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「まったく……おかしな連中だな、お前らは」


 ラグの治療をしているシュウとルイを見ながらザンが言った。


「ラグのこと、許してやってくれ。ラグはいつも俺の代わりに汚れ仕事を引き受けようとしてくれるんだ」


「僕は大丈夫」


と、ウォルフが答える。


「ザンは血の匂いが死ぬほど嫌いだもんね」


「お前……聞いていたのか」


 ザンは呆れた様子で微笑んだ。


 ウォルフは不安げに座るミゼルの側に近寄ると、興味深そうに眺めた。ミゼルは目に包帯を巻いたまま膝を抱えて座っていた。


「ミゼルさんは美しいね」


「私?」


「うん、宝石みたいにとても美しい。あぁ……ルイさんと同じくらい」


「良いわよ、そんな気を遣わなくても」


 包帯を鞄から出しながら、ルイが鋭い視線をウォルフに投げた。ウォルフは見なくても分かるルイの感情に、背筋をぞくりと震わせた。


「トシ、何をやらかしたの?」


と、ウォルフは小声でトシに尋ねる。


「何もやらかしてねえよ」


 トシも小声で答える。


「ルイさん、すごく不機嫌だよ」


「知ってるよ。けど俺は何も……ミゼルさんのことを綺麗な人だと言ったくらいで……」


「それ、どんな風に言った?見惚れてなかった?鼻の下伸びてなかった?」


「え……俺はミゼルさんの中の影を観察していただけで……」


「やっぱり。でも、そんなことだけでルイさんがあんなに機嫌悪くなるとは思えない。トシが気付いていないだけで、きっと何かやらかしたんだよ」


「そうかな……」


 トシは治療を手伝うルイを見つめた。ちょうどその時、ラグが意識を取り戻して包帯を巻くルイの腕をガシッとつかんだので、トシは術を出せるように身構えた。

 シュウがトシに待ての合図を送りつつ、ラグの肩に手を当てて話しかける。


「我々は、あなたの治療をしているだけです。彼女の腕を離してあげてください」


 ラグは少し頭を上げて包帯を巻かれている自分の腹を見ると、ルイから手を離した。


「骨は折れていませんが、痛みと腫れはしばらく続きます。申し訳ありません、兄は手加減しない人ですので」


「おい……木刀にしてやったんだ。充分に手加減したつもりだ」


 少し膨れっ面で言うハクトを見て、ザンが笑った。


「おもしろい兄弟だ。英雄ユアンの息子だなんて信じられん」


「英雄ユアン……?」


と、ラグが呟いた。


「ああ、英雄ユアンの息子たちだってよ。子供ん時に見た紙芝居の主人公に会えたみたいな、変な気分だぜ」


「なに……仲良くなってんだ……お前は……」


「そう怒るな。俺の役割を忘れたわけじゃない」


「役割とは何ですか?」


とシュウが尋ねた。


「この国を平和な国にする」


 力強く断言したザンは、穏やかな表情でシュウに向かって微笑んだ。そんなザンを見て、山で初めて出会った時とはまるで別人だとシュウは感じていた。あの、獲物を狙う猛獣のような目をした男と同一人物とは思えなかった。敵を前にすれば、ザンは豹変するのかもしれない……そう思いながら、シュウは頷いた。


「ブラルト国は侵略戦争を止めようとしないし、ヤオト族は自分たちには神秘的な力があると信じて疑わない。その両方を相手しないといけない俺たちの苦労は絶えない。次にザン部隊の名を継ぐ者たちに、俺たちみたいな思いはさせたくない」


「そのためにミゼルさんを利用しようとしていたのですか?」


 そう言いながら、シュウはミゼルの側に戻った。シュウが隣に座ると、ミゼルは安堵の表情を浮かべた。


「ああ。その女はヤオト族が陰湿に執拗に作り上げた兵器だからな……おっと、すまない。本人を前にして言うことじゃなかったな」


 俯くミゼルを見て、ザンはため息をついた。シュウがミゼルの肩を抱き寄せ、「大丈夫ですか?」と心配そうに言った。ミゼルは頷くと顔を上げた。


「あの……私がどうして呪われているのかを、あなたは知っていますか?知っているのなら、教えてほしい」


「ああ、知ってるぜ。しかし聞く勇気あるか?聞かない方がいいかもしれないぜ」


「怖いけど……聞かせてほしい……」


「そうか。しかし俺の話を聞いてどんな感情になっても、頼むから目を開けないでくれよな」


「はい」


と、ミゼルは包帯の上から両手で目を塞いだ。


「いい子だ」


 ザンはにこりと笑うと、再びため息をついた。そして懐から香を取り出すと火をつけて焚き、自分の前に置いた。


「血が出るの?」


 ウォルフが尋ねると、ザンは気まずそうに横を向いた。   


「思い出すだけでも嫌なんだ。その女……ミゼルといったな……ミゼルの目から飛び出す影を、ソルアでない俺は見ることができない。しかしミゼルと目が合った者たちが、身体を痙攣させた後、腹の中から爆発して死んでいくのを何度か見たからな。その度にたくさん血の匂いを嗅いでしまった」


