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6

 シュウは外の異変をすぐに感じ取っていた。トシの枕元に座っていたのだが、突然妙な気配を感じ、怪訝な表情で窓の方を見ながら立ち上がった。


「シュウ?」


「何か……妙な……」


「何か匂わない?」


 そう言いながら窓にルイが近づく。シュウはハッと目を見開きながらルイに飛びつくと、ルイを抱えて後ろに倒れた。と同時に、部屋の壁が一斉に炎に包まれた。


 きゃあっ……と、ルイとミゼルが悲鳴をあげる。突然のことに唖然としながらも、シュウはどこか逃げるところはないかと素早く動く。が、離れの壁は全て炎に包まれていて逃げ場はなかった。


「トシ!起きて!トシ!」


 ルイがトシを起こそうと必死になっていたが、トシは目を覚さない。ルイの声を聞きながらシュウは水場に入り、水瓶に溜められた水を桶ですくった。


「ルイちゃん、水をかけるよ」


と、シュウはルイの頭から水をかけ、もう一度水を汲んできて今度はミゼルにかけた。


 シュウはトシを背負うと、紐で自分とトシを括り付ける。その間にミゼルが桶に水を汲んできていて、その水をシュウとトシにかけた。


「駄目だわ。こんなのじゃ、全然消えない」


 桶で水を汲んでは壁にかけていたルイが叫んだ。


「先生!もう無理よ!」


「諦めちゃ駄目だ。必ずここから出るんだ」


 シュウは背中にトシを、両腕にミゼルとルイを抱えて燃え盛る壁を睨みつけた。


「皆で突破する」


 その時だった。


 目の前にファジルがふっと姿を現した。


「遅くなってすまない」


 ファジルはそう言うと、シュウの胸ぐらを掴んだ。


「あなたは……」


「今から影の世界に入る。よいか、恐怖を捨てろ。恐怖は影の住人が心に入り込む隙を与える。それからシュウ、二人を離すな。お嬢さん方は目を閉じておきなさい。決して開けないように」


 そう言うと、ファジルはシュウの胸ぐらを掴んだ腕にぐっと力を込めた。


 シュウは胸ぐらを思いっきり引っ張られた、いや、ファジルにブンッと勢いよく投げられたような気もした。


 シュウ達は真っ暗な空間に突如投げ出されていた。


 地面はない。浮いているという感覚もない。ただ、放たれた矢のように、真っ直ぐ前に向かって進んでいる体感があった。


 シュウは目を開いて前を向いている。左腕でミゼルを、右腕でルイを抱えている。ミゼルもルイも目を瞑ったまま、シュウの背中に腕を伸ばして、トシの身体をがっしりと掴んでいた。四人が一つの塊のようになって、闇の中を移動していた。


 皆を守るというシュウの強い思いは、恐怖など容易に跳ね飛ばした。闇の中から突如として現れる、形容し難いほど醜い容姿の化け物が、ソルアでなくとも見ることができた。


(これが影の住人……トシはいつもこんな者達の姿が見えているのか……)


 醜い姿の化け物は、目を見開いて四人に近づき、シュウを避けルイに興味を持ちながらも、最後には必ずミゼルに手を出そうとした。必死に抑えようとしても滲み出てくる恐怖に、化け物が寄ってくるのだ。


 しかし化け物が手や舌をミゼルに向かって伸ばすたびに、ミゼルの周りに現れる赤い光の膜がそれを阻み、化け物は顔を引き攣らせながら逃げていった。


(ファジル殿が守ってくれているに違いない……姿は見えないが……)


 シュウには随分長い時間のように感じられたが、実際は違っていた。シュウ達は燃え盛る宿から丘の上まで、木々の花びらが風に吹かれて地面まで落ちる程の時間で移動していたのである。

 

 突然闇の中に現れた草むらに、四人で転がるように着地した時、シュウは草むらの中に倒れていたカインの姿を思い出していた。


(そうか……きっとカイン殿もこうやって運ばれたに違いない……誰かがカイン殿を助けようと……)


「シュウ!」


と叫ぶウォルフの声が辺りに響いた。




 四人は、ハクトとウォルフのいるアルマの屋敷の前に突然現れたのだった。緊張から解き放たれたルイとミゼルは、わなわなと身体を震わせながら互いの無事を確認し合った。


「え?どうして?どうなってる?みんな大丈夫?」


 ウォルフは四人の元に駆け寄ると、シュウがトシを背中から下ろすのを手伝った。


「みんな、ぐしょぐしょに濡れて……」


「一体、どうやってここに現れた?」


と、ハクトが宿のある集落に顔を向けた。そして集落から黒煙が上がっているのを確認すると、驚いた表情でアルマに視線を移した。


「まさか……?」


「え?」


 アルマは訳がわからないといった様子で固まっている。


「宿に火をつけられました。突然、四方八方を炎で囲まれて……ファジル殿に助けていただいて、なんとか生き延びました」


 シュウが言うと、ハクトは険しい顔つきになった。


「アルマさん、俺の仲間を殺せと命じたのか?」


「は?仲間……と……え?待ってください、私は何も……この方々が宿に残っていたというお仲間なのですか?」


「そうだ。見ろ、黒煙が上がっているのは、ちょうど宿がある場所ではないか?」


 アルマも集落の方に目をやり、それから青ざめた顔を横に振った。


「そんな……」


 動揺するアルマを見て、ハクトはアルマはこの件に関わっていないと感じていた。ウォルフもハクトと目が合うと、小刻みに頷いた。


 ハクトは気を失ったままのトシを抱き抱えると、狼狽えるアルマの前に立った。


「病人なんだ。屋敷に入れてくれないか?」


「わ……わかりました」


 アルマは躓きそうになるほど慌てた様子で屋敷の扉を開けに行った。


「彼女は?」


と、シュウがウォルフに尋ねる。


「メシュル島の島主の末裔だ。この海を守っている」


 そう答えながらウォルフは海に視線を移した。さっきまでは静かだった海が、急に波高く荒れ始めていた。


「嫌な予感がする」


 そう呟くとウォルフはミゼルとルイを立たせた。


「ほら、みんなも早く屋敷に入ろう」



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