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警備船が海賊を連行し、貿易船がミュンアン国の港に到着したのは、海賊船の襲撃から十四日後のことだった。
「どれだけ礼を言っても足りん。最後ぐらい、俺の酒に付き合え」
着港する前日の夜、ギムは海賊に襲われて負傷した船員たちの治療に全力を尽くし、何人もの命を救ったシュウを労った。
「ありがとうございます。では、少しだけ」
と、椅子に腰掛けたシュウの前に盃を置くと、ギムは盃をもう一杯机に置いた。そしてギムは、その盃に向かって献杯し、自分の盃の酒をグイッと飲み干した。
「今頃は天国で息子と奥さんと……家族で仲良くやってるさな、ドリルは。ほら若先生、遠慮なくやってくれ」
「はい」
シュウも献杯すると、盃に口をつけた。しかし濃い酒が喉の奥に染み込み、シュウは思わず咳き込んでしまった。その様子を見て、ギムは笑った。
「悪かったな。酒はあんまり得意な方じゃないんだろ?無理しなくていいぜ」
「いえ、しかし……今夜は少し飲みたい気分です」
シュウは残りの酒を口に入れ、それをごくりと飲み込むと、目を瞑って息を止めた。ギムは優しい顔で微笑むと、空になったシュウの盃に酒を注いだ。
「ウォルフ君の具合は良くなったか?」
ファジルが姿を消した後、その場に倒れたウォルフは、それから高熱を出しながら十日間も眠り続けた。目を覚ましてからも、部屋の壁に背中を当てて床に座り込み、ぼんやりとしていることが多かった。
「はい……しかし、まだ少し時間がかかりそうです」
「悪いことをした。気を遣わせた。俺が余計なことを言わなければ、ウォルフ君に辛い思いをさせることはなかった」
「それは違います。先生がおっしゃらなくても、いずれは……」
感情が見えるウォルフなら、すぐに事情を察したはず……という言葉をシュウは酒とともに飲み込んだ。
「最期に『ありがとう』とウォルフに言ったそうです」
あの時、背中に矢を受けたドリルは、自分の下になっているウォルフを気遣った。
「怪我は……ないか?」
「船長?」
ドリルは唸り声を上げながら、ウォルフの頬に手を当てた。
「怪我は?」
「僕は何ともない」
「良かった」
ふわっと笑みを浮かべて、ドリルはそのまま横に倒れた。ウォルフが慌ててドリルの身体を支えるように抱きしめた。
「船長……どうしてこんな……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「ウォルフ……ありがとうな……俺の息子のフリをしてくれて……おかげで楽しかったぜ……」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「謝らないでくれ……これで良かったんだ……俺は……息子を……もう一人の息子を守りたかった……これでいい……これでようやく、胸を張ってビスクに会える……ウォルフ……ありがとう……」
「船長、死なないで………………嫌だ!…………」
「そうか」
と、ギムは潤んだ瞳で何度も頷いた。
「最期は穏やかな心だったと、そう思いたいな」
「はい」
ギムとシュウは同時に酒をクッと口に入れた。
「なあ、若先生」
「はい」
「君らは、本当は何者なんだ?」
ギムと目が合って、シュウは動けずに固まった。
「若先生のお兄さんの剣は青く光っていたそうじゃないか。あれは噂に聞く聖剣ってやつじゃないのか?英雄ユアンが持っているという……」
「あれは……」
「あんな極悪非道な海賊どもに三人で戦って勝つなんぞ、信じられん。どこかの国の密命を帯びた使者、選ばれし者たち、といったところか?」
返答に困るシュウを見て、ギムはハッハッハッと楽しそうに笑った。
「若先生は正直者だな。出会えて良かったぜ、俺は」
と、ギムは右手をシュウの前に差し出した。シュウはにこりと笑ってその手を握った。
「ギム先生、これからもお元気でいてくださいね。それから、お酒はほどほどにしてください」
「馬鹿野郎、医者に説教するな」
「では、せめてもう少し薄めて飲んでください。これは友人としての助言です」
ギムは顔をくしゃくしゃっとさせて左手で目を覆った。
「馬鹿野郎……寂しくなるようなことを言うんじゃない」
ギムは、ふぅーっと息を吐くと左手で自分の頬を叩いた。そしてシュウと握手している手に、もう一度力を込めた。
「若先生、何をしようとしているのか知らんが、死ぬんじゃないぞ。生きていてくれよ。俺みたいな爺さんにとって、若先生みたいな人はこの世の希望なんだ。頼むぜ、俺はもうじきこの世からはおさらばだが、希望だけは残していきたいんだ。約束してくれ」
「はい」
シュウはぐっと手を握り返した。
そうして二人は名残惜しそうに語り合いながら、着港の日の朝を迎えたのだった。




