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6-2

 ドドッ、ド、ドドンと突然大きな音がして、衝撃で船が揺れた。

 ハクトが診療部屋のある所から一つ上の階に上がると、何本かの矢が甲板へと続く階段に刺さっていた。その階段を登っていたケミスは、驚いて階段から転げ落ちていた。


「ケミス!大丈夫か?早く、皆、下の階に降りるんだ!」


 そう叫びながらハクトは階段を登り甲板へと出た。

 たくさんの矢が甲板のいたるところに刺さっている。矢が身体に刺さり呻き声を上げている者、既に絶命している者、助けを呼ぶ者、それはまるで戦場のような景色だった。


「なぜ……」


 ハクトの視線の先では、海賊船と思われる船が貿易船にぶつかりそうな程近い位置で揺れていた。


(ついさっきまで、周りに船の姿など無かったはず)


 海賊船から歓声が聞こえる。海賊船の船首に立つ男が広げた両手を上にあげた。すると、海賊たちが再び弓を構えているのが見えた。


「また来るぞ!逃げろ!」


 そう叫ぶハクトの耳に、ウォルフの叫び声が響いた。


「嫌だ!」


 声のした方に顔を向けると、帆柱の向こう側で動く人影が見え、ハクトは急いで駆け寄った。

 背中に数本の矢が刺さったドリルの身体を、ウォルフが抱きかかえている。ハクトはその光景に、頭が真っ白になるのを感じていた。身体の中の奥深い所にある、大切な場所に矢尻が刺さった気がした。

 甲板の下から、トウが吠える声が聞こえてくる。ハクトは両手の拳を握りしめた。


 海賊たちが再び一斉に矢を放ち、貿易船の上空に無数の矢が浮かんだ。誰かが操作しているようで、矢は一旦上空で停止し、狙いを定めるように矢尻の方向を修正している。

 そして海賊船の船首に立つ男が、上げていた手を振り下ろした。矢は的確に生き残っている者に向かっていく。


私を守れ(ムロア・ゾ・ミア)


 トシの声が甲板に響くと、貿易船は虹色の防御壁で包まれ、放たれた矢は全て弾かれた。


 トウが吠えながら甲板に上がってきた。それに続いてシュウとルイもやってきて惨状を目の当たりにし、絶句した。


「皆、下へ逃げろ!」


 トシの叫び声で、生き残った船員たちは負傷者を担ぎながら下へと逃げ始めた。シュウとルイも倒れている船員の元へ走った。

 トシは海賊船の船首に立つ男がソルアであることに気が付いた。


(あのソルアは、積荷倉庫で捕まえた男が『兄ちゃん』と呼んでいた男だろうか……ソルアでありながら海賊になるとは……しかも)


 トシは上空を見上げた。そこでは、防御壁の向こう側に漂う大きな影の住人が、船員たちの怒りや悲しみを取り込んで、より大きく成長しようとしていた。


(影を操るソルアか……)


 トシはキレスの術で巨大な鳥を出すと、その鳥を海賊船へと放った。鳥は海賊船の上で大男に姿を変えると、弓矢を持つ海賊たちの上にズドンと落ちた。そして大男は海賊をひとり、またひとりと捕まえては海へと投げ入れていく。


