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5-2

 ウォルフとドリルが見張り台で楽しそうに談笑しているのを目撃した日の夜、ハクトは夜中にふと目を覚ました。ソルアの部屋の中は、皆寝静まっていたが、ウォルフの姿が消えていた。ハクトはそっと部屋から出ると、船内を探し歩いた。

 夜の見張りは船員が交代で担っている。ちょうどケミスが当番を終えて階段を降りてきたところにハクトは出くわした。


「ウォルフを見なかったか?」


「ああ、あの子なら甲板にいるぜ。ずっと夜空を眺めてる」


「そうか、ありがとう」


「なあ、兄貴」


「何だ」


「あの子、船長の息子の生まれ変わりっていうのは本当か?」


「誰がそんなことを言ったんだ?」


「いや、噂でさ。亡霊じゃないかって怯えてる奴もいるんだぜ」


「あいつは、たまたま似ているだけだ。生まれ変わりでも亡霊でもない」


「だったらいいんだけどさ。亡霊だったら、沈んじまうからさ……」


「沈む?」


「ああ、海賊船が近くに来ると亡霊が現れるんだそうだ。誰かにとって大切な人の亡霊が。それに気を取られてる間に海賊に襲われて沈んだ船がいくつもあってさ。生き残った奴らが皆そう言ってる。だから嘘じゃねえぜ」


「ウォルフは亡霊じゃない。俺たちとずっと旅をしてきた仲間だ」


「そうか、変なこと言って悪かった」


 ケミスは着ていた外套を脱ぐとハクトに差し出した。


「夜は冷えるぜ、兄貴。よかったら使ってくれ」


「ああ、ありがとう」


 ハクトは外套を受け取ると、それを羽織りながら階段を上って行った。


 ウォルフは船首に近い甲板で、仰向けになって夜空を眺めていた。ハクトはウォルフのそばに近づくと、外套を脱いでウォルフに掛けた。


「僕は大丈夫。ハクトが着た方がいい」


「いったい何時間ここにいたんだ?風邪をひくぞ」


「風邪をひいても、寝たら治るって知ってるくせに」


 ハクトはため息をつきながら、ウォルフの側に座った。


「ここで何をしていた?」


「星を見ていたんだ。見てよ、すごく美しい」


「ああ」


と、ハクトは上空を見上げた。


「確かに綺麗だ」


 ウォルフはハクトをチラッと見てからすぐに星空に視線を戻した。 


「変な夢を見ちゃったから、頭を冷やしに来たんだ」


「変な夢?」


 ウォルフは何も言わずにじっと星空を眺めている。ハクトは、またため息をつきながら俯いた。


「わかってる」


「何が」


「ハクトが言いたいこと」 


「俺はただ、お前を探しに来ただけだ」


「心配してくれているんでしょう?」


 ハクトはウォルフの横顔をじっと見つめた。


「お前らしくない、俺はただそう思っているだけだ」


「僕らしくない?」


と、ウォルフはハクトと目を合わせた。


「お前なら、もっと先を見通して上手く立ち回れるはずだ」


「六百年も生きてきて、どうしてそれが出来ないんだ、って?」


「そこまでは言ってない」


 ウォルフはふっと笑って、また星空の方に顔を向けた。


「僕が本当にビスク君の生まれ変わりだったら良かったのにね」


「何を馬鹿なことを」


と、ハクトは首を横に振った。


「そうだね。でも本当にそうだったら……ビスク君との人生を船長がもう一度やり直せたら、どんなにいいだろうと思ったんだ」


「そのために、お前は無理をして……?」


「無理をしているように見える?確かに僕は、愛されることや愛することをずっと避けてきた。虚しいだけだとわかっているから。これ以上苦しみが増えるのは嫌だから。思い出したくもない思い出がたくさんあるんだよ、ハクト。

 ある村では子供のない老夫婦が僕を養子にしようとした。またある村では、僕に恋をする女性もいた。ある町では僕を兄弟と言ってくれる人もいた。

 でも、隠していてもいずれバレてしまうんだ、僕が普通じゃないことが。皆、僕の身体にできた傷がサッと消えてなくなるのを見ると、化け物だ、祟りだ、影の住人だって罵って、武器を振り回して村から追い出すんだ。昨日まで息子って呼んでくれていた人が、獣を見るような目で僕を見る。昨日まで肩を組んで歩いていた人が、剣を持って向かってくる。

 なかには、僕は悪くない、信じてるって言ってくれた恋人もいたよ。でもね、周りの人々はそれを許さなかった。仕舞いには僕の恋人まで化け物扱いした上に、その人の家族まで攻撃した。僕の恋人は耐えられなくなって、自ら命を絶ったよ。

 だから僕は誰かと深く関わることをやめたんだ。決して誰からも愛されないように、誰も愛さないように」


 ハクトは静かに話を聞いていた。しかしその拳は固く握られていた。


「あの日……船長の感情が爆発しそうになっていた夜……あのまま放っておけば、船長は悲しみに押し潰されて死んでしまうと思ったんだ。それは嫌だと思った。息子にそっくりな僕を見て、悲しみがより深まったのであれば、僕はその悲しみを引き受けようと思ったんだ。

 わかってる。きっと僕がしていることは間違ってる。

 僕はビスク君じゃない。いずれ船を降りるし、きっとそれ以降、船長と会うことはない。そうなった時に、再び船長の苦しみが大きくなるかもしれない」


「わかっているなら……」


「でも今は、今だけは、僕は船長に寄り添ってあげたいって思うんだ。わかってる、これは僕のわがままだ」


「しかし、傷つくのは結局お前の方ではないのか?俺はそれが心配だ」


と、ハクトは表情を曇らせた。毎晩ぐっすり眠るなんて、ウォルフの神経は余程すり減っているのだろうとハクトは思っていた。


「ありがとう、ハクト。やっぱり君は優しい人だね」


「俺だけじゃない。皆が心配している。トウでさえ、毎晩お前が眠っている横で、守るように寄り添っている」


「知ってる。さっき、そっと抜け出すのに苦労したから」


 ウォルフはにこりと笑った。


「なあ」


と、ハクトは顔を上げた。


「俺たちは、お前の負担になってはいないか?」


 ウォルフは目を大きく開いてハクトの顔をまじまじと見つめた。


「そんなわけないよ。君たちは僕のことを全て分かった上で、一緒に旅をしてくれているんじゃないか」


 そう言うとウォルフは両手を頭の下に置いて、また空を見上げながら笑った。


「もっとも君は、僕のことを化け物だって言ったし、剣で斬ったりもしたけどね。あんなにスパンッと斬られたのは初めてだった」


「おい……あれは……お前が父上から聖剣を奪ったからじゃないか」


「そうだっけ?」


「とぼけるな」


「第一印象は最悪だったなぁ」


「お互いさまだ。しかし……あの時は悪かった。化け物などと言って。お前は化け物なんかじゃない」


「嬉しいよ、ハクトにそう言ってもらえると」


 ハクトはフンとそっぽを向くと立ち上がり、ウォルフに右手を差し出した。


「さあ、部屋に戻ろう」


「うん」


と、ウォルフはハクトの右手をがっしりと掴んで起き上がった。




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