12
右腕を失い、地面にのたうち回るソルアを見下ろしながら、シュウは剣を鞘にしまった。
「とどめを刺せ、シュウ!」
ハクトの言葉に、シュウは首を横に振った。
「すぐに止血します」
「はぁ?シュウ、何を……」
「もう充分でしょう。命は助けたい」
シュウはソルアのそばに寄り、膝をついて手ぬぐいを取り出した。
「やめろ」
ソルアがシュウを睨みつける。
「情けなど受けるか!」
それでも治療を始めようとするシュウを見て、ソルアが上空を見上げながら何かを呟いた。
「シュウ!離れろ!」
トシの叫び声よりも先にウォルフが風の速さで走り出していた。
上空の黒い雲から、轟音を響かせながらソルアに向かって雷が落ちる。
ミゼルが悲鳴を上げて座り込んだ。
そして雷を落とし終えた黒い雲から、突然どしゃぶりの雨が降り始めた。その雨に打たれながら、ぴくりとも動かなくなったソルアを、皆が見つめていた。
「自分に雷を落としたか……」
ハクトが呟いた。
雨はもう止んで、雲が流れ、晴れ間が見え始めている。
「シュウのことも狙ってたけどね」
ウォルフが肩からシュウを下ろしながら言った。すんでのところでウォルフに助けられ、難を逃れていたシュウだった。
「すまない」
シュウはウォルフに謝った。
「いいよ。なんとなく想像できてたから、シュウのやりそうなこと。だからいつでも行けるように身構えてた」
「お前は」
と、ハクトがシュウの胸ぐらを掴んだ。
「どこまで甘いんだ。そんなことでは、ナバルを倒せないぞ」
「まあまあ、仕方がないだろ」
と、トシが仲裁に入る。
「シュウは軍には入っていなかったわけだし、ましてや医者だ。殺せって言う方が無茶なことだろ?」
「トシもだ」
胸をかばうようにしながら、ようやく起き上がって胡座をかいているトシの前にハクトがしゃがんだ。
「俺?」
「怪我をしたのなら、正直に言え」
「どこも……大丈夫、気絶していただけだ」
「嘘をつくな」
ハクトはトシの胸のあたりを触った。トシが呻きながら痛みに耐えている。
「胸を痛めたのか……なぜ嘘をつく……しかし、俺もお前の防御に頼りすぎだと反省している。以後、気をつける。すまない」
「やめてくれよ、ハクト。頼ってくれて構わない。それが俺の役割なんだから」
トシが照れた様子で髪をかき上げた。
「さすがだね、ハクト。自分にも厳しい」
と、ウォルフは嬉しそうだ。
「おい、ウォルフ。お前にも言いたいことが……」
「あぁ……待って!」
ウォルフは両手を前に出しながら、少しハクトから遠ざかった。
「言いたいことは分かってる」
「影に追われていた時、止まれと何度も言ったのに、なぜ止まらなかった?なぜ無駄に逃げ続けた?」
「それは……もういいじゃない。結果的に絶好の時に倒せたんだから」
「そう、結果的にな。お前、俺に追いかけられるのを楽しんでいただろ」
「え?まさか」
ウォルフが苦笑いを浮かべる。そして、「えへっ」と舌を出すと、その場から逃げ出した。
「待て!」
と、ハクトが追いかける。
「ハクトだって、久々の追いかけっこ、楽しかったでしょ!」
「あんな状況を楽しむな、馬鹿野郎!」
ウォルフを追いかけ回すハクトを見ながら、トシは笑った。そのせいで胸が痛み、思わずうずくまる。シュウ……と治療を頼もうと顔を向けると、シュウはミゼルに両手を差し出しているところだった。
「ミゼルさん、大丈夫ですか?」
「はい」
ミゼルは差し出されたシュウの両手に自分の手を重ねた。シュウがその手を握り、ミゼルを立ち上がらせる。
「あの……シュウさん。さっきはミゼル……って」
