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6

 辺りが暗くなり、村に鐘の音が六回響いた。診療所には、ロニがシュウを訪ねて来ていた。


「ごめんね、今日はもう戻らないと思うわ」


 ロニが来たのは、シュウがカインの遺体を馬車に乗せ、ユアンとハクトと共に城のあるヨオ都へ向かったすぐ後のことだった。


「これ、親方の奥さんからです」 


と、ロニが差し出したのは、リンメと呼ばれる甘い焼き菓子だった。


「ありがとう。シュウ先生は甘い物が好きだから、すごく喜ぶと思うわ。親方の具合はどう?」 


「先生のおかげで、痛みはなくなったみたいです」


「それは良かったわね」 


「先生、甘い物が好きなんだったら、バイルの実も好きかなぁ?」


「えぇ、大好きよ。でもそれは駄目よ、ロニ。バイルは高い木だし、あの木には影のいたずらっ子が潜んでるって教わったでしょう?子供は登ってはいけないのよ」


「僕はもう子供じゃないよ」


と、十四歳になったばかりのロニは言った。それに木登りはすごく得意なんだ、とロニは言おうとしたが、


「いいえ、駄目よ」


と、ルイが先に言ったので、黙ったまま頷いた。


「ロニは明後日のベネガに行くの?」


「親方が怪我をしたから、少しの間、仕事は休みになったんだ。最近ずっと忙しかったから、みんなも少し休めって、親方が。だからベネガに行けることになったんだ」 


「誰と行くの?兄弟子さんたち?」


「うん、みんなで行くんだ」


「よかったわね」


「ルイさんは行かないの?」


「診療所があるから。それに、シュウ先生もベネガが終わるまでヨオ都にいるしね」


 あまり城には戻りたがらなかったシュウを、ユアンが母に会うようにと説得して連れて帰ったのだった。


「じゃあ、ルイさんにお土産買ってくるよ」


と言うと、ロニは診療所を後にした。


 夕焼けがとても綺麗な空を見上げると、数頭のココラルがヨオ都の方角へ飛んでいくのが見えた。


「ココラルだ」


 ロニは嬉しそうに言った。ココラルがやって来る春の季節がロニは一番好きだ。明後日のベネガも、とても楽しみだった。シュウ先生に会えるかもしれない。バイルの実を先生にあげたいなぁ。

 診療所に行くまでの間に、立派なバイルの実を見つけていたロニは、ルイの言葉が頭をよぎりつつも、やはり実を取ろうと考えていた。


(僕はもう子供じゃないよ。そりゃあ、へまばかりして親方には怒鳴られてばっかりだけどさ。木登りと高い所は得意なんだから……)


 目的のバイルの木に着くと、ロニは靴を脱いで裸足になり、すいすいと登っていった。実の近くまで行くと、実は思ったより立派な大きさで、美味しそうに熟していた。鳥についばまれた跡もなく、とても綺麗だ。ロニはわくわくしていた。こんな立派なバイルの実なら、シュウ先生はきっと喜んでくれる、と。

 ロニは腕をのばして、自分の頭ほどの大きさの実を抱え下に引っ張った。しかしバイルの実はまだしっかりと枝についていて、なかなか離れようとしなかった。ロニはあきらめずに何度も実を下に引っ張っていた。その時だった。

 上空に三匹のココラルがやってきた。ココラルは、ロニの頭上をくるくると回り始めたかと思うと、急に激しく吠え出した。 

 ココラルが頭上で回れば命の誕生を意味し、激しくほえたなら命の終わりを意味する。

 ロニはひどく混乱した。自分の頭の上でココラルがくるくる回りながら激しく吠えているのだ。僕が死んじゃうってこと?と、ロニが思った時、抱えていたバイルの実の枝が突然折れ、ロニはバランスを失った。そして次の瞬間にはロニは木から真っ逆さまに落ちていった。

 どんっという鈍い音がしたが、ロニは全く痛くなかった。柔らかくて暖かいものが落ちていく自分を包み込み、そのまま守られるように落ちたからだ。

 ぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開けてみると、見ず知らずの青年がロニの下にいるのがわかった。背中を地面につける形でロニを抱き、落下の衝撃から守ってくれたのだ。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 ロニは急いでその青年の上からおりた。青年が苦しそうに顔を歪めていたからだ。青年の頭からは血も流れていた。


「あ、あの……どうしよう。診療所から先生連れてきます」


と、走り出そうとするロニの足首を、青年がぎゅっと掴んだ。ロニは驚いて振り返った。青年は身体を起こし、ロニに向かって少し笑ってみせた。


「僕は大丈夫。君は怪我はないかい?」


「はい、大丈夫です」


「よかった」


「あの…頭から血が」


「ん?あぁ、かすり傷だよ。たいしたことない。それより聞きたいことがあるんだけど、ヨオ都へ行くには、この道で合っているかい?」


「あ、はい。この道をこのまま北へ」 


と、北の方角を指差してから青年の方に振り返ったロニは、青年の頭から出ていたはずの血がもう見えなくなっており、傷もなくなっていることに気付いた。


「ありがとう。バイルの実には影のいたずらっ子が潜んでいて気まぐれだから、次からは気をつけるんだよ」


 青年は、ロニが指差した方角へ歩き始めた。しかし、頭上のココラルがくるくる回りながら吠え続けていたので、それから逃げるように走り出した。青年の足はとても速く、あっという間に見えなくなり、ココラルも落ち着きを取り戻した様子で、北の方角へとゆっくり羽ばたいて行った。

 ロニはバイルの実を抱えたまま、呆然と青年が消えた方角を眺めていた。



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