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3

 ギムから話を聞いた後、ウォルフは診療部屋から逃げるように出て行った。シュウが「ウォルフ!」と叫んでいたが、それに答えることはなかった。

 ウォルフはソルアの部屋に戻り、トシに船長室の影の退治を頼んだ。そしてまたすぐに部屋を飛び出した。トシがウォルフの異変に気付き、何か言いたげな様子を見せたので、逃げるように去ったのだった。


 ウォルフは一人になりたかった。そして船倉の貨物室の片隅で、隠れるように膝を抱えて座った。

 約六百年の間、ウォルフは愛情や恋慕の情にはできるだけ関わらないようにしてきた。いや、関わらざるを得なかった出会いに苦しめられてきた過去がありすぎるからこそ、これ以上辛い思いをしたくはなかったのだ。

 愛情を向けられても、恋心を抱かれても、ウォルフには苦しみがもたらされる。周りは必ず歳をとるし、ウォルフの生い立ちを知ってしまえば、愛情が恐怖と嫌悪に取って代わったりもする。ならば元より、そういった感情からは遠ざかっておけばいい……そうウォルフは思っている。


 死んだ息子に瓜二つだという自分を見て、ドリルがどういう感情を抱くのか、ウォルフは膝の間に顔をうずめて思い巡らせていた。

 息子のことを思い出しては悲しみが増幅するのではないだろうか。あるいはウォルフのことを自分の息子のように感じて、次第に愛情を注いでくるのではないだろうか。それはいけない、早いうちに自分が化け物なのだとドリルに伝えなければとウォルフは思った。しかし、息子と瓜二つの人間が不死の化け物だとわかったら、どんな気分になるだろうか。そして、そんな化け物を連れたシュウたちをどう思うだろうか……速攻、船を下ろされてしまうかもしれない。いや、ドリルはそんな人ではない。きっと目的地まで送り届けてくれる。複雑な心境を押し殺して……ドリルにそんな思いはさせたくない……ならば、自分が姿をみせなければいいんだ。僕はこうして、荷物の一つとして運んでもらえばいいんだ。決してこれ以上、ドリルと関わることなく、石のようにじっとしていよう……


 ぎゅっと足を抱えたまま、ウォルフはいつの間にか眠ってしまったのだった。




 ウォルフは夢を見ていた。


 夢の中でも、暗い部屋の隅でウォルフは膝を抱えて座っている。

 カチッという音がして、金属の重い扉の下方がほんの少し開いた。その隙間から盆に乗った食べ物が部屋の中に入れられる。ウォルフは急いで扉に近づくと、ドンドンと扉を叩いた。


「父さん、開けて。お願いだよ」


「ウォルフ、もう少しだ。もう少しで母さんは生き返る」


「父さん、死んだ人間はどうやったって生き返らないんだ」


「いいや。あんな完璧な人が生き返らないわけがない。必ず方法はある」


「僕をここから出して」


「そこにいれば安全だ。死ぬことはない」


 足音が、ウォルフの閉じ込められた部屋から遠ざかっていく。


「父さん!」


 叫んでも、返事は返ってこなかった。ウォルフは両手の拳で、金属の扉を叩いた。もちろん、びくともしない。しばらく叩いていたが、力尽きたウォルフは扉を背に、崩れるように座り込んだ。


(助けて……助けて……誰か助けて……)

 

 差し入れられた盆の上にある肉や木の実を手で掴むと、壁に向かって投げつけた。そして再び膝を抱えてうずくまった。



 夢は、その数年後に場面を変えた。


 ウォルフはある日、牢屋のような部屋から外に出された。そして大きな猿に羽交い締めにされて、無理矢理に診察台の上に乗せられた。

 すっかり痩せて顔色も悪い父親が、短刀を持ってウォルフの横に立っている。


「何をするつもり?」


「お前から死を無くすのだ。永遠に」


「何を言って……」


「見ていろ」


 父親は短刀を自分の腕に刺した。そしてそれを抜くと、傷口をウォルフに見せた。溢れた血は途中で止まり、傷口に吸い寄せられるように体に戻っていく。そして傷口は端から順に綺麗に閉じていく。

 ウォルフは目を疑った。悪い夢でも見ているのではないかと思った。


「影が私に力をくれたのだ」


「影?ソルアじゃないのに、影が見えるわけ……一体何をしたんだ、父さん」


「心配するな。お前もすぐに永遠の命が手に入る」


「嫌だ、やめて。僕は、そんな化け物になりたくない」


 父親は短刀をウォルフの身体の上で振りかざした。


「少し我慢してくれ。すぐに楽になる」


 そうして父親は、短刀をウォルフの胸に……



「やめろ!」


 そう叫びながら目を覚ましたウォルフは、振り回した手が何かに当たったのを感じていた。

 目の前にいるのは父親ではなく、ハクトだ。


「ウォルフ、どうした?」


 ウォルフの手はハクトの頬を強打していたが、ハクトは全く動じずに、心配そうな表情でウォルフの両肩に手を置いた。


「大丈夫か?」


「ハクト……」


「こんな所で何をしている。皆が心配しているぞ」


「ハクト……」

 

 ウォルフは小刻みに身体を震わせながら、ハクトの胸にしがみついた。ハクトは戸惑いながらも、ただ黙ってウォルフの背中に腕をまわした。

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