「シュウ!船長を助けて」


 その声に、皆がウォルフの所へ駆け寄った。ウォルフが身体を震わせながらドリルを抱きかかえ、その側でハクトが呆然と立ち尽くしている。

 シュウはドリルを見て顔をこわばらせた。船長は既に絶命している……そう思ったが、信じたくない思いでシュウはドリルの首筋に手を当てた。


「ウォルフ……」


「助けて、船長を……」


 シュウは何も言えずに俯いた。トウがそんなシュウの横で激しく吠えている。


「わかってる……わかったよ、トウ……頼む……頼むから今だけは吠えないで……」


と、ウォルフはドリルの身体をぎゅっと抱きしめた。トウは吠えるのを止めると、クゥンクゥンと悲しそうに鳴きながらドリルのそばに寄り添うように座った。


「ハクト……やっぱり僕は間違ってた。言わなきゃ駄目だったんだ、僕は化け物なんだって。殺しても死なないって、ちゃんと言っておけば良かったんだ」


「それは違う」


 ハクトの声は震えていた。


「違わない」


と、ウォルフは大粒の涙を流しながら悲鳴に近い声で言った。


「船長は僕をかばって死んだんだ。奴らの出現に気が付いた僕が船長に覆い被さったのに、すごい力で押し戻されて、僕の上に船長が………………言っておけば良かったんだ、僕は化け物だって……そうすれば、船長が僕をかばうことなんてなかったんだ。僕のせいだ……僕のせいで……」


「すまない、ウォルフ。俺が敵の罠に引っかかってさえいなければ、こんなことには……」


と、トシが両膝をついて項垂れた。ウォルフは大きく首を横に振った。


「違う、僕が悪いんだ。嫌われたくない……そう思ってしまったんだ。僕にそんな資格なんてないのに……今まで散々嫌われてきたくせに……」


 その時、呻き声を上げてトシが床に倒れ込んだ。海賊船で暴れていた大男が、敵のソルアによって潰されたのだ。


「トシ!」


 ルイがトシに駆け寄った。トシは顔を歪めながらもすぐに起き上がった。


「大丈夫だ。しかし……」


と、トシは腹を押さえながら空を見上げた。トシの目には、空を覆うほどの大きさになった影の住人が見えていた。


(そろそろ防御壁も限界だ……)


 術を出すにも力が必要だ。防御し続ければ続けるほど体力は消耗し、次の技の威力にも影響する。大きな貿易船全体を包んだ防御壁は、トシの体力をかなり奪っていた。


「来るぞ」


 虹色の防御壁にヒビが入り始めた。トシは痛む身体を押さえながら船首へと向かう。シュウもその後に続いた。


「ねえ、ハクト……あの日の夜、星が綺麗だった夜、夢を見たんだ……変な夢を……ドリル船長が僕の本当の父親でさ……一緒に船に乗って、陸での生活ももちろん一緒で……普通の、幸せな人生を送る夢を見たんだ。

 船長に寄り添ってあげたいって言ったけど、それはきっと船長のためじゃない。僕は、僕のために……僕の夢を、決して叶わない普通の親子の幸せを……ただただ……ただただ僕は…………

 普通の幸せなんか望んでも得られないのに、馬鹿だね、僕は。いつまで経っても大馬鹿者だ」


 ルイがウォルフのそばに行き、泣きながらウォルフの背中をゆっくりとさすった。


「普通の幸せを願って何が悪い」


 感情を抑えたようなハクトの声と共に、天井の防御壁が粉々に砕けて消えた。

 ウォルフは巨大な影の住人が貿易船を見下ろしていることに、その時ようやく気付いた。そして、その影の住人を巨大化させたのは、おそらく自分の悲しみや後悔であることを知った。


「ハクト!ルイさんもトウも逃げて!」


 ウォルフはハクトに顔を向けた。ハクトが涙を流している。ウォルフはハッと息を止めた。ハクトが涙を流しているのを見たのは初めてのことだった。ルイも目を丸くして見つめている。


