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メシュル島は、約一千年前の大地震で沈んだとされている。その時島民に何があったのか、今となっては誰にも真実はわからない。多くの者が命を落としたという話もあれば、ほとんどがブラルト国側の大陸に逃げたという話もある。
真偽の程は不明だが、ガウス村にはメシュル島の島民の末裔だという家が三軒存在している。そのうちの一軒がアルマの家系である。
アルマの家系はメシュル島の島主だったと伝えられている。島主には海の平穏を守る義務があり、嵐の時には荒れ狂う海に向かって祈祷する。その祈祷の最中に命を落とすことも多々あり、アルマの父も祈祷の最中に海にのまれ、助けようとした母も命を落としたのだった。
アルマの家系はソルアではない。彼らは神の言葉と伝えられる呪文を唱えながら、一心不乱に神に祈り、海の平穏を願ってきた。それはメシュル島には闇の炎が今も存在し、その闇の炎こそが神そのものであると信じて疑わないからである。
それからもう一つ、アルマ家の心の支えとなっているのは、剣の柄の存在である。それは遥か昔、聖剣を作ったというアルマの先祖が、聖剣と全く同じ形に作り、全く同じ模様を彫った剣の柄だ。聖剣をもう一本作ろうとしていた途中に大地震が起きたとも、作ろうとしたところで神様に止められたとも伝えられる。島が沈んだ時、闇の炎の側に祀られていた聖剣は海に流れてしまったが、その剣の柄だけは先祖が懐に入れて逃げ、今に伝わっている。
アルマの先祖が聖剣を作り、それと同じ剣の柄を守り続けてきたことは秘密にされてきた。もし他に知られれば、影の住人に命を狙われると伝えられているからである。そもそも大地震が起こってメシュル島が沈んだのも、その力を恐れた影の仕業だとも考えられているのである。
アルマはハクトとウォルフにそんな説明をしながら丘を上り、頂上にある屋敷に二人を連れてきた。そして急いで屋敷に入ると、剣の柄を大事そうに抱えて出てきた。
「これが、その剣の柄でございます」
と、アルマは跪きながら剣の柄をハクトに差し出した。
「本当だ。全く同じだ」
ハクトは腰に下げた聖剣と見比べながら呟いた。柄の大きさも、彫られている幾何学的で複雑な模様も寸分違わなかった。
「どうぞ」
「ん?」
「お取りくださいませ。我々は先祖代々、ずっとこの日を待っていたのでございます。いつの日か、聖剣の使い手がこの地にいらっしゃったなら、この柄を役立てていただくために」
ハクトは怪訝な表情でアルマを見つめていたが、ふっと口元を緩めると、声を出して笑い始めた。
「どうしたの?ハクト」
ハクトがそんな風に笑うところを初めて見たウォルフは、叫びそうになるほど驚いていた。
「いや……すまない」
と、笑うのを必死に止めたハクトは、跪くアルマの前に胡座をかいて座った。
「確かに、そそっかしい人のようだな、アルマさんは」
アルマはポカンとした表情でハクトを見つめている。
「私は、また何か変なことを申し上げてしまったのでしょうか?」
差し出していた剣の柄を胸に抱えながら正座するアルマを見て、ハクトは優しく頷いた。
「あるいは、いい人たちに囲まれて育ってきたのだろう」
「あの……?」
「アルマさんは、なぜこの剣が本物の聖剣だと言い切れる?」
アルマは目を見開いてハクトを見つめた。
「それは……この柄と瓜二つですから」
「複製品など、いくらでも作れるぞ」
「しかし……先ほどは聖剣だとおっしゃったではありませんか」
「俺が嘘をついていたとしたらどうする?」
「嘘……なのですか?」
「もし嘘だったとしたら、アルマさんはご先祖様が守り抜いてきた大切な物を、簡単に、見ず知らずの男に渡すことになるんだ。それでもいいのか?」
「だ……だめです。でも本物……です……でございますよね?」
ハクトは優しい表情のまま腕を前に組んだ。
「アルマさんは、俺たちを危険人物だから捕えろと村の人に命じた。違うかな?」
「あの……それは……」
と、アルマはおどおどと視線を下げる。
