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「シュウ、俺だ」


 洞窟の入り口でハクトが小さく声をかけると、草を掻き分けながらシュウが顔を出した。


「兄上」

 

 シュウとハクトの間に、少しばかり気まずい空気が流れたが、ハクトに抱きかかえられているトウを一目見て状況を察したシュウは、入り口を隠していた草や木の枝を全て取り払い、皆に洞窟の中に入るよう促した。


「しかしシュウ、その……ミゼルという人は?」


「ミゼルさんの目には包帯を巻いています。心配いりません」


 ハクトたちが洞窟の中に入ると、奥の方でミゼルが背を向けて小さくうずくまっていた。


「天井が低いので気をつけてください。ウォルフはどこですか?」


「ウォルフは人質になっている」


「人質?」


「あいつは大丈夫だろう。ウォルフの話は後だ。トウを先に診てやってくれ」


「わかりました。兄上、トウをここへ」


 ルイも手伝い、シュウはトウの怪我の治療を始めた。痛めた足や羽根を触られると、トウは悲鳴のような鳴き声をあげた。


「すまない、トウ。痛い思いをさせてしまった」


 しきりに謝りながら、シュウはトウの治療を進めている。ルイもそれを支えながら、洞窟の奥で膝を抱えて座るミゼルにチラチラと目をやった。


(ほんの少し横顔が見えたけど……きっとすごく綺麗な人だわ)


 ルイがふと横を見ると、トシがミゼルを凝視している。ルイは思わずトシの横腹を指で突っついた。いつもなら、「やめろよ」と嫌がる素振りをみせるトシが、突かれたことにすら気付かない様子で、ミゼルを見たまま固まっている。


「トシ」 


とルイが囁いた。


「ん?」


「見過ぎ」


「ああ。綺麗な人だなって思って」


 思わずルイはトシの頬を指でつねった。


「痛っ……いや、違うよ」


「もう……トシも手伝って」


「あぁ、うん」


と、ルイに促されるまま、トシはトウの足を固定するための木の枝を掴むと、またミゼルの方に目を向けた。


(これは一体……)


 ミゼルを見て、トシは困惑していた。


(まるで人間の皮を被った……)


 その時、青い光が洞窟の中を照らした。ハクトが聖剣をほんの少し鞘から出したからだった。


「待て、ハクト」


 トシが慌てて言った。


「兄上!」


 シュウはすぐにミゼルのそばへ行き、ミゼルをかばいながらハクトの方に向き直る。


「おやめください」


 ハクトはゆっくりと聖剣を抜いた。


「トシ、お前は見えているはずだろう?」


 天井が低いので、ハクトはしゃがんだ状態で片膝を地面に付け、聖剣を右手で持って構えていた。


「だからこそ、駄目だと言っているんだ。彼女ごとその剣で斬るつもりか?」


「彼女ごと?トシ、それはどういう意……」


 シュウの言葉は、ミゼルの叫び声でかき消された。シュウが振り返ると、ミゼルが震えながら腕をぎゅっと抱えていた。


「ミゼルさん?」


と、シュウがミゼルの両肩に手を置いた。


「どこか痛むのですか?」


「シュウ、その女から離れろ」


 背後でハクトが聖剣を握る腕に力を込めたのがシュウにはわかった。そしてミゼルの身体の震えがより一層強まった。


「剣をしまってください、兄上」


「言われた通り離れた方がいい。シュウ、その人の中には数え切れないほどの影の住人が存在しているんだ」


と、トシが早口に言った。ルイが目を丸くしてトシとシュウを交互に見つめている。


「今にも影の住人が、その人の皮膚を突き破って出てきそうになっている」


「そんな……」


 ミゼルの両肩に置いた手からは、ミゼルの身体の中で起こっていることがシュウには伝わってこなかった。ただただ、ミゼルの華奢な身体が恐怖と痛みで震えているように思えた。


(もどかしい……僕にはトシのように影を見る力も、兄上のように影を退治する力もない。僕には……ミゼルを救う力が何も……)


 シュウは震えるミゼルの頭と腰に手を回し、自分の胸に引き寄せて抱きしめた。


「シュウ、何をしているんだ!離れろ!」


「兄上、僕はミゼルさんを助けたい。お願いです、剣をしまってください」


 トシと目を合わせつつ、ハクトは聖剣を鞘にしまった。洞窟の中に満ちていた青い光がスッと消え、荒い息遣いで震えていたミゼルは徐々に落ち着きを取り戻していった。


「シュウさん」


 シュウの胸の中で、目に包帯を巻いたままのミゼルは顔を上げた。手を動かし、指先でシュウの胸にそっと触れる。


「私……どうしちゃったの?私の中で何が起こっているの?痛くて苦しくてたまらなかった。私、初めて自分の中にいる何かが見えた気がする。恐ろしい何かが……怖い……とても怖い……」


「ミゼルさん……目だけでなく、身体の中にたくさんの影が隠れているようです。先ほどの痛みは、聖剣の光に興奮した影が、ミゼルさんの身体の中で暴れていたのかもしれません」


「やっぱり……私は呪われているのね」


「僕は、そうは思いません。これには必ず理由があって、解決する方法も必ずあると思います」


「どうしてシュウさんは、私を助けてくれるの?ただ山の中で、偶然出会っただけなのに」


 シュウはミゼルの顔を覗きこんだ。目に巻いた包帯が涙で濡れていた。


「どうしてでしょうか……覚えていますか?山の中で初めて会った時、僕はミゼルさんと一瞬だけ目が合ったような気がするのです」


「はい、覚えています」


「とても美しい目でした」


 ミゼルは恥ずかしそうに俯くと、額をシュウの胸に当てた。シュウはそんなミゼルを、また優しく抱きしめる。


「あなたの目を、あなた自身を、自由にしたいのです。もう二度と、囚われたり利用されたりすることのないように。あなたの美しい目が笑うところを僕は見たいのです」


(おい……これって……好きですって言ってるようなものなんじゃないのか?)


と、トシが横にいるルイを見ると、ルイは少し怖い顔でシュウとミゼルを凝視していた。


(何だよ、さっきは俺に怒ってたくせに)


 トシは口を尖らせながら、ルイの横腹を指で突っついたのだった。


 

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