ1章20節、同1章17節「不純な動機」)。しかし、「主の言葉を聞こう」という願いにおいて、おそらくはユダヤ人の会堂から溢れるほどの多くの人々が集まった。

「しかし、ユダヤ人はこの群衆を見てひどくねたみ、口汚くののしって、パウロの話すことに反対した」。聴衆は、ユダヤ人、異邦人の別なく、すでにキリストを信じ洗礼を受けた者(改宗者)を含む。この「ユダヤ人」は、イエスが十字架刑に引き渡されたのが、祭司長たちのねたみのため(マルコ15章10節)であったのと同様。

主イエスは、「だれも行ったことのない業を、わたしが彼らの間で行わなかったなら、彼らに罪はなかった」「だが今は、その業を見たうえで、わたしとわたしの父を憎んでいる。しかし、それは、『人々は理由もなく、わたしを憎んだ』(詩編69編5節)と、彼らの律法に書いてある言葉が実現するためである」(ヨハネ15章25節)と言われた。先にステファノも、「いったい、あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、一人でもいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを預言した人々を殺しました。そして今や、あなたがたがその方を裏切る者、殺す者となった」(使徒7章52節)と告げた。主の言葉は、罪の世で、主の正義のための苦しみを証しする。

「そこで、パウロとバルナバは勇敢に語った」「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている」と。すでにパウロは、「神が復活させたこの方は、朽ち果てることがなかった」といい、キリストによる「罪の赦し」と信仰によって「義」とされる恵みの教理を告げた。「神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命」(ローマ6章23節)。「見なさい、わたしたちは異邦人の方に行く。主はわたしたちのこう命じておられるからです。『わたしはあなたを異邦人の光と定めた、あなたが、地の果にまでも 救いをもたらすために。』」(イザヤ49章6節、42章6節、45章22節)「異邦人たちはこれを聞いて喜び、主の言葉を賛美した。そして、永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った」「こうして、主の言葉はその地方全体に広まった」とは、キリストにおける神の選びにおける伝道の結実(エフェソ1章3~6節、2章8~10節)。

おわりに

ユダヤ人はなおも、神をあがめる貴婦人や町のおもだった人々を扇動し、パウロとバルナバを迫害し、その地方から二人を追い出した。しかし、二人は「彼らに対して足の塵を払い落とし」イコニオンに向かった。「他方、弟子たちは喜びと聖霊に満たされていた」。迫害・試練・困難の中で、主を常に喜んで共に伝道しよう。



(Mynote)


二〇二二年九月一八日(日曜日)

(子供説教)

「子供と親のカテキズム 問1」

「神様と共に歩む」

「私たちにとって一番大切な事はなんですか」

『神様の子供として、神様と共に歩むことです』

イエス様が人々におっしゃる事を守る事が大事。

(公同礼拝)

【聖書】

『使徒行伝』(第一三章四四〜五二節)

『出エジプト記』(第一九章一〜六節)

男山教会は宣教五十年を迎える。記念誌も十年毎に刊行して居る。絶え間なく、休む事なく宣教は成されて居る。繰り返して宣教は伝えられて行く。いろいろな特徴を持ちながら宣教記念を迎える教会がある。

主の宣教の拡大について、我々はどの基準をもって計れば良いのか?人数ではない。規模ではない。立つべき所は何か?持つべき義は何か?忍耐深く神様の為に働いて行く。

小さな宗教団体と大きな宗教団体がある。礼拝はイエス様の時代から、またそれ以前からずっとあった(繰り返されて来た)。一週間という期間がとても貴重になる。

或る宣教者に対し「もう一度説教をして下さいませんか?」これは良い依頼である。一度教会に来た人が「来週もう一度来たい」と思う事は、素晴らしい恵みにある(良い反応である)。

街の殆どの人が「パウロとバルナバの説教を聴きたい」として集まって来た。素晴らしい事。→どうしてこういう事が一週間で起こったのか?聖霊が働いて居る。御言葉が広がって行った(語り伝える事により)。家庭集会であったり身近な伝道であったり。

今日の教会がいかに硬直しているか?見えないバリアがある?無いのにそう見える?聖霊の働きに耳と目と心を傾けて居ないから?神様の話を是非とも聴きたいとする心に飢えて居る…この姿勢が大事。これは聖霊の働きから来て居り、人の業に依らない(人の業は切っ掛け)。

このパウロとバルナバの周りに人々が「話を聴きたい」として集まった光景を見て、ユダヤ人達は「なぜ自分達の周りに集まらなかったんだ?」と心底から嫉妬した。そしてパウロとバルナバを迫害し、信心深い人達(街の貴婦人・有力者達を扇動し協力させ)街から追い出した。

病人を治す等の奇跡を見れば人は付いて行く。ユダヤ人はパウロとバルナバを口汚く罵り、その言う事に強く反対までした。ユダヤ人か異邦人か?ユダヤ人クリスチャンか?異邦人クリスチャンか?イエス様を十字架に付けた時も、人々の妬み・怒りがそうさせた。妬みか殺意を生んだ。多くの人が集まって居るのを見てユダヤ人達はパウロとバルナバを妬み、否定し、追い出した。

「その業を見た上で私達を否定し憎んでいる」

これ等全ての事も、神様の御計画の内での事。迫害されなかった預言者が、これまで一人でも居たか?居なかった。迫害する事で人々は不義を重ねた。人々はほの妬みの心を全て払拭できない。だから救われる道がイエス様を通して神様が残されて居る。

主の正義を表して行くのが教会である。

「パウロとバルナバは大胆に語った、『神のことばは、まずあなたがたに語り伝えられなければならなかった。しかし、あなたがたはそれを退け、自分自身を永遠の命にふさわしからぬ者にしてしまったから、さあ、私達はこれから方向を変えて、異邦人達の方へ行くのだ。主は私達に、こう命じておられる、『私は、あなたを立てて異邦人の光とした。あなたが他の果てまでも救いをもたらすためである』」(『使徒行伝』第一三章四六〜四七節)。

キリストの復活を信じなくては成らない。何か特別な時だけではない。何時いつでも信じなければ成らない。信仰が天に届く時、絶望と縁を切る。確固たる信仰を持つ迄に人は未熟。

異邦人達はパウロとバルナバの話(説教)を聴いて大いに喜んだ。「主の御言葉を褒め称えてやまなかった」(『使徒行伝』第一三章四八節)。ユダヤ人達はそのパウロとバルナバを迫害した(街から追い出した)。宣教に迫害や非難は付き物。ユダヤ人は局所的に信仰による恵みを否定し追い出した。信心深い者達にもそう言う事がある。


【日本キリスト改革派 男山教会】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【最寄りの教会検索用】

https://www.rcj.gr.jp/



Table Caffe〜


榎本保郎牧師 ミニ説教19 「イエス・キリストを身近に」

https://www.youtube.com/watch?v=MCyjy8BuIIw


「私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは」

https://www.youtube.com/watch?v=lbm8N7ZZRMY


スペシャルWEB配信 無観客ライフ・ライン、世の光のつどい

https://www.youtube.com/watch?v=WtWo_wXvLAI


ハーベスト・タイム・ミニストリーズ

https://www.youtube.com/@HarvestTimeMin


不思議のパルプンテ

https://www.youtube.com/@不思議のパルプンテ/videos

(お暇な時にぜひどうぞ)


少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬


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