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「昔々、ある国に可愛い女の子が生まれました。女の子は王様の一人娘で、それはそれは大切に育てられました。お姫様は朱華色が大好きで、その色の着物を毎日着ていました」
ザンは眉をピクリと動かした。
「お姫様は好奇心が旺盛で、王様に内緒で、時々城の外に出て町を散策していました。そんな時に紙芝居屋のソルアと出会ったのです。
お姫様は不思議な紙鳥に驚き、身体を浮かせてもらって歓声を上げました。そして何より、紙芝居はお姫様が知らない物語ばかりで、お姫様はとても感動しました。一番のお気に入りは、ザン部隊の物語でした」
ザンは下を向き、動揺を隠すように固まっている。ウォルフはそんなザンを見つめながら話を続けた。
「紙芝居屋は、いつも最後にこう言いました。本当の英雄は、君たちのような子供の笑顔を守る人だ。どこの国の子供も、みんな君たちと同じ。家族や大切な人たちに愛されて育っている。国が違うだけで避けたり憎んだりしていては、英雄にはなれないんだよ、と。
お姫様は、紙芝居屋の話をもっと聞きたいと思いました。しかし、そう簡単にはお城を抜け出せません。悩んでいたお姫様に気付いた紙芝居屋は、紙鳥をお姫様に手渡して言いました。聞きたいことがあれば、この紙に書いて、と。そうして、お姫様と紙芝居屋の秘密のやりとりが始まりました。紙芝居屋が紙鳥で教えてくれる物語や他国の話は、お姫様がお城では教わったことのないものばかりでした。お姫様も、お城では言えない自分の本心を紙鳥で伝えるようになりました。
紙芝居屋が役人に捕まった時、お姫様は自分のせいだと思いました。きっと自分を尾行した付き人が、紙芝居屋の存在を知って役人に通報したに違いないと思いました。
しかし、そこに二人の少年が現れました。彼らは物語に出てきた武器を使って紙芝居屋を助けてくれました。ザン部隊だと付き人が言った時、お姫様はとても嬉しく思いました。英雄が目の前に現れて、自分や子供たちの笑顔を守ってくれたんだと思いました。お礼を伝えたかったのに、付き人に阻まれて言えなかったと、お姫様は紙鳥で紙芝居屋に伝えました。紙芝居屋は、その英雄の名はリュ……」
「やめろ!」
と、ザンが床を叩いたので、ウォルフは話を止めた。
「ごめん、下手くそだった?」
「そんな話をしてどうする」
「どうしよう?今もずっと続いているんだよ、紙鳥」
「それが……何だっていうんだ……」
「ブラルト国王が病に臥せていることは知ってるでしょ?ザンの密偵、ブラルト国にいるよね?」
「…………ああ」
「国王が亡くなったら、一人娘のマチ様が後を継ぐことも……マチ様がザンと同い年の三十二歳だということも……たくさんあった縁談を全部断って、今も独り身だということも……だから、国のことを考えない偏屈者だって陰口を叩かれていることも……いっそのこと国王の妹君のご子息を後継にと考えている一派があることも……全部、全部知ってるんだよね?」
「なっ…………」
と、思わずザンは立ち上がった。
「なぜそんなこと……」
「マチ様は聡明な人だって、フウさんが言っていた。ザンも、全て知っているんだね。
なら、マチ様がフウさんからザンの活躍ぶりを紙鳥で教えてもらうのを、何より楽しみにしていたことは知ってる?」
「は?」
「ザンの活躍を励みにしていたんだ。不思議だね。お互いがお互いの無事を確認し合っていたなんて」
「無事を?まさか。俺は国王を……国王を暗殺しようとした男だぞ」
「ミゼルさんを使って?でも、ザンのことを知れば知るほど、そんなことは本当にはやらなかったんじゃないかって思うんだ」
「俺には覚悟がないと?」
「覚悟を持てと自分自身に言い聞かせているように見える」
「出てけ!」
と、ザンは壁をドンと叩いた。
「出てってくれ……お前には関係ない」
「あ……」
と、ウォルフは天井を見上げた。ザンも天井の隅に目をやると、ため息をつきながら「何だ?」と呟く。すると、天井裏から低い声が聞こえてきた。
「今朝、ブラルト国王が亡くなりました」
「………………わかった」
天井裏にあった気配は、すぐに無くなった。ウォルフはザンと目が合うと、ゆっくり立ち上がった。
「僕には関係ないけど、マチ様は国王になったらすぐにミュンアンと和平交渉するつもりだよ。国内に反対派も多いだろうね。消されるかもしれないね。それでも覚悟をもって平和への道を進むっていう決意の手紙が来たんだって、フウさんが心配していた。誰か彼女を守ってくれる人がいるといいんだがなって。
それにミュンアン国との和平交渉については、上手くいかなかった場合には自分の身をミュンアン国王に捧げる覚悟までできてるんだって。今のミュンアン国王は女好きで有名なんでしょう?まあ、僕には関係ないけど」
ウォルフは部屋の扉に手をかけて振り返った。そして、青ざめた顔で硬直しているザンに向かってにこりと笑いかけた。
「この物語を完結させるのは、ザン、あなただ。僕は幸せな結末がいいなぁ。楽しみにしてる、いつかあなたたちの物語を聴く日が来るのを」
そう言って、ウォルフは部屋から出て行った。
**********
「暗殺しろ……ということですか……」
「できるな?」
「もちろんです」
十四年前、父親のザンからブラルト国王暗殺の命を受けたリュウマは、ブラルトの城に忍び込んでいた。
リュウマは難なく城の屋根裏に忍び込んだのだが、そこに紙鳥が一つ転がっているのが見え、首を傾げた。
(フウさんの……なぜこんな所に?)
