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4-2

 トシが部屋から出ると、ドリルは部屋の鍵を閉め、机に向かった。椅子にどかっと座り、机の引き出しを開ける。

 引き出しの中には、一枚の絵が入っていた。十一年前にビスクと共に乗っていた船の絵だ。それはビスクが描いたものだった。ドリルは愛おしそうにその絵を手でなぞった。


(あのウォルフって子は、お前の生まれ変わりなのか?どうして……あんなに……言うことまでお前とそっくりだなんてな)




「まだ十六じゃねえか。船に乗るのは早いぜ」


 十一年前、船員として船に乗りたいと言い出した息子にドリルは言った。


「僕はもう子供じゃないよ。父さんだって十五歳から海に出てるじゃないか」


 そう言って、ビスクは屈託のない笑顔を父親に向けた。


「そのためにたくさん勉強してきたんだ。きっと信頼される航海士になってみせるよ」




「ああ、そうさ……お前ならきっと、立派な航海士になれただろうぜ」


 船長室でポツリとドリルはつぶやく。手の指は船の絵の線をなぞり、船首のあたりで止まった。




「父さん、見て」


「何だ」


「今日の海は、いつもより一層美しい」


 初めて船員として船に乗り込んだビスクは、キラキラと目を輝かせていた。


「そうだな。俺は嬉しいよ、お前と一緒に航海に出ることができて」


「本当に?」


「ああ。お前は俺の自慢の息子だからな」




 ドリルは急いで引き出しを閉めた。次に脳裏に浮かんだのが、あの日のビスクの姿……矢を受け、絶命している息子の姿だったからだった。

 ドリルは両手で拳をつくり、それをこめかみに押し当てた。叫びそうになるのを必死に堪える。身体は震え、ドリルは床でうずくまった。




「父さん、今日から僕も船乗りだ。だから僕への約束は、父さんも同じだよ」


「何の話だ?」


「僕が小さい時に約束したじゃないか。陸に残る僕に。船乗りは命懸けの仕事だ。いつ嵐に巻き込まれるかもしれない、いつ海賊に襲われるかもしれない危険な仕事だ。でも父さんはこの仕事を誇りを持ってやっている。死んでも悔いはない。だから、もし父さんが航海から帰って来ることができなかったとしても、お前は泣くな、強い男になれって。約束したでしょ?」


「ああ、そうだ」


「だから僕に何かあっても、父さんも泣いちゃだめだよ。約束」


「ああ、わかった。でも、お前のことは俺が必ず守る。約束だ」


「うん」


と、ビスクは嬉しそうにうなずいた。




 その頃、ソルアの部屋ではウォルフの診察が終わり、シュウは眠ったままのウォルフに毛布を掛けた。


「どうして熱が出ているのか、わかったか?」


 ハクトが尋ねると、シュウは険しい表情でため息をついた。


「熱の他に悪い所見はありません。考えられるのは、精神的に受けた傷を癒しているのではないかと」


「どういうことだ?」


「攻撃による外傷や内臓の損傷が癒えるまでに時間がかかる時、ウォルフはいつも眠って治しています。それと同じで、心がひどく傷ついた時も、こうして眠って治しているのではないでしょうか。心はここにありますから」


と、シュウはウォルフの頭に手を当てた。


「何をそんなに傷つくことがあるというのだ?船長の息子にウォルフが似ているだけのことだろう?」


「わかりません。しかし、ウォルフにとって父親という存在の持つ意味が、我々とは異なるのではないでしょうか。ひょっとしたら、辛い過去を思い出しているのかもしれません」


「父親は、ウォルフをこんな身体にした張本人……か」


「かわいそうなウォルフ。熱が出るほどに悩むなんて」


と、ルイがウォルフの額に置いた布を、洗いなおそうと取った時だった。ウォルフが突然両目を開き、勢いよく上半身を起こした。


「ウォルフ!どうした?」


 ウォルフはハァハァと息遣いが荒い。


「まだ熱がある。横になってろ」


と、肩に手を置いたハクトを、ウォルフは今にも泣き出しそうな顔で見つめた。


「ウォルフ?」


 ウォルフの息遣いはどんどん荒くなっていく。そしてハクトの手を振り切って寝台から降りると、走って部屋から出て行った。


「ウォルフ!」


 ハクトとシュウがその後を追いかける。ウォルフが一目散に向かったのは、船尾にある船長室だ。部屋の前にはトシがいて、頭を抱えて座り込んでいた。

 ウォルフは船長室の扉の取っ手を握った。しかし鍵がかけられていて開かない。


「ウォルフも気付いたんだな、この部屋から溢れそうなほどに広がった船長の感情に」


「感情?」


 追いついてきたハクトがトシに尋ねる。


「一体、何がどうしたんだ?」


「人の感情が見えるんだ、ソルアと影は。ウォルフにも見えるんだ」


 ウォルフはドンドンと扉を叩いた。中から反応はない。ウォルフは目を瞑って深呼吸をすると、部屋の中に向かって言った。


「僕だよ。開けて」


 中で足音がして、ガチャっと鍵の開く音とともに扉が開かれた。そして顔を紅潮させ、目を見開いたドリルが姿を現した。

 ドリルは口を半開きにしたまま、ウォルフに近づいた。そして黙ったままゆっくりとウォルフを抱きしめた。ウォルフは顔をこわばらせたが、抵抗することなくじっとしていた。


「一度だけ……」


 ドリルが、いつもとは正反対の弱々しい声で、ウォルフの耳元でつぶやく。


「……泣いてもいいか?」


 ウォルフは腕をドリルの身体にまわすと、ドリルの背中をゆっくりさすりながら言った。


「うん、いいよ」


 ドリルはウォルフを抱きしめたまま、声を上げて泣いた。それは心の叫びのようにも聞こえた。そして部屋から溢れんばかりにひろがっていたドリルの苦しみが、少しずつ縮まっていく。  

 トシは安堵した様子でそんな二人を眺めていたが、ハクトは対照的な表情で見つめていた。


(ウォルフは無理をしている……船長のために……)


 ハクトがふと横を見ると、暗い表情のシュウと目が合った。二人は黙ったまま頷くと、再びドリルとウォルフに視線を戻した。



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