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11-1

 シュウとトシが外に出た時には、すでに数人のザン部隊の者たちが、腹をえぐられて地面に倒れている状態だった。


「トシ、シュウ、目を瞑れ!トシ、防御を頼む!」


 ハクトの叫び声がして、トシは咄嗟に防御をアジト全体に張り巡らせた。


「ミゼル!」


と、思わず駆け寄ろうとするシュウをハクトがしがみつくようにして止めた。ミゼルは攻めてきたヤオト族の先頭にいた。板に貼り付けられた状態で、ザン部隊に向かって立たされている。


「馬鹿野郎、壁から出るな」


 シュウもトシも、ついさっきミゼルを連れ去った男を探したが、どこにも見当たらなかった。


「彼女は突然あそこに現れた。お前が見ていたんじゃなかったのか?」


 シュウは何も言えずに、ぐっと唇を噛んだ。


 その時、二人の背後から出てきたザンが、躊躇なく壁を抜けようとしているのが視界に入ったハクトは、再び叫んだ。


「おい、この虹色の壁から外に出るな」


 しかしザンは歩みを止めない。ザンの表情を見たハクトとシュウは、ハッと息を飲んだ。ザンの顔や身体に、ミゼルから出た影に殺された仲間の血がべっとりと付着していた。血まみれになった顔の中で獣のような鋭い眼がギロリと光り、口元はニヤリと笑っている。


「ザン……なのか?」


 まるで別人……山の中で出会った時のザンの目つきだ……とシュウは思った。


「ザン!待て!死ぬぞ!」


 ラグも止めたが、ザンは防御の壁を抜けて出て行った。


「あの馬鹿……あいつが血の匂いが嫌いなのは、血の匂いを嗅ぐと自分でも止められないほどの残忍な性格が出てきてしまうからなんだ……」


 ラグはそう言いながら、ザンの後を追って壁の外へ出ていった。


 ザンは素早く数個の煙玉を地面に叩きつけた。辺りはすぐに煙に包まれ、何も見えなくなった。


 ザンとラグは煙の中、低い姿勢で風のように速く動き、そして空に吸い寄せられるように高く飛び上がってミゼルを飛び越し、その後ろ側に降り立った。


 ザンは煙で充満する中、ミゼルの背後にいた男を一撃で斬り殺した。男は縛りつける術をミゼルにかけていたソルアで、男が倒れると同時に術が解け、ミゼルは解放されてそのまま地面に倒れ込んだ。気を失っているミゼルが起き上がることはなかった。


 ザンはミゼルに構うことはなく、煙の中をただひたすらに動き、敵を見つけては躊躇なく斬った。ラグはそんなザンの後を追いながら、不意にやってくる敵襲を避け、ザンを守っていた。


 霧が晴れるように次第に煙が薄くなって、辺りが見渡せるようになったころには、ヤオト族の兵士のほとんどが斬殺され、地面に倒れていた。


 残っていたヤオト族の兵士たちは浮き足立ち、悲鳴を上げた。そして血まみれになったザンとラグから遠ざかると、一斉に逃げ始めた。しかし足の速いザンは、追いかけて兵士の首根っこを掴むと、相手の命乞いを聞く間もなく斬り捨てた。


「ザン!」


と、ラグがザンの腰に腕を回して引き留めた。


「もう充分だ!背を向けた敵を斬るな!」


 しかしザンは、ラグを後ろ蹴りして腕をほどき、再び逃げる兵士を追って斬った。


 上空に気配を感じたラグが見上げると、高く飛び上がったウォルフが降りてくるところだった。ラグは、ウォルフの跳躍力に目を疑った。


 ウォルフは水の入った桶を脇に抱えていた。そしてザンの前に降り立つと、ザンの顔に向かって桶の水をバシャッと勢いよくかけた。その勢いで、ザンは後ろに倒れた。


「ザン、目を覚まして!こんなの、僕が知っているザン部隊の戦い方じゃない」


 ウォルフはザンの動きを封じるように上に乗っかると、ザンの服の中に手を入れて香を取り出した。そして急いで火をつけると、ザンの顔の横に置いた。


 次第に激しく甘い香りが漂い始め、血走っていたザンの目つきが落ち着きを取り戻し始めた。


「子供たちが憧れる英雄は、こんなことしちゃだめだ」


 ザンはゆっくり鼻から空気を取り入れると、ふうぅと息を吐き、空に目を向けたままぽつりと呟いた。


「母親が……死んでいたんだ」


 ハクトとトシも二人の側に駆け寄ってきていた。シュウは倒れているミゼルの目に再び包帯を巻くと、脈を確認している。


 ザンは目を瞑って話を続けた。


「五歳の時だった。外で遊んでいた俺とラグが家に戻ったら、母親の首が床に………………転がっていた。報復だった。俺の父親に敵わないと悟った敵が、せめて一矢報いる先に選んだのが母親だった」


 ザンは両手で目を押さえた。


「血の匂いを嗅ぐと、どうしてもあの時の母親の顔が頭に浮かぶ。何もできなかった自分に腹が立つ。そのうち、報復しろ、母親の仇を取れと言う自分の声が頭の中に響き始めるんだ。殺せ!殺せ!殺せ!と俺が俺の中で叫ぶ。気付いた時には敵は皆死んでいて、俺は血の海の中に佇んでいるんだ」


「報復したら、また報復される。わかってるでしょ?」


 ウォルフが言った。


「ああ。痛いほどわかっている。だから、こんな戦いは俺の代で終わらせる」


「でも、こんなことを続けていたら、絶対に終わらない」


「まったく……どうすりゃいいんだよ……」


 ザンは上空をぼんやりと眺めている。ウォルフも同じように見上げてみると、青天に白い鳥が数羽飛んでいくのが見えた。


「フウさんの紙鳥(かみどり)みたいな鳥だ」


 ザンが驚いた様子でウォルフに顔を向けた時だった。


「みんな伏せろ!」 


 トシの叫び声と共に、突然、竜巻のような風が起こった。皆、その場で体勢を低く保ち、身体が風に持っていかれないように耐える。


 トシは、自分も風を操る術を出しながら、風を両手で集めるようにして球を作った。それからその風の球を渦の中心に向かって投げた。しかし風の球は渦の中心付近で止まり、そこにいる人物がいとも簡単に手の中におさめてしまった。そして周囲の風を全てその球に凝集していく。風の球はあっという間に山ほどの大きさになり、渦の中心から姿を現した男がそれを上空へと放り投げた。その男は、ミゼルを連れ去ったソルアだった。


 そして男は無表情のまま、その巨大な風の球を地面に叩きつけた。


 爆風が吹き荒び、あらゆる物を吹き飛ばした。草は根こそぎ飛ばされ、石や岩も消えた。倒れていた兵士も飛ばされ、辺りは土の地面だけが残った。


「ほう」


 風が止んだ後、そのソルアは感心して口元を緩めた。ハクトたちやザン部隊の屋敷だけは、トシの防御に守られて、そのまま残っていたからである。


「これも避けたか。大したものだ」


「お前は誰だ?」


 トシは肩で大きく息をしながら聞いた。


「小僧にお前呼ばわりされる筋合いはない」


「何が目的でこんな……」


「そろそろ限界だろう、小僧」


 ソルアが上空に右手を掲げた。すると晴れていたはずの空に分厚い雲が集まり始めた。今にも嵐がきそうな気配だった。

 ソルアが右手を下ろしながら、その人差し指をトシに向ける。


「さて、どこまで耐えられるかな」


 地面が揺れるほどの雷鳴が響いた。


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