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ハクトたちは、ミュンアン国からブラルト国に入り、西側を北上してジュート海を目指している。このジュート海の中央に闇の炎があるというメシュル島が沈んでいる。
ブラルト国の南部にある都で起こっていることが北部の小さな集落に届くには時間がかかったが、それでも一行がブラルト最北の村ガウスに到着したころには、ミュンアン国と和平を結ぶらしいという話が伝わってきていた。
「ザンとお姫様はどうなったかな」
そう呟くウォルフに、ハクトが笑った。
「だから言っただろ?ブラルトの都に寄ったら良かったじゃないか」
「ううん、それは駄目だ。みんなお節介だから、手助けしたくなっちゃうでしょ?国をどうするかは、その国の人たちに任せないと。それに心配しなくても、ザンの強さはハクトに匹敵する」
ハクトは口元をフッと緩めた。
「ウォルフもそう思うか」
「うん」
「俺も……一度手合わせしたかった」
「見たかったな。でも最近は、シュウも本気で稽古しているね」
「まあ、あいつも守るべきものができたということだろう」
と、ハクトは後方から来るシュウを見やった。シュウは前にミゼルを乗せ、ミゼルを包み込むように二人で馬に乗っていた。
ハクトの舌打ちが響き、ウォルフはウフフと笑った。
(シュウの愛の感情で火傷しそうだ。それにしても、溢れ出る愛と聖剣のおかげで、影の住人が全く寄りつかない。ねえ、トシ……)
と思いながら、ウォルフは振り返って最後尾のトシに目を向ける。
「トシ?」
顔を赤らめたトシが、虚ろな目で斜め上を見上げていた。
「いけない!」
そう叫びながら、馬の手綱を手放したウォルフはピョンと飛び上がり、トシの右側に着地した。そこに、意識を失ったトシが馬から落ちて倒れ込む。ウォルフは間一髪でトシを抱き留めた。
「トシ!」
皆が慌てて駆け寄る。シュウは馬から降りると、赤い顔のトシの額に手を当てた。
「ひどい熱だ」
シュウはルイと顔を見合わせた。
「先生……まさか……」
……失明する時、高熱と気を失うほどの痛みがある。わしが昔診た患者は、あまりの痛みに気絶し三日間意識が戻らんかった……
シュウの頭に、リンビルの言葉が響いた。
「とにかく、トシをどこかで休ませなければ」
「宿を探してくる」
と、ハクトがすでに馬を走らせていた。
ガウス村は漁師の村で、ハクトが見つけてきた宿も、元漁師の老夫婦が営んでいる宿だった。
薄暗い部屋の中で、シュウとルイがトシの看病をしている。高い熱を出しているトシは、苦しそうに呻いていた。時折うわごとを言ったり、両目を押さえて身体を左右に動かして暴れたりしている。
「トシ!トシ!」
暴れるトシの身体に手を置いて、ルイが呼びかけると、トシは動きを止めて横を向き、荒い息遣いに身体を震わせた。
「先生……トシは……」
トシの背中をさすりながら、ルイは涙目でシュウを見つめた。シュウはそんなルイから目を逸らすと、悔しそうに俯いた。
「ルイちゃん……僕たちにできるのは、痛みを和らげてあげることくらいだ」
「じゃあ、やっぱりトシの目はもう……」
「……おそらく。覚悟はしておいた方がいいと思う」
ルイは、替えても替えてもすぐに熱くなってしまう手ぬぐいを、冷たい水で洗ってはトシの額に当てた。
シュウはトシが懐に入れていた薬袋の中を確認して愕然としていた。ミュンアンを出る時には五十粒ほどあったはずなのに、中身がほとんど無くなっていたのである。一体、一日に何粒の痛み止めを飲んでいたのだろうと頭を抱えた。そしてトシの病状の変化に気付いていなかった自分を責めた。
「すまない、ルイちゃん……僕がもっと早くにトシの変化に気付いていたら……」
「先生……先生は何も悪くないわ。いずれ、この時が来るのは分かっていた……分かっていたはずだけど……」
ルイは両手で目を覆った。それでも涙は次々と溢れ出た。
「ルイちゃん……」
ルイは首を横に振って袖で涙を拭ききると、「泣いている場合じゃないわ」と、再び手ぬぐいに手を伸ばした。