「逃げない。俺は、お前をそんなに悲しませた奴を決して許さない」


「ハクト……」


 ウォルフは、ハクトの背後で青い光が輝き出したのに気付いた。


「お前は殺しても死なない。その命が永遠であるならば……せめて……俺はお前に笑って生きていてほしい。いつも、その無垢な笑顔のままで」


 ハクトは聖剣を包んだ布の結び目に指を入れた。ハクトにははっきりと聞こえていた。


……我を手にもて 我を抜き 影を討つのだ……


「お前の笑顔は、俺が守る」


 ハクトは布をほどき、聖剣を構えた。



 その少し前、トシとシュウは海賊船がよく見える船首で、海賊たちが鼓舞するように大声を上げながら武器を振り上げるのを、焦燥感を持って眺めていた。


「シュウ、すまん。そろそろ限界かもしれない」


 海賊船の船首に立つソルアを、トシは睨みつけている。トシは肩で息をしていて、非常に辛そうだ。


「トシ、一体何が起こっているんだ?」


 シュウは殺気を感じてはいたが、影の住人の姿を見ることはできない。


「防御壁の向こう側にはソルアが操る巨大な影がいて、壁を壊そうとずっと攻撃してきている。壊されるのも時間の問題だ。壁が壊れたら、俺は影を退治する」


 トシがそう言い終わらないうちに、防御壁が砕け散った。

 その瞬間に、大きな手を持つ影が、海賊たちをその手で包み込み、空中を移動させて貿易船へと運んだ。数秒たらずで、貿易船の甲板には五十人を超える海賊で埋まった。海賊たちは武器を構えてトシとシュウに襲いかかる。二人も剣を抜き、戦闘が始まった。

 上空の影は、まるで海賊ひとりひとりに糸をつけて操っているかのようだ。トシやシュウに海賊がやられそうになると、見えない糸を使った操り人形のように海賊をぴょんと遠ざける。そして二人の隙をついては海賊に集団で襲わせ、二人の剣が海賊に全く当たらないように海賊を操った。


(この影の住人は物を瞬間的に移動させるのか……海賊船が突然現れたのもそのため……これは……影を退治しない限り、俺たちに勝ち目はない。しかし……)


 次から次へと海賊に襲われるため、トシが影に向かって攻撃の術を出す時間はなかった。

 その時、階段付近でどよめきが起こった。二人がハッと顔を向けると、数人の海賊が斬られた衝撃で飛び上がり、周りの海賊の上に落ちていくのが見えた。階段の入り口付近は青い光に包まれている。

 

「あれは……」


 シュウはその青い光に見覚えがあった。


「聖剣の光」


「なに……!」


 トシはウォルフがいた帆柱付近を見やった。そこにハクトの姿はなかった。


「ハクト、なのか?」


「兄上……」


 青い光に躊躇はなかった。そして操り人形の糸のように海賊にまとわりつく影の力は、ハクトが振る聖剣の速さには勝てなかった。

 次から次へと海賊が倒されていく。ハクトの強さに臆し、逃げ腰になっている海賊も、影によって操られ無理矢理戦わせられていた。


「トシ!あの鳥を出してくれ」


 ハクトが叫び、トシは素早く巨大な鳥を出した。鳥が飛び立つ瞬間にハクトが鳥の足を掴む。鳥はまっすぐに巨大な影の元へと向かった。聖剣の青い光はより一層輝きを増し、ハクトは青い光に包まれていた。

