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鎖で縛られたまま、数人の男たちに担がれ運ばれたウォルフは、暗い小屋に着くとようやく地面に下ろされた。そしてすぐに鎖から縄に取り替えられると、小屋の柱に縛りつけられた。
「優しいね、痛くないようにしてくれて」
「お前を痛めつけたところで、何も得られない。お前は人質としての役割を果たしてくれたらそれでいい」
ザンはウォルフから少し離れた座敷に腰をおろすと、胡座をかいて前屈みになり、右足に肘をついて頬杖をついた。
「名前は?」
「ウォルフ」
「お前たちはブラルト国の者か?」
「違う。フオグ国から来た」
「フオグだと?そんなに遠くから、なぜこの国に?」
「旅をしているんだ。この国に用がある訳じゃない」
「では、どうして俺たちの邪魔をする?」
「邪魔をしているつもりはない」
「あの女を匿っているじゃないか」
「僕はまだその人に会ってないし、理由はわからない。でもたぶん、放っておけなかったんじゃないかな。女の人があなたたちみたいな怖そうな男の人たちに追いかけられてたら、普通は女の人の方を助けるでしょう?僕だって、そうしたと思う」
「それこそが、あの女が選ばれた理由だったらどうする?誰もが放っておけないほどの絶世の美女を少女の頃から拉致して、言い寄ってくる男どもを一瞬のうちに呪い殺す兵器として育てたと聞いたら、お前ならどうする?それでもまだ、放っておけないと匿うか?」
「少女の頃から?兵器って、どういうこと?」
「陰湿なんだよ、ヤオト族ってのは。だから俺は大っ嫌いなの、わかる?」
ザンはフンっと鼻で笑った。
「お前の仲間が女に殺されてなきゃいいがな」
「僕の仲間は強いから、大丈夫」
「どのくらい強い?」
「世界を救えるほど」
ウォルフの答えに、ザンは豪快に笑った。
「面白え……マジで言ってんのか?」
「マジだよ」
「へぇ……なら、この世界を全部平和にしてみろよ」
「うん、もちろん。いずれあなたにもわかる」
ザンはクックッと笑うと、頬杖をやめて両手を前で組んだ。
「たいした自信だな」
「あなたは、本当にこの国を平和にしたいと思ってる?」
ウォルフの無邪気な表情を、ザンは目を細めてじっと見つめている。ザンの怒りの感情がブワッと燃え上がるのがウォルフには見えた。ザンの周りにいる男たちに緊張が走る。周囲にいる男たちには、ソルアのように人の感情は見えないはずだが、きっと同じような空気を以前にも経験したことがあるのだろうとウォルフは思った。
しかし、今にもウォルフに飛びかかりそうになっていた斜め後ろにいる男に「やめろ」と声を掛けた時には、ザンの怒りは既に収まっていた。
そしてザンはウォルフに向かって笑って見せた。
「俺が戦いを望んでいるとでも言うのか?」
「女の人を誘拐してきたんでしょ?」
「誰が誘拐だと言った?」
「想像」
「部外者から見たらそう見えるのかもしれないが、俺たちは、俺たちのやり方で国を守っている」
「女の人を誘拐することが、国を守ることになる?」
「なる。ヤオト族を知ってるか?」
「この辺りの先住民のうち、一番勢力のあった部族だね」
「よく知っているな」
「あぁ……昔……おじいちゃんから聞いたんだ」
本当はブラルト国出身のソルアに聞いた話だったのだが、ウォルフは咄嗟にごまかした。ザンは疑うことなく頷くと、話を続けた。
二百年前、ブラルト国王の息子は双子だった。国王が亡くなった後、双子の弟エイガは跡目争いを嫌って南方に逃れた。兄のラムガが人望の厚い弟を嫌い、暗殺を企てていることをエイガが知ったからだった。
エイガは信頼のおける部下たちと共に、今はミュンアン国となっているこの地にしばらく滞在した後、安住の地を求めて旅立つ予定だった。
しかし、ヤオト族はブラルト国の王族の滞在を好意的には捉えなかった。隣国の王族が神聖な地を汚しに来たと考えたのだ。しかもヤオト族以外の少数民族は、ブラルトからきた王族がヤオト族を追い払い、ヤオト族の支配から解放してくれることを願った。文明の進んでいるブラルト国に対する憧れと、自分たちの文化を押し付けてくるヤオト族から縁を切りたいためだった。
そして間も無く戦が始まった。ヤオト族がエイガを襲い、ヤオト族以外の少数民族がエイガに味方した。
エイガが引き連れていた家来たちには武術の腕が立つ者も多く、少数民族は皆勇敢だった。ところがエイガは戦を好まなかった。一方で、心優しいエイガは、ヤオト族に支配されて苦しむ他の少数民族の訴えを無碍に扱うこともできなかった。
「そこで暗躍したのが、俺たちの先祖だ」
そう言った時のザンは誇らしげな表情をしていた。
「ザン……」
と、思わず呟いたウォルフの顔のすぐ右側に、クサビのような金属片が飛んできて柱に突き刺さった。と同時に、どこからか甘い香りが漂う。そしてクサビを投げたはずのザンは、ウォルフが目をやった時には既に、腕を組んだ体勢に戻っていた。
「お前に俺の名は教えていないはずだぜ」
「おじいちゃんから聞いたんだ。エイガ国王の配下には、諜報や暗殺を専門とする部隊がいた」
ブラルト国王ラムガにとって一番痛手だったのは、ザンという名の者が率いる諜報部隊がエイガに味方し、一緒に国を出てしまったことだった……と、ウォルフは百年ほど前に会ったブラルト国出身のソルアから聞いていた。その後ブラルト国がミュンアン国に攻め入った時にも、優秀なザンの部隊によって駆逐されてしまったのだと……ソルアや影の存在をも恐れない、身体能力が高く頭脳も明晰な部隊で、その部隊にソルアだった自分の祖父が殺されたのだと……
「ザン……あなたが……名前が引き継がれているんだね」
「お前のおじいちゃんは何者だ?」
「旅人だよ」
今度はウォルフの顔のすぐ左側にクサビが飛んで来て柱に刺さった。甘い香りが再び漂った。クサビにぎゅっと挟まれ、ウォルフの顔は左右に動かせなくなった。
「さっきから気になっていたんだが、お前、ちっとも怖がらないな」
「だって、あなたは悪い人じゃないから」
はぁ?と、口を開けながらザンが立ち上がり、ウォルフに近づいた。
「人質に命の保証はないぞ」
「さっきは、痛めつけたりしないって言ったじゃない」
「お前が人質としての役割を……」
「それより、さっきの話の続きは?どうやってヤオト族を南方に追いやったの?」
ザンはチッと舌打ちしながらウォルフの無邪気な表情を睨みつけると、また元の位置に戻って胡座をかいた。
「人質に取ったんだ。ヤオト族の長の娘を」
「好きだね、人質」
「何とでも言え。ヤオト族にはある程度の自治権と、万が一他国から攻撃を受けた際にはミュンアン国が支援することを条件に南方へと移動してもらって、戦になるのを避けた」
「みんなを助けるために、一人を犠牲にしたんだ」
「殺してねえよ。人質は丁重に扱ったさ。そのおかげで、人質の娘は晩年、ヤオト族の所に戻ってもいいですよって王に言われた時、あんな陰険な所に帰りたくありませんって答えたらしいぜ」
ウォルフはフフフッと笑うと、「やっぱり悪い人じゃない」と呟いた。




