6-1
出航してから十六日目、その日は朝から曇天で、波は少し荒かった。船員達が操船に忙しく走り回っている中、トシは船内を歩き回っていた。船の中で、ソルアの気配を微かに感じたからだった。
(誰だ?影の世界に生きるソルアか?)
その気配は、ふわっとどこからか現れたと思ったら消え、追いかけても消え、なかなか正体を現さなかった。
(スタンのように、何かの動物に化ける技を使うソルアかもしれない)
トシは小さな虫をも探ったが、ソルアは見つからなかった。そのうち最下層の積荷倉庫にたどり着いた。そしてトシは、暗闇の中に浮かぶ人影に息をのんだ。
*****
その頃甲板では、航海士との会議を終えたドリルが、船べりに手を当てて海を眺めているウォルフの側に駆け寄っていた。
「そんな所にいたら危ないぜ」
「荒れそうだね」
「わかるか?嵐が来そうなんだ。この時期にはあまり嵐は起こらないはずなんだが」
ウォルフが不安げな表情でドリルを見ると、ドリルは快活に笑った。
「心配いらねえよ、俺を誰だと思ってる。これまで幾多の嵐を乗り越えてきたんだ。伝説の船長って呼ばれているんだぜ」
ドリルは大きな手をウォルフの頭の上に置くと優しく撫でた。
「俺の操船技術を、その目にしっかりと焼き付けておいてくれよな」
「うん、わかった」
ウォルフは嬉しそうに頷いた。
*****
「父さん?」
最下層の倉庫の中で暗闇に浮かび上がったのは、間違いなくファジルだった。トシに呼ばれて、ファジルはゆっくりと振り向いた。
「父さん、どうしてこんな所に?」
「父が息子に会いに来るのに理由がいるのか?」
「いや、でも、今まで……」
「会いたかったのだ。立派なソルアに成長したな、トシ」
トシは顔をほころばせた。
「皆のおかげだよ」
「そうだな」
「父さんの技も出せるようになった。まだまだ父さんほど強力ではないけど」
「そうか。先祖代々受け継がれてきた技だ。精進しろよ」
トシは、ハッと目を見開いた。そして息を止めてファジルを凝視した。
(違う……これは父さんじゃない。父さんの技は自分で作り出したもののはずだ。でも一体……これは誰なんだ?)
トシは右手をぐっと握りしめた。
「母さんは元気だよ」
「そうか。母さんのこと、頼んだぞ」
「母さんは、僕を産んでしばらくしてから死んだ。父さんも知っているだろう?」
「……あぁ……そうだったか」
二人は無言のまま見つめ合った。そしてトシの右手から白い光が溢れ出した。
*****
「トシを見なかったか?」
診療部屋にやってきたハクトは、シュウに尋ねた。
「手伝ってほしいことがあるのだが」
「先程までいましたが、妙な気配を感じると言って出ていきました」
「妙な気配?」
「この船に、ソルアの気配が入ってきたと。僕もついて行こうとしたのですが、相手はソルアだから自分一人で行くと言って……」
「ソルアが?なぜ?」
「わかりません」
「誰かがソルアの能力に目覚めた?」
「あり得ます。あるいは、影に生きるソルアかもしれません。ウォルフから聞いたのですが、世界には影で生きるソルアがファジル殿も含めて何人かいて、常に光と影の均衡を見張っているというのです。突然現れたのなら、その可能性もあります」
「ファジル殿?まさか……いや待て……トシはどっちへ向かった?」
「下の階に降りたようですが……兄上、どうしたのですか?」
……海賊船が近くに来ると亡霊が現れるんだそうだ……誰かにとって大切な人の亡霊が……
「まさかな……」
嫌な予感に、ハクトは噴き出る額の汗を腕で拭った。
「兄貴」
廊下でケミスの呼ぶ声がする。
「甲板に集合だ。帆をたたむぞ」
「わかった」
と、答えたハクトは次の瞬間シュウと顔を見合わせた。凄まじい殺気を、船の外から感じたからだった。
「兄上!」
ハクトは急いで部屋を飛び出して叫んだ。
「ケミス!甲板に出るな!」
*****
「お前は誰だ?」
トシの声が、倉庫内に低く響いた。ファジルは驚いた表情をしていた。
「父さんだ。忘れたのか?」
トシは左手を下から上に振り上げた。鋭い爪のような刃物が指から飛び出してファジルに向かった。刃物はファジルの身体に当たったように見えたが、カキンッという音と共に弾かれた。
(やはり……)
トシは素早く右手から白く光る網を投げると、ファジルの姿に見える物を捕らえた。それは薄っぺらい板のような物で、トシが網を縮めようと操ると、すぐにパキンと割れて粉々になった。
「鏡か」
トシはそう呟きながら、素早く右手で剣を抜きながら身体をくるりと回転させ、右腕をピタリと止めた。
するとトシの背後の空間から、突然若い男が姿を現した。トシの剣は、その男の首元にぴたりと寄せられている。
「へえ……こっちもバレてた?」
若い男は、明らかに強がっている様子で笑った。
「ちょっ……剣術も出来るのかよ……ソルアだったら術を使えよな。ずるいぜ」
「目的を言え」
「嫌だね」
「言わないなら、このままお前の首を刎ねる」
「ちょっ……待てって。怒ってる?父親に会ったのがそんなに嫌だったのか?お前が望んでいるからそうなったんだぜ」
「どういう意味だ?」
「あの鏡は、もう一度会いたいと心に強く願っている人物を映し出す。父親が出てきたのはお前が願ったからで、俺のせいじゃない」
「目的は何だ?なぜそんなことをした?」
「あー、何だっけな……力試し?修行中なんだよね、俺。お前すげえな。今までで一番早く見破ったぜ。普通さぁ、みんな感動してくれるんだぜ。死んだ恋人とか、死んだ子供とか親とかさあ……もう一度会いたいって思ってた人が目の前に現れたらさぁ。まぁ、ちょっと今回は喋りすぎだったかな。鏡の中に映し出された人のこと、俺は全然知らないからさ、いつも何となくこんな感じかなーってな感じで会話するんだけどさ。今日は黙ってた方が良かった感じだねぇ……また兄ちゃんに怒られるわ」
「よく喋る奴だな」
「だって俺の役目は、邪魔になりそうな奴を足止めするってことだからさ」
男はニヤリと笑った。
「きちんと役目は果たしてるんだぜ」
その時、突如として船の外に大きなソルアの気配と殺気を感じたトシが顔を上に上げた瞬間、男は技を使って再び姿を消した。
それに気付いたトシは、素早くモナの術を出す。男の姿が、さっきいた所から少し離れた場所で固まった状態で現れた。トシはキレスの術で背の高い男を出すと、固まった男を担がせた。そして急いで上の階へと向かった。