リュウマが思わず紙鳥に近寄ろうとした時、音もなく天井板の一部が持ち上げられ、女性がひょっこり顔を出した。女性はリュウマを見つけると、ヒャッと息を吸って固まった。リュウマも突然のことに驚き身構える。しかし女性は目を大きく見開いてから、満面の笑みをリュウマに向けた。
「あなたは、あの時の……」
女性の朱華色の襟元が見え、朱華の香の香りがリュウマの方にほんのり漂ってきた。
(君は、あの時の……)
女性と目が合って、またリュウマの胸がズキンと、音が聞こえてきそうなほどに痛んだ。
その時、廊下から声が聞こえてきた。
「マチ様!マチ様!どちらにおられますか?お時間です」
「今、着替えているの。すぐに行きます」
と、女性は顔を引っ込めて部屋の外に向かって答えると、再び天井裏に顔を出した。
(マチ……この人が……国王の一人娘……俺はこの人の父親を殺しに来たのか……)
リュウマは混乱していた。しかしマチは再びリュウマに顔を向ける。
「どうしてここに?」
答えられるはずもない。リュウマは首を横に振った。マチは少し視線を下げて思案すると、ハッと顔を上げた。
「任務なのですね?」
リュウマは悩んだ末に小さく頷いた。
「私に、お手伝いできることはありませんか?」
(君は……一体……何を言っているんだ?)
リュウマはマチの言葉の意味が全く理解できなかった。
「子供たちの笑顔を守るために、戦っていらっしゃるんですよね?」
リュウマの額には、汗がふき出ていた。
「私も、あなたのように子供たちの笑顔を守れる人になりたいのです」
(俺は……君の父親を…………俺は……フウさんの物語に出てくる英雄なんかじゃ……)
「私にも、手伝わせてください」
まっすぐな瞳がリュウマの胸に突き刺さる。
(駄目だ……俺には……この人の笑顔を奪うなんてこと……)
リュウマはマチから目を逸らせた。血まみれの母親の姿がリュウマの脳裏に浮かんでいた。
(できない……俺は…………この人を悲しませるなんて…………)
リュウマは声を絞り出した。
「……ひ……悲鳴を……」
「え?」
「侵入者がいる……と……悲鳴を……あげてください」
マチはキョトンとしていたが、すぐに真面目な表情で深く頷いた。
「わかりました」
マチは手を伸ばして紙鳥を取ると、大事そうに懐にしまい、顔を引っ込めて天井板を元に戻した。そして、「きゃー」と、城中に響く大声を上げた。
「マチ様!どうされましたか!」
「侵入者が!!」
その声を聞きながら、リュウマは逃げ出した。素早く逃げ、城の外で待っていたラグと合流する。その頃、城の中は大騒ぎになっていた。
「どうした?」
一緒に逃げながら、ラグが尋ねる。
「ヘマをした」
「まさか。珍しいな、お前が失敗するなんて」
リュウマは何も言えないままに走った。
**********
ザンは、ウォルフが去って行った扉をじっと見つめている。
「完結させるのは俺……か」
ザンは両手をぐっと握りしめた。
ウォルフがザンの家を出て、借りている家へと向かうと、ハクトとシュウとトシが外でウォルフの帰りを待っていた。
「どうしたの?みんなお揃いで」
「何をこそこそとやっているんだ?ひとりで」
ハクトが不機嫌そうに言った。
「いつ俺たちに話してくれるんだ?って、ハクトはずっとイライラしていたんだぜ」
と、トシがにやりと笑う。
「僕たちにできることはない?」
シュウは柔らかな笑顔をウォルフに向ける。
ウォルフは胸が熱くなるのを感じていた。それを隠すように、ウォルフは頭を掻きむしった。
「だって……トシは怪我してたから」
「まあな。しかし、もう戦えるぞ」
トシは痛めていた胸をぽんぽんと叩いてみせた。
「シュウは、今は邪魔しちゃいけない時期だなって思ったから」
「お気遣い、ありがとう」
「ハクトに話したら、また女絡みかって嫌がられそうだったし」
「また女絡みだったのか!」
「ほら……ただでさえ、毎晩シュウの愛の囁きが聞こえてきて、機嫌が悪いのに」
「そうだ。お前なぁ、壁が薄いんだから、気をつかえ」
と、ハクトがシュウを睨みつける。
「前にも言いましたが、想いの通じ合った男女が子孫を残す行動に移ることは、ごく普通のことです」
「その言い方やめろ」
トシが堪えきれずに笑い出した。ウォルフもニコニコと笑っている。
「みんな、ありがとう。もし、明日になってもザンがここに残っているようなことがあったら、みんなに助けをお願いすると思う。だけどきっと、そうはならない。全部話すよ、フウさんから聞いた、一番新しい物語を」
その日の夜、ザンはラグをはじめ数人の隊員とともにミュンアンを発った。真夜中、気配に気付いたウォルフがそっと扉を開けると、朱華の香りがほんのりと空間に残っていた。
「行ってらっしゃい」
ウォルフは小さく呟いた。




