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アリアの命日。
早朝、ファジルの姿はアリアの墓前にあった。朝日が墓場に差し込み、墓石を照らす。光の世界も影の世界も等しく静けさに支配されている。
光に照らされた世界の裏側には必ず影の世界が存在しているが、生きる人の感情がない世界は影の住人を寄せ付けない。
ファジルもまた、まるで死者のように感情のない状態で佇んでいる。それは影の世界に生きるソルアにとって、一番重要なことだ。
影の世界に生きるソルアは、決して負の感情を出してはいけない。それができなければ、影の住人に精神を徐々に侵食されていってしまう。何かしらの怒りや恨みや疑念を抱いてしまうと、気付かないうちに影にその感情を食われ、あたかも負の感情など抱いていなかったかのような錯覚に陥る。心に侵入した影に気付くことができたとしても、自分でそれを追い出すのは非常に困難なことで、もがいているうちに影に心を占領されてしまう。そして挙げ句の果てにはフオグ国を襲ったソルアのような化け物になってしまうのだ。
ファジルは、墓石の前の土に手を置き、目を瞑った。「ファジル」と名を呼ぶアリアの姿が、色鮮やかにファジルの脳裏に浮かぶ。
負の感情を殺したファジルであっても、愛情は生きている。愛情は心の盾となって、影の侵食からソルアを守る。
「アリア」
ファジルの記憶の中でアリアが微笑んでいる。
自らを罰するためにファジルは影の世界に入った。
自分が最も憎んで忌み嫌っていたソルアだと分かった時、ファジルはその運命を呪った。初めは事実を認めずに隠そうとし、隠しきれなくなると自ら命を断とうとした。それもかなわなかった時、ファジルは逃げた。
その時はそれが最善だと思っていた。自分がソルアだと知れたら、婚約者のアリアにまで迷惑がかかる……皆に憎まれ、国を追い出される……そう考えていたからだ。
しかしアリアは悲しみのうちに死んだ。自分が側にいたならば、何かが変わったかもしれない……後悔ばかりがファジルに残った。そしてソルアの血を引く我が息子を、根無草のように生きている自分が連れていくわけにもいかなかった。
全ては自分の過ち……
ファジルは贖罪のために過酷な道を選んだ。少しでも油断すれば、影の住人に魂を乗っ取られてしまう世界に身を置いたのだ。
(また一人、道を踏み外したソルアが消えた……私が手助けしなくても、あの子たちは勇敢にやり遂げた……)
「アリア」
と、ファジルは呟いた。
「どうやら、君の所へ行く日が近づいたようだ」