 ザンは香の煙を両手で手繰り寄せるようにして、香りを自分の鼻へと向かわせた。 


「俺たちの仲間が昔からヤオト族に潜んでいる。ヤオト族の反乱の動きを常に監視しているんだ。

 その者たちの話によると、ヤオト族の長と側近は七年前、影の宿主となる十三歳の少女を探し出した。神々しいほどに美しい少女を捕まえて牢に閉じ込め、ソルアを使って少女の中に影の住人を閉じ込めた。一匹じゃないぜ。数えきれないほどの数だ。そして少女の中の影が成長するように人々の憎しみや悲しみを生み出した。この世の天変地異は全て少女のせいだと長が言えば、人々は疑うことなく少女を憎んだ。長や側近は、毎日毎日祈るように少女を呪い続けた」


 ミゼルの身体が震えている。シュウはミゼルの肩に置いた手にぎゅっと力を入れた。


「ミゼルさん、辛いのなら無理をしない方が……」


 ミゼルは小刻みに首を横に振ると、手で覆った目を膝に押し当てた。シュウはそんなミゼルの背中をゆっくりとさすった。


「何のためにそんなことをしたんだ?」


 シュウとミゼルの様子を横目で見ながらハクトが尋ねた。


「ミュンアン国にミゼルを送り込んで、混乱に陥れるためさ。美しい女を選んだのは、国王に見初められるようにするため……今のミュンアン国王は女好きで有名だからな……

 ミゼルの身体に閉じ込められている影は、彼女に集まる憎しみを受け取る見返りとして彼女を守っているらしい。俺たちの密偵が見たのは、側近の一人が腹をえぐられて死んでいる姿だった。どうやらその側近が、ミゼルを襲いそうになったところを影に殺されたらしいという話だった。

 どうやってミゼルの身体から影が出てくるのか、俺たちには分からなかった。ただ、ミゼルをミュンアンに送り込む計画を長たちが練っていることを知って、放置するわけにはいかなかった。

 俺たちはミゼルを奪うことにした。牢にいた目隠しをされているミゼルを見て、すぐに検討がついた。影が出てくるのは目だとな。それを確かめるために、血眼で追いかけてきた長たちに向かってミゼルの目隠しを取った。

 長をはじめ、俺たちを追っていた者たちの動きが一斉に止まったと思ったら、痙攣が始まり、そして腹を爆発させて死んでいった。

 ミゼルの目から飛び出した影たちが、長たちの目に入り、身体の中を破壊しながら最後は腹を破って外に出て、ミゼルの目に戻ったのだと、一緒にいたソルアから説明された。そのソルアはあまりの惨劇に精神的に参ってしまって、今もまだ寝込んでいる。それくらい残酷な殺され方だった」


 ミゼルが悲鳴を上げながら立ち上がり、その場から逃げ出した。しかし目隠しをしたままのミゼルは、すぐに石に躓いて転んでしまった。


「ミゼルさん!」


と近寄るシュウを避けるように、ミゼルは這うように逃げる。


「来ないで」


「ミゼルさん……」


「お願い、来ないで。お願い……誰か……私を殺して……今すぐ」


 ミゼルは頭を抱えてうずくまった。


「長の占いは神様の思し召し。私の呪いも神様の思し召し……私が長を殺したのなら、私は神様を殺したのと一緒……今すぐ私を処刑して……お願い」


「違う。そんなもの、お前を利用するために長がついた嘘だ。お前たちヤオト族は、長の言うことが絶対正しいと信じて疑わない。しかしそれは、側近のソルアが術を使って民を洗脳しているだけにすぎない。そんな目に遭っていながら、まだ長を信じるか?いい加減、目を覚ませ」


 ザンの言葉に、ミゼルは再び悲鳴を上げた。


「落ち着いて、ミゼルさん」


 シュウがミゼルの隣に膝をつき、背中に手を当てた。


「駄目、来ないで。私は化け物……あなたを殺してしまうかもしれない」


 逃れようとするミゼルの背後から被さるように、シュウはミゼルを優しく抱きしめた。

 

「君は化け物なんかじゃない。必ず君を助けると僕は約束しました。お願いです、僕を信じてもらえませんか?」


 力強く抱きしめるシュウの腕にそっと触れながら、ミゼルは肩の力を抜いた。するとより一層シュウの胸の中にすっぽりおさまるように抱きしめられ、シュウの頬がミゼルの頬に当たった。その日だまりのような暖かさに、ミゼルは今まで感じたことのない安らぎを覚えながら、シュウの腕の中で意識を失ってしまった。




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