 影が、ギョロッと目を開いてハクトを睨みつけた。そして虫を捕まえるように、ハクトと鳥を巨大な両手でパチンと挟んだ。

 鳥は砕け散り、トシは衝撃で肩を押さえながら倒れ込んだ。その時、四人の海賊に襲われていたシュウはトシのそばに行くことができなかった。


「トシ!」


 隙ができたトシに海賊がトドメを刺そうとする。しかし海賊の剣は、何もない床に刺さっただけだった。


「ウォルフ!」


 トシを助けたのはウォルフだった。素早い動きでウォルフはトシを逃すと、再び戻ってきて海賊達の武器を奪っては海に捨てた。丸腰になった海賊たちは逃げ惑った。

 上空では、合わさった影の手の中から青い光が溢れ出していた。影の裂けた口があんぐりと開き、血走った両目は極限まで飛び出ている。

 影の咆哮が響いた。影の姿が見えない者にはそれが雷鳴に聞こえた。

 影の両手が切り刻まれ、その中から青い光に包まれたハクトが現れた。

 船首に着地したハクトの頭上から、影が口を大きく開いてハクトを飲み込まんと攻めてくる。ハクトは聖剣を横に構えると、影の口から身体にかけて切り裂いた。

 耳障りな音を辺りに響かせながら、巨大な影は散り散りになって空間へと消えていった。


「あれが……聖剣の力……」


 起きあがろうとするトシをウォルフが助けた。


「ついに、ハクトが聖剣の使い手となったんだな」


「そうだね」


と、ウォルフが弱々しく微笑んだ。


「これで、ひとつ近づいた」


「ウォルフ……」


「トシ、見て!あのソルアが逃げようとしている。ここから術を出せない?」


 海賊船で影を操っていたソルアが、船の方向を変え、逃げようとしていた。


 トシは立ち上がり、力を込めようと踏ん張ってみたものの、何もできずにまた膝をついてしまった。


「駄目だ。もう力が残っていない」


 その時だった。


汝、均衡を乱す者(マヤ・レツキ・タム)  罪は大きい(シサ・ラクヌ)  影に制裁を(ロンデクラム)  光よ力を(ゴペル・ディ・リクト)


 トシとウォルフの目の前に現れたのは、ファジルだった。ファジルはぶつぶつと呪文を唱えながら、海賊船のソルアに向けて右手の人差し指を、そしてトシに動きを止められていたものの、ちょうどその時に術が解けて動き出したソルアに左の人差し指を向け、それぞれの指先をくるくると動かした。すると二人のソルアの体が宙に浮き、黒い紐のようなものでぐるぐる巻きにされながら空中を移動してファジルの足元に転がった。ファジルは、そんな二人を冷たい視線で見下ろしながら言った。


「君たち兄弟は、影を使って人を殺しすぎた」


「俺は亡霊を見せただけだって」


と、貿易船に忍び込んだ男が叫んだ。


「あれ……あんた、こいつの……」


 男はトシとファジルを交互に見つめている。そこに、シュウやハクトも駆け寄ってきていた。


「もうすぐ警備船がくる。海賊は絞首刑だ。しっかり反省するんだな」


 淡々と言うファジルに向かって、弟のソルアが、顔をぐっと上げ目を見開いた。するとファジルの前に一人の女性が現れた。艶やかな黒い髪が美しく、大きな瞳に柔らかな笑顔の美しい女性だ。

 ファジルは表情を変えることなく、その女性を見つめた。二人のソルアは、その隙にもぞもぞと身体を動かして脱出しようとしている。

 しかしファジルはすぐに左手を出すと、白い光の糸でその亡霊を包み込み瞬時に破壊した。

 そして次の瞬間にはファジルの身体がふわっと浮き、兄弟の頭のすぐそばに降り立っていた。ファジルが二人の額に手を置くと、黒い紐のようなものが口と目にもぐるぐると巻かれていき、身体を縛っていた紐はより一層強く二人を締め付けた。


「あまり私を怒らせない方がいい」


 ファジルは二人の耳元で囁いた。


「死よりも、もっと苦しく恐ろしい世界にお前たちを放り込むこともできるのだ」


 二人は観念した様子で、ぐったりと動かなくなった。


 ファジルは再びふわりと飛ぶように元の位置に戻ると、ハクトとシュウに顔を向けた。


「つい先程、クスラ国が周辺国のタラム、バジーそしてグランナを武力で制圧した」


「それは……なんと……」


「ナバル以外に、三人の軍人が不死身の身体を手に入れている。いずれも手だればかりだ。多くの犠牲者が出て、影の動きも激しくなっている。優秀なソルアも命を落としてしまった。世界がナバルに征服されるのは時間の問題だ」


「闇の炎で……聖剣と闇の炎があれば、ナバルを倒すことができるでしょうか?」


と、シュウが尋ねると、ファジルはゆっくりと頷いた。


「闇の炎をご覧になったことはありますか?」


「ない。私には資格がない」


「資格?資格とは何ですか?」


「行けば分かる」


 そう言うと、ファジルはトシに視線を移した。何も言わずにじっとトシを見つめている。トシは、ファジルが以前イヒラ邸で会った時よりも、やつれているような気がしていた。 

 トシが声をかけようと口を開きかけると、ファジルは少し微笑みを見せながら、無言のままふっと姿を消してしまった。


「父さん……」


 遠くから聞こえる警備船の警笛の音が、静かな貿易船に響いていた。


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