「あぁ……すいません。あの時は必死で」
「いえ、違うの。私、嬉しかったから……ミゼルって呼んでもらって」
シュウはにこりと笑った。
「では、僕のことはシュウと呼んでくれますか?ミゼル」
ミゼルは嬉しそうに頷き、恥ずかしそうに俯いた。
「ミゼル」
と、シュウはミゼルの濡れた赤い髪を愛おしそうに撫でた。
「僕の目を見てくれませんか?」
「……」
「先ほども、見てくれませんでした」
「あれは……だって……もし、万が一のことがあったらって……」
「僕は君の目を見て伝えたかったから包帯を取ったんです。だからもう一度、やり直してもいいですか?」
「やり直す?」
ミゼルは不思議そうにシュウを見つめた。琥珀色の綺麗な瞳が、シュウの黒い瞳に吸い寄せられるように合わさった。
「綺麗です、とても」
シュウはミゼルの頬に、優しく右手で触れる。ミゼルはその手に自分の手を重ねると、優しく微笑んだ。
「ミゼル、僕は君を愛しています」
胸がいっぱいになったミゼルは、「私も……」と言うのが精一杯で、潤んだ瞳でシュウを見つめた。
「僕と共に、これからの人生を歩んでもらえませんか?」
「……はい……私も、あなたとずっと一緒に生きていきたい」
「よかった」
シュウが優しくミゼルを抱きしめる。そして二人は何度も唇を重ね合った。
「先生、好きな人にはあんな風になるのね」
突然、ルイの囁く声が背後から聞こえてきて、トシはビクっと背中を動かした。そのせいで、また胸に激痛が走り、トシは呻いた。
「大丈夫?」
「いつからそこに?」
ルイはトシの後ろで隠れるように座り、シュウとミゼルに視線を向けていた。
「僕のことはシュウと呼んで……ってとこから」
動揺したトシが「痛っ…………」と胸を押さえる。
「ちょっと、トシ?」
「肋骨、折れてるかも」
「大変!先生、でも今はそれどころじゃないわね」
「ルイ……」
と、トシは痛がりながら笑った。
「平気なのか?」
「何が?」
「いや、だってさ、あんなの見せつけられて……」
「あら?」
と、ルイはニヤリと笑いながらトシの頬をギュッと指で突いた。
「痛っ……!」
「トシ、ひょっとして嫉妬してた?だから最近機嫌が悪かったの?」
「嫉妬してたのは、ルイの方だろ」
「そうね……それは否定しないかな」
「え?そうなのか?」
ルイはウフフと笑った。
「気になる?」
「別に」
「トシは嫉妬してたくせに。大丈夫、私は嫉妬してたんじゃないわ。心配していたの。言ったでしょう?ミゼルさんを勘違いさせるんじゃないかって、それが気がかりだったの。でも、そんな心配は必要なかったみたいね」
トシはシュウとミゼルを見やると、やれやれとため息をついた。
「ああいうところ、父上にそっくりだ」
「ああいうところ?」
「愛情表現が激しいところさ」
「ユアン様が?知らなかった……でも、ハクトさんは似てないみたいね」
ハクトは相変わらずウォルフを追いかけている。
「まあ、あれも愛情表現なんじゃないか?」
ルイはクスクスと笑った。トシはその横顔に見惚れていた。近くにまで寄らないと、はっきりとは見えなくなっていたルイの顔の細部までを記憶に留めるかのように、トシはじっと見つめていた。
「何?」
ルイがキョトンとした顔でトシを見た。
「トシも何か言って」
「何かって、何だよ」
「言ってよ」
「嫌だよ、勘弁してくれ」
(シュウみたいに、綺麗だ……なんて、恥ずかしくて言えるかよ……)
トシは胸を押さえながら叫んだ。
「あぁ!もう限界!シュウ!そろそろ俺を助けてくれ!」




