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7

 警備船が海賊を連行し、貿易船がミュンアン国の港に到着したのは、海賊船の襲撃から十四日後のことだった。


「どれだけ礼を言っても足りん。最後ぐらい、俺の酒に付き合え」


 着港する前日の夜、ギムは海賊に襲われて負傷した船員たちの治療に全力を尽くし、何人もの命を救ったシュウを労った。


「ありがとうございます。では、少しだけ」


と、椅子に腰掛けたシュウの前に盃を置くと、ギムは盃をもう一杯机に置いた。そしてギムは、その盃に向かって献杯し、自分の盃の酒をグイッと飲み干した。


「今頃は天国で息子と奥さんと……家族で仲良くやってるさな、ドリルは。ほら若先生、遠慮なくやってくれ」


「はい」


 シュウも献杯すると、盃に口をつけた。しかし濃い酒が喉の奥に染み込み、シュウは思わず咳き込んでしまった。その様子を見て、ギムは笑った。


「悪かったな。酒はあんまり得意な方じゃないんだろ?無理しなくていいぜ」


「いえ、しかし……今夜は少し飲みたい気分です」


 シュウは残りの酒を口に入れ、それをごくりと飲み込むと、目を瞑って息を止めた。ギムは優しい顔で微笑むと、空になったシュウの盃に酒を注いだ。


「ウォルフ君の具合は良くなったか?」


 ファジルが姿を消した後、その場に倒れたウォルフは、それから高熱を出しながら十日間も眠り続けた。目を覚ましてからも、部屋の壁に背中を当てて床に座り込み、ぼんやりとしていることが多かった。


「はい……しかし、まだ少し時間がかかりそうです」


「悪いことをした。気を遣わせた。俺が余計なことを言わなければ、ウォルフ君に辛い思いをさせることはなかった」


「それは違います。先生がおっしゃらなくても、いずれは……」


 感情が見えるウォルフなら、すぐに事情を察したはず……という言葉をシュウは酒とともに飲み込んだ。


「最期に『ありがとう』とウォルフに言ったそうです」




 あの時、背中に矢を受けたドリルは、自分の下になっているウォルフを気遣った。


「怪我は……ないか?」


「船長?」


 ドリルは唸り声を上げながら、ウォルフの頬に手を当てた。


「怪我は?」


「僕は何ともない」


「良かった」


 ふわっと笑みを浮かべて、ドリルはそのまま横に倒れた。ウォルフが慌ててドリルの身体を支えるように抱きしめた。


「船長……どうしてこんな……ごめんなさい、ごめんなさい……」


「ウォルフ……ありがとうな……俺の息子のフリをしてくれて……おかげで楽しかったぜ……」


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「謝らないでくれ……これで良かったんだ……俺は……息子を……もう一人の息子を守りたかった……これでいい……これでようやく、胸を張ってビスクに会える……ウォルフ……ありがとう……」


「船長、死なないで………………嫌だ!…………」




「そうか」


と、ギムは潤んだ瞳で何度も頷いた。


「最期は穏やかな心だったと、そう思いたいな」 


「はい」


 ギムとシュウは同時に酒をクッと口に入れた。


「なあ、若先生」


「はい」


「君らは、本当は何者なんだ?」


 ギムと目が合って、シュウは動けずに固まった。


「若先生のお兄さんの剣は青く光っていたそうじゃないか。あれは噂に聞く聖剣ってやつじゃないのか?英雄ユアンが持っているという……」


「あれは……」


「あんな極悪非道な海賊どもに三人で戦って勝つなんぞ、信じられん。どこかの国の密命を帯びた使者、選ばれし者たち、といったところか?」


 返答に困るシュウを見て、ギムはハッハッハッと楽しそうに笑った。


「若先生は正直者だな。出会えて良かったぜ、俺は」


と、ギムは右手をシュウの前に差し出した。シュウはにこりと笑ってその手を握った。


「ギム先生、これからもお元気でいてくださいね。それから、お酒はほどほどにしてください」


「馬鹿野郎、医者に説教するな」


「では、せめてもう少し薄めて飲んでください。これは友人としての助言です」


 ギムは顔をくしゃくしゃっとさせて左手で目を覆った。


「馬鹿野郎……寂しくなるようなことを言うんじゃない」


 ギムは、ふぅーっと息を吐くと左手で自分の頬を叩いた。そしてシュウと握手している手に、もう一度力を込めた。


「若先生、何をしようとしているのか知らんが、死ぬんじゃないぞ。生きていてくれよ。俺みたいな爺さんにとって、若先生みたいな人はこの世の希望なんだ。頼むぜ、俺はもうじきこの世からはおさらばだが、希望だけは残していきたいんだ。約束してくれ」


「はい」


 シュウはぐっと手を握り返した。


 そうして二人は名残惜しそうに語り合いながら、着港の日の朝を迎えたのだった。

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