「海が今まで見たこともない妙な様子で荒れていて……サトさんの船も行方不明になってしまって……そんな時は、外からやってきた人がメシュル島に災いをもたらそうとしている時なんだって、じっちゃんが言っていたから……だから、それを捕まえなきゃいけないって、皆に……」
「そそっかしいというか、浅はかというか……」
「ハクト!」
ウォルフが二人の間に入り、ハクトに向かって怒って言った。
「さっきから、言うことが厳しすぎる。アルマさんはまだ子供だよ!いじめないで!」
「子供かもしれないが、島主という大事な役目を継いだのだろう?この海を守り、海に生きる人々を守らなければならないのだろう?ならばもっと慎重に考え、相手の言うことを鵜呑みにせずに自分で真偽を確かめ、真実と信念に基づいて行動するべきだ。さもないと、誰かに立場を悪用されたり、あるいは命を取られるぞ」
「じっちゃんが死ぬ前にも、同じことを言われました」
と、アルマはしょんぼりと頷いた。
「わかってます……私には島主としての素質も力量もないと。
島なんて、とっくの昔に無くなったのに、島主だなんておかしいですよね。でも島主はずっとこの海を守ってきたから、漁師の人たちから慕われているんです。でも、私にはじっちゃんみたいに村の人々を導く力なんて無いです。
じっちゃんは、私の声は神様に届く声だと、いつも褒めてくれたけど、世間知らずの子供だから、私を残して死ぬのが怖いと言いながら亡くなりました。
ダイチがいてくれたから……ダイチの家もメシュル島の島民の末裔で、メシュル島があった頃から島主の補佐役をしてくれているのですが……ダイチが色々と助けてくれるおかげで、今までは大きな失敗をせずにこれたのです」
「ダイチって、さっきの男の人だよね?」
ウォルフが尋ねると、アルマは頷いた。
「ふうん……」
と、思案顔で首を傾けたウォルフの横顔を、ハクトがもの言いたげな表情で見つめている。
「ところで、その……神様に声を届けるっていうのは、どういう呪文?」
「例えば、ゴペル……」
と言いかけて、アルマはハッと口を手で塞いだ。
「ごめんなさい。じっちゃんに、よく知らない人に呪文を教えてはいけないって言われたんです。誰が唱えても神様に声が届くというわけではないのですが……」
「それでいい」
と、ハクトが頷いた。ウォルフもにこりと笑いながらアルマの顔を覗き込んだ。
「アルマさんが呪文を唱えると、神様は応えてくれる?」
「はい」
「どんなふうに?」
「炎が現れます」
「え?どこに?」
「この辺りに……」
アルマは腕を伸ばして手を斜め上に上げた。
「祈ると、この辺りに気配を感じます。小さい頃からずっと」
「アルマさんの家系は、みんな見えるの?」
「はい……たぶん」
アルマは自信なさげに頷いた。
その頃、ダイチはシュウ達が閉じ込められているタロ爺さんの宿で、村の人々に囲まれていた。
「あれを連れて行った奴らが、ココラルに襲われたって言って逃げ帰ってきたんだ。あれはどうなった?」
ダイチはにこりと笑って、それに答える。
「あれなら、私とアルマ様が捕まえました。心配ありません」
おぉ!と、周りから歓声が上がる。ダイチは満足げに頷いた。
「それで、離れにいる連中はどうします?」
「タロ爺さんには申し訳ないが、油を撒いて燃やしてほしい」
「へぇ?燃やすんですかい?中の連中ごと?そんなむごいこと、アルマ様がおっしゃったので?」
「神様のお言葉です」
「へっ……へえ……」
「中にいる病人は、死に至る疫病を持っています。気の毒だが、連れの者も皆感染しているでしょう。この村が全滅する前に、燃やしなさいというのが神様のお言葉です」
周りにいた者は皆震え上り、大騒ぎとなった。よろしくお願いしますよ、と言い残してダイチが去った後、大慌てで何人かが離れに油を撒き散らし、何人かが松明を持ってきた。
「本当に燃やすのか……」
狼狽えるタロ爺さんを慰めるように、村の男たちが優しくタロ爺さんの肩に手を置いた。
「タロ爺さん、離れならまた俺たちが作り直してやるからよ、今は我慢だ。皆の命の方が大事だぜ」
「それに、これは神様のご命令だしな」
男たちは躊躇なく、松明を油まみれになった離れに向かって投げた。




