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5-1

 出航してから十四日が経過した。航海は順調だ。シュウはギムと共に傷病者の治療にあたり、トシは小さな影の住人を追い払ったり、風が止まった時には風を起こして船を進めるのを助けたりもしている。

 ハクトは船員としての労働に勤しんでいる。その働きぶりは皆に気に入られ、仕事を教えてくれたケミスからは、「兄貴」と親しみを持って呼ばれるようになっていた。


「兄貴、風向きが変わったぜ」


「おう、任せろ」


と、ハクトは帆を張る縄を、掛け声に合わせて皆と共に引っ張る。


「兄貴は力が強いな」


 ハクトは上を見上げ、帆の張り具合を確認した。すると見張り台にウォルフの姿が見えた。ウォルフはハクトを見つけると笑顔で手を振ってきた。ハクトも手を振りかえす。しかしウォルフの横にドリルの姿を見つけると、ハクトは胸をざわつかせながら上げていた手を下ろした。




「すまなかったな。てっきり夢の中だと思って……変なことを……」


 あの日、ひとしきり泣いた後で我に返ったドリルは、ウォルフから離れると決まり悪そうに言ったのだった。

 ウォルフはにこっと笑って首を振った。


「僕は大丈夫」


「ウォルフ、君が俺の…………いや、なんでもねえ。格好悪いところを見せちまったな。せっかく船長らしいところを客人に見せようと張り切っていたのにな」


 ドリルは周りにいるトシたちを見渡しながら笑った。


「忘れてくれよな」


「船長は格好いいよ」


とウォルフが言うと、ドリルはピクリと顔を動かした。それほど、ウォルフの声も話し方も姿も表情もビスクにそっくりだったのだ。


……父さんは格好いいよ。僕は父さんみたいな船乗りになるんだ……


「いや」


と、ドリルは手を振って否定した。


「息子との約束も守れねえ、情けない父親さ」


「約束?」


「ああ……守るって約束したのに、守ってやれなかった。死なせてしまってな……ひどい親だぜ、俺は」


 そう言うと、ドリルは皆に背を向けた。


「すまなかったな。飯は食ったか?まだなら早く食堂に行けよ。無くなっちまうぜ」


「船長、一緒に行こう」


「あ?」


と、ドリルは振り返りウォルフを見つめた。


「一緒にご飯……だめ?」


「俺はいい。食欲がねえんだ」


「それなら尚更」


と、ウォルフはドリルの手を取ると、ぐいぐいと引っ張って食堂へと向かったのだった。

 

 それからというもの、ウォルフはドリルに誘われるままに、行動を共にすることが多くなっていた。見張り台から望遠鏡で遠くを眺めて語り合ったり、航海士の仕事にウォルフが興味をみせると、太陽や星を一緒に観測して、地図上での位置の測り方を教えた。一緒に食事をし、船員たちが休憩の間にする盤上遊戯に、二人で参加したりもした。

 そんなドリルの内面の変化にいち早く気づいたのは、ギムだった。


「ドリルの笑顔に嘘が無くなったな」


 ドリルが泣いた夜から数日後に、ギムは酒を盃に注ぎながらシュウに言った。


「嘘?」


「ドリルの奴……笑っていても目の奥が死んでいた。息子が死んでから、ずっとな。若先生の連れは俺があんな話をしたばっかりに、かわいそうに思ってドリルの側にいてくれてるのか?」


「そうかもしれません」


「感謝するぜ。あの子はドリルに安らぎを与えてくれた」


「そうだと良いのですが」


 シュウの表情は硬かった。


「何か都合が悪いのか?」


「いえ。ただ、いずれ我々は船を降ります。ウォルフがいなくなった後、ドリル船長はまた辛いお気持ちになるのではないかと心配なのです」


 ギムは何度も頷きながら、酒を口に運んだ。


「なあに。わかってる、わかってるさドリルも。あの子はビスクじゃないと。

 あいつはな、若先生。強い父親であってほしいという息子との約束にしがみついて、ただただ必死に生きてきたのさ。あいつの目の前には常にいつか訪れる死があって、そこに向かって、ただただ必死にな。俺には、死ぬために生きているとしか思えなくてな。いつか壊れちまうんじゃないか心配で仕方がなかった。

 少しでもいい。ほんの少しの安らぎが、きっとあいつを救ってくれる。俺はそう思う」


 ギムは酒を飲もうとした手を止めて、盃を机の上に置いた。


「しかし、若先生の連れには申し訳ない。気を遣わせてしまった」


「ウォルフなら、大丈夫ですよ」


 そう答えたものの、その日の晩も疲れた様子で部屋に帰ってきて、すぐに眠ってしまったウォルフを、シュウは複雑な思いで見つめていたのだった。


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