5
「シュウ、戻ってこなかったね」
夜が明け、ウォルフが不安げにハクトに言った。
「大丈夫かな?何かあったんじゃない?」
「子供じゃあるまいし。意地を張っているんだろう」
「ハクト、シュウに一体何を言った?」
「だから……つまらない喧嘩だ」
不機嫌そうなハクトの顔を、ウォルフは覗き込んだ。
「シュウがハクトを殴るようなことなのに?よっぽどシュウが触れてほしくない、痛いところを突いた?」
「おい……」
と、ハクトはウォルフの視線から逃れるように横を向くと、ため息をついた。
「言い過ぎた、確かに。反省してる」
「何を言ったの?」
ハクトは、トシとルイが近づいてきたのを横目でチラリと見ながら言った。
「もういいだろう、それは。勘弁してくれ」
「ハクト、どうする?お前が駄目だと言おうが、俺はシュウを探しに行くぞ。あのシュウが、俺たちを心配させるようなことはしないはずだからな」
とトシが言うと、ハクトの代わりにウォルフが答えた。
「もちろん探しに行く。ハクトは本当は探しに行きたくて、うずうずしているんだ」
「おい、いい加減なことを……」
と言いかけたハクトは、ぴたりと動きを止めて耳を澄ませた。
「どうした?」
トシの問いには答えずに、ハクトは走り出していた。
シュウが消えた山の方角、草が生い茂っている中、それは荒い息遣いでハクトたちの方に向かって進んでいる。ハクトは草をかき分けながらそれに近づいた。
「トウ!」
トウはハクトを見ると安心した様子でバタッと草の中に倒れ込んだ。トウは後ろ足から血を流し、右の羽が途中から折れてしまっている。
「トウ……誰がこんな……」
トシやウォルフ、そしてルイもやって来て、その光景に驚いた。
「トウ!一体、何があった?」
と、ウォルフとルイはすぐにトウの怪我の状態を調べ始めた。
「右の後ろ足が折れてるわ。羽も折れちゃって……可哀想に、痛かったね。誰がこんな酷いことを……」
「頑張って僕たちの所へ帰ってきたんだね。シュウに何かあったんだね?トウ」
トウは包帯が巻かれている前足を上げて、ウォルフの腕に乗せた。ハッと気付いたウォルフが包帯を取り、その中の手紙を見つけると、すぐにハクトに手渡した。
ハクトは急いで紙を広げるとそれを読み、眉間に皺を寄せながらウォルフに手紙を返した。ウォルフの横からトシとルイも手紙を覗き込んでいる。
「これって……」
と、ウォルフが言うのと同時にハクトが言った。
「トシ、防御だ!」
トシがすぐに反応して、皆が瞬時に虹色の防御壁に囲まれたところに、四方からおもりのついた鎖が飛んできた。ハクトたちはいつのまにか十人程の男たちに囲まれており、壁に弾かれた鎖は、投げた者たちの手に戻っていった。
「お前たちはこの中にいろ」
そう言うと、ハクトは虹色の壁から身体を出した。
「ソルアもいたのか」
男たちの一人、細身で背の高い男、ザンが呟いた。ザンは手を前に組み、ハクトを興味深そうに眺めている。
「山の中で会った男と同じ目をしているな」
「俺の弟に何をした」
「ああ、やっぱり。似てると思った。何をしたって?心外だな。弟さんが俺たちの客人をさらって逃げたんだぜ」
(なるほど。シュウの手紙にあった通りだ……)
「ココラルを襲ったのはお前だな?」
「目が良いんだよな、俺。夜でもよく見えちゃってさ。夜中に飛ぶ季節はずれのココラルを見つけて、ああ、あのお兄さんの犬はココラルだったのかって、気づいちゃったわけ。飛ばれたままだと追いつけないから、空から引きずり下ろして後をつけさせてもらった。てっきりあのお兄さんの所に行くんだと思っていたんだが、まさか仲間がいたなんてな。俺も仲間を呼び寄せておいて、大正解」
「罰当たりな奴め」
「罰当たり?ココラルが神様だって言いたいのか?嫌だね、俺はそういうのが大嫌いなんだ。神とか罰とか、影とか呪いとかソルアとか。陰湿すぎて鳥肌が立つ」
「弟はここにはいない」
「そうみたいだな。山の中も隈なく探したんだが、どこにもいなくてさ。きっと、そのココラルなら居場所を知ってるんだよな?」
周りにいる男たちが、錘のついた鎖をぶんぶんと回し始めた。ハクトが身構えたところに、ウォルフが出てきてハクトの前に立った。手にはトシから借りた剣を持ち、ザンに向かって構えている。
「何をしている?」
小声で言うハクトに、ウォルフも小声で答える。
「絶対に僕を助けないでよ」
「何を考えて……」
ハクトが言い終わらないうちに、ウォルフが剣を構えてザンに突進していった。
ザン以外の男たちが一斉に鎖を投げた。鎖の数は多いが、攻撃力はあまりない。ハクトは容易に避けていたが、そのうちの一本をわざと腕に絡め取り、ぐいっと引っ張って鎖の先にいる男を近くにまで引きずり出し、相手が向かって来たところを殴り倒した。
しかしウォルフは、顔に向かって飛んできた鎖を避けはしたものの、持っていた剣を鎖で絡め取られてしまった。そして肩と腰に鎖が絡まり、くるくると身体を回されながら男たちの元へと手繰り寄せられ拉致された。
(ウォルフの速さなら、こんな攻撃を避けることくらい簡単なはずだろ?)
ハクトは男たちに捕まっているウォルフを見やった。
(お前、さては無理に捕まったな?)
ハクトがそんな気持ちを込めてウォルフを睨みつけると、ウォルフはハクトに向かってほんの少し口角を上げて見せたと思ったら、すぐに顔を歪ませ、鎖から抜けようと暴れた。
すると、ザンの剣がスッと抜かれてウォルフの首元に迫った。その動きの速さに、ウォルフは素直に驚いて暴れるのを止めた。
「この子を返してほしければ、俺たちの客人をここに連れて来い」
(人質?まさかウォルフはわざと人質になるような真似を?あいつらの狙いは、シュウの手紙にあった女だ。あの手紙の内容からしてシュウがあいつらに女を返すとは思えない。まさか女を引き渡さなくてもいいようしたのか?死なないウォルフに人質としての意味はないから……)
ハクトはウォルフからザンに視線を移すと、「わかった」と答えた。
「ずいぶん素直だな」
「俺たちの仲間をこれ以上傷つけさせるわけにはいかないからな」
「話が早くて助かる。日が落ちる前に連れて来い。ああ、そうだ。客人には必ず目隠しをするように。でなければ、お前たちも死ぬことになるぞ」
周りにいた男たちが、一斉にザンの前に集まってきたかと思うと、バンッという爆発音と共に目の前に白い煙が大量に上がった。そして煙が消えた頃にはザンもウォルフも男たちも消えていた。
「何だ?どこに消えた?」
と出てきたトシを、ハクトはギロリと睨んだ。
「ウォルフは一体、何を考えている?」
「僕が人質になってくるって……あの人たちに敵意はない。目的はシュウが匿っている女の人だ。きっと僕らのうちの誰かを人質にとるつもりだよって……」
「敵意がない……確かにそうだったが……だからこそ、他にもやりようがあっただろう?まったく……勝手なことをする奴ばかりだ」
「手の掛かる弟たちだな」
「お前もだ、トシ」
言い返す言葉のなかったトシは、あっ……と口を開けたまま、髪を掻き上げた。




