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 小鳥のさえずりで目が覚めたミゼルは、身体を起こすと光のある方へ顔を向けた。洞窟の入り口から漏れ入る朝日は、洞窟の奥の方まで差し込み、そこに水があることを知らせてくれた。

 横を見ると、シュウが眠っている。昨夜、事の詳細を書いた手紙を包帯に巻いてトウの足にくくりつけ、ハクトの元へと行かせたシュウは、助けがくるまで待ちましょうと言って微笑んだ。その横顔をじっと眺めていたミゼルは、生まれて初めて感じた胸の苦しさに戸惑ってしまったのだった。

 この胸の痛みは何だろう……ミゼルはシュウの寝顔を見つめながら、大きく息を吸った。




……ほら、大丈夫ですよ……


 昨夜そう言って、シュウは鞄の中から取り出した非常食の干しバイルを食べて見せた。バイルの実を知らないミゼルが、食べるのを拒んだからである。


……食べることは生きることです。大丈夫、甘酸っぱくて美味しいですよ。栄養も豊富です。元気になりますよ……


 ミゼルは差し出された干しバイルを少しかじってみた。


……美味しい……


 甘酸っぱい果実の味が口いっぱいに広がった。


……良かった……


 そう言ってまた微笑むシュウと目が合わないように、ミゼルは下を向いて頷いた。




(不思議な人……こんな私を怖がらないなんて……)


 ミゼルは眠るシュウの顔に手を伸ばした。どうしてそんなことをしているのか自分でもよくわからなかったが、ただミゼルは指先だけでも、もう少しシュウの側に近づきたいと感じていたのだった。


(綺麗な顔…………あれ?)


と、ミゼルは伸ばした自分の腕を見つめた。


(やだ、なにこれ……私、ものすごく汚れている)


 ほんのり明るい洞窟の中で、ミゼルは自分の身体が汗や土でギトギトになっていることに初めて気が付いた。


(逃げるのに必死だったから……)


 ミゼルは洞窟の奥に移動した。綺麗な水が岩と岩の間に溜まっていた。覗きこむと、シュウが言った通り深そうだ。ミゼルは座ったままそっと手を水につけた。その冷たさに一度ヒャッと声を上げたが、ミゼルは我慢してゆっくりと腕を洗い始めた。シュウが巻いてくれた包帯を濡らさないように、慎重に洗う。


(服が濡れちゃうわ……)


 ミゼルは一枚だけの上着を脱ぐと、顔に手を当てた。そしてその手を見ると、土が付いている。


(やっぱり顔も汚かったのね……)


 そんな汚い姿を見られていたのかと、ミゼルは急に恥ずかしくなって、泣きそうになりながら顔を洗った。そして少し手で水をすくっては髪にかけ、手櫛で髪を整えていく。


 パシャパシャという水の音に、シュウは目を覚ました。そして、ミゼルの姿が水辺にあるのを見つけると、慌てて近寄った。


「ミゼルさん、危ないですよ。そこは思っている以上に深いです」


「大丈夫よ、シュウさん。わかってる」


 目を合わさないように、目を瞑ったまま振り返ったミゼルを見て、シュウは飛び上がった。綺麗な肌の裸体に水の滴る赤い髪、目を瞑っていてもわかる美しい顔が微笑んでいる。女神が存在するのなら、きっとこんな姿をしているに違いないとシュウは思ったが、あまりの衝撃に思わず立ち上がってしまい、低い天井に勢いよく頭をぶつけてしまったのだった。


「いっ……!」


「シュウさん!大丈夫?」


 慌てて這うようにしてミゼルがシュウに近づいた。シュウは頭を押さえてうずくまっていた。


「だ……大丈夫です」


 ふと前を見ると、四つん這いになったミゼルの身体が見え、「あぁ」と、シュウは地面に顔を擦り付けた。


「ミ……ミゼルさん、服を着てください。ああ……待って、僕の鞄の中に手ぬぐいがありますから、それで身体を拭いてから着てください。風邪をひいてしまいます。僕は向こうを向いていますから」


(やだ、私、服を脱いでいたんだった……)


 恥ずかしさで顔がカッと熱くなるのを感じながら、ミゼルは手ぬぐいで身体を拭いた。シュウはミゼルに背を向けて、頭をさすりながら座っている。その後ろ姿を見ながら、ミゼルはクスッと笑った。


「どうしましたか?」


「だって、シュウさんの方が危なかったんだもの」


「面目ない」


 そう言ってシュウも笑った。二人の小さな笑い声が重なって、洞窟に響いた。


「声を出して笑うなんて……前にいつ笑ったのかさえ覚えていないのに。私……笑えたのね」


 ミゼルがつぶやくように言った。


「きっと、これからはたくさん笑えますよ」


 シュウの優しい声に、ミゼルは微笑みながら頷いた。





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