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7

 別れの日。


 小屋の前でキレスとポルトに、シュウ達は別れを告げている。


「長い間、お世話になりました」


と、頭を下げるシュウに、ポルトが一冊の本を差し出した。


「これは、影の住人が使う毒の解毒剤について書かれている書物です」


「僕が失神してしまった薬ですね」


と、シュウは恥ずかしそうに言った。


「フオグ国でも、かつてはソルアと協力して診療所を開いていた医者がいました。医者は薬草に詳しく、ソルアは解毒剤を作ることができる。ただの腹痛だと思っているものでも、実は影の仕業であったりもするのです。医者とソルアは相性がいい。きっとこの書物が役に立つことがあると思います」


「ありがとうございます」


と、シュウは書物を受け取った。


「ルイ」


 キレスがルイを呼び、優しく抱きしめた。キレスがルイの耳元で何かを囁くと、ルイは「はい」と少し照れくさそうに笑った。

 それからキレスはウォルフも同じように抱きしめて耳元で囁く。キレスの囁きに驚いた表情をしたウォルフだったが、すぐに和かな表情に戻るとキレスの背中を優しくさすった。

 キレスはウォルフから離れて皆を見渡し、満足げに頷いた。


「気をつけてお行き」


 シュウ達は二人に深々と頭を下げた。そしてそれぞれ馬に乗る。ルイは涙を流しながらもう一度キレスに抱きついた。それから名残惜しそうに馬に跨った。

 キレスとポルトは、馬に乗った五人と一頭の姿が見えなくなるまで、じっと見守っていた。


「あの子達ならきっと……先生もそう思うだろう?」


「はい」


と、ポルトは力強く頷いた。


「私も若かったら、一緒に冒険がしたかったのう」


「師匠、まだまだお若いですよ。トシ様に恋心を抱いておられたでしょう?」


 キレスはムフフと笑った。


「ばれておったか。先生、私もまだまだ気持ちは若い。もう一旗あげられるかの?」


「師匠、今度は何を企んでいらっしゃるのですか?」


と、ポルトが呆れた様子で言うと、キレスはホッホッと楽しそうに笑いながら小屋に戻っていった。




 丘を登り、花畑を見ながらシュウたちは馬を進める。


「この綺麗な景色も見納めね」


と呟くルイに、トシが尋ねた。


「さっき、キレスさんに何を言われていたんだ?」


「ひみつ」


と、ルイは微笑んだ。


「何だよ」


と、トシが頬を膨らませてみせたので、ルイは笑った。


「お前は何と言われた?」


 ハクトがウォルフに尋ねると、ウォルフもまた「ひみつ」と答え、先頭を行くシュウに、


「ちょっと、止まってもらってもいい?」


と呼びかけた。


 ウォルフは馬から降りると、草花を踏み潰さないように注意しながら花畑の中に入っていく。そして周りをぐるりと見渡して、その美しい景色を目に焼き付けた。


「どうした?」


 ハクトが尋ねると、ウォルフは皆の方に振り向いた。


「皆にお願いがあるんだ」


「急にどうした?」


「僕の望みを叶えてほしいんだよ。君たちなら、きっとそれができると思うから」


「どんな望みだ?」


「聖剣の使い手と闇の炎を手に入れてナバルを倒すことができたら……そうしたら僕を……僕を微塵も残さず消し去ってほしい」


 爽やかな風が吹いて、草花と共にウォルフの綺麗な茶色の髪が揺れた。ウォルフは柔らかな笑顔で、固まったまま何も言わない皆を見つめていた。


「ねえ、お願い。僕の望みを叶えて」


「何を……急に何を言うんだ」


 戸惑いを隠せない様子でハクトが言った。トシは手で髪を掻き上げながら言葉を探し、シュウは険しい表情で、ルイは驚いた様子でウォルフを見ていた。


「命には限りがあるからこそ、この一瞬一瞬が愛おしいんだ。情熱的に誰かを愛したり、愛されることに喜びを感じたりできる。困難なことが起こっても乗り越えようと頑張ることができるし、自分を高めようと努力することだってできる。それはね、人生に限りがあるからなんだ。

 僕は君たちに出会ってようやく、この一瞬一瞬が愛おしいと思えるようになったんだ。あの日、君たちに出会った日から、僕は美しいものを目に、心に、焼き付けておこうと思うようになった。君たちが僕に希望を与えてくれたからだよ。だからお願い……」


 ハクトは何も言えずに俯いた。澄んだ瞳を投げかけてくるウォルフを直視できなかったのだ。


「ま……待てよ、ウォルフ。俺たちは聖剣の使い手も闇の炎もまだどちらも手に入れていない。手に入れられるかどうかさえわからない」


と、トシが絞り出すように言うと、ウォルフは頷いた。


「そうだね、トシ」


 ウォルフは皆に背を向けて、もう一度花畑を見渡した。手を広げながら大きく息を吸い、甘い空気を味わった。


「ウォルフ」


 ずっと険しい顔をしていたシュウが声を掛けた。


「その答えを出す時間を、もう少し僕たちにもらえるかい?」


 ウォルフは、さっと振り返り「もちろん」と答えると、馬の方へと戻った。


「行こう。そんな悲しそうな顔をしないで、ハクト。やっぱり君は優しい人だね」


 いつも通り「うるさい」と言おうとしたハクトだったが、思うように声が出ず、フンと鼻で笑うのが精一杯だった。

 ウォルフは晴れ晴れとした表情で馬を進めている。頭の中には、キレスが囁いた言葉が響いていた。


……また会おう、ウォルフ。次は天国でな……


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