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「『全地創世伝』に記されている、この世界の始まりに関する各国の伝説のうち、約九割は闇より現れた神が炎で影を焼き払い、光の世界を作ったというものです。神の呼び名に違いはあるものの、その地の人々が信仰する神が、闇の炎を使うという点は共通しています。あなたはこのことについてどう思いますか?」
と、ポルトはシュウに尋ねた。居間にはハクトやトシ、ウォルフ、ルイ、そしてキレスもいて、二人のやりとりに耳を澄ませている。
「僕は伝説というものは無から生まれるものではないと思っています。伝説には必ず起源があって、おそらくそれは抽象的なものではなく、具体的な事柄だったのだと思います。僕は神様を見たことはありませんが、何千年も前の出来事が伝わっていくうちに、それが神聖なものへと変化していったのではないでしょうか。
おそらく、いつの時代にも光の世界の裏には影の世界が存在していたはずです。そして、影の住人が強大な力を持ち、光の世界の人間を襲うというような出来事も多々あったに違いありません。その中には、光の世界が消えてしまうほどの危機もあったでしょう。そこに力を持った兵士、あるいはソルアが現れて危機を救ったとしたら、それは伝説となり、長い時間をかけて神と崇められることになるのではないかと思います」
「なるほど、神はいないと考えますか?」
「いえ、そうとは言っていません。闇の炎の伝説の起源は我々と同じ人間が成し遂げた事なのだと思うのです。私の父は聖剣の使い手として国を救った英雄ですが、何千年後の世界では父も神として崇められているかもしれません。しかし父は神ではありません。決して完璧な人間でもありません。我々と変わらない、もがき苦しみながら生きる一人の人間です。しかし、きっと伝説となれば、そのようには見られないでしょう」
シュウの答えに、ポルトは満足そうに頷いた。
「ミトをはじめ、この国のソルアの考え方の主流は、この闇の炎で影を焼き払った神こそがソルアの先祖だというものです。あなたのように、伝説となったことで神と崇められるようになったということではなく、ソルアこそが神だと主張しているのです。これは非常に危険な思想です。ソルアは影を操ることができる。神の真似事をしようと思えば、できてしまうからです。しかもその思想は、普通の人々を支配することに説得力をもたせてしまいます。その結果、この国ではソルアと普通の人々との間に軋轢が生じ始めています。これはあまり良い状況ではありません」
「だから私たちは、こうやって目を光らせているのさ。街のあちこちにスタンや先生のような監視役を置いて、ソルアが権力を持ちすぎることのないように見張っているのさ」
と、キレスが呟いた。
「そのおかげで、僕は命を助けられました」
「なあに。助けたのはトシさね」
キレスの言葉に、あの時、自分を制御できなかったことを思い出したトシは苦笑いを浮かべた。
そんなトシの手の上にルイは自分の手を重ねると、優しく握りしめながらトシに笑顔を向ける。トシもそれに応えるように笑みを見せ、ルイに向かって頷く。そんな二人を、キレスが目を細めながら見つめていた。
「それで?肝心の闇の炎はどこに?」
と、少し苛立った様子でハクトが尋ねた。
「そうですね。闇の炎については、その存在に懐疑的な学説もあります。何らかの比喩的な表現ではないかというものです。シュウ様はどのようにお考えになりますか?」
ポルトが尋ねると、シュウは手元にある『全地創世伝』を開いた。
「僕は、闇の炎は実在すると思います。実際に誰かが闇の炎を使って光の世界に危機をもたらしていた影の住人を退治したのではないかと。これだけ世界各地に伝説として広まっていることを考えると、世界的な規模の危機だったのかもしれません。
メシュル島という所に伝わる話として、闇の炎によって影を焼き払った際に青い光が現れたとあります。そしてその後、影を討つためにそれを鍛えたと。これは聖剣の誕生を意味するものですね?」
「おそらく、そうだと考えられています」
「闇の炎に熱された鋼を鍛えて剣を作った。それが聖剣となった。影の住人を焼きつくす力を持った炎で鍛えられた剣だからこそ、影の住人を斬り、倒すことができるようになった。しかも青い光の伝説の記述は、メシュル島にしかありません。聖剣はメシュル島で生まれたと言って良いのではないでしょうか。
しかしメシュル島は、今は存在していませんね?」
「はい。一千年ほど前に大地震が起きて沈没したと伝えられています。ですからそのメシュル島の伝説も、それを伝え聞いた隣国の者たちから聞いた話なのです」
「父は聖剣を川で拾ったと言っていました。海に沈んだメシュル島から聖剣が海に流れ、長い年月をかけてその川に辿り着いた……それは十分に有り得る話かと」
「なるほど。川で拾われたとは知りませんでした」
「しかし、ひとつ疑問があります。どの国の伝説でも闇の炎は影の世界を焼き尽くすと共に消えたとあります。すぐに消えてしまう炎に一瞬熱せられただけで鋼を鍛えることができるでしょうか。
闇の炎はメシュル島にあった、闇の炎によって鋼を鍛えて聖剣を作った、僕はそう考えました」
「非常に良い考察だと思います。私も闇の炎があるとするならば、メシュル島以外にないと考えます。しかし、メシュル島は今や海の底です。闇の炎の存在を証明することはできません」
「メシュル島なんて聞いたこともない」
と、ハクトが呟くと、シュウが『全地創世伝』にある一千年以上前の世界地図をハクトに見せた。
「ここは……ジュート海か?」
「そうです。ジュート海の中央あたりにメシュル島が沈んでいます」
と、ポルトが答えた。
「闇の炎があったとしても、海の底ということになります」
「そんな……どうすれば良いのだ?」
「わかりません。しかし、これしか手掛かりがない以上、メシュル島を目指すしかないかと」
シュウが『全地創世伝』を閉じながら言った。
「そういえば百年ほど前、僕に闇の炎のことを教えてくれたソルアは、ジュート海に面したブラルト国の人だった」
と、ウォルフが言うと、シュウは頷きながら今現在の世界地図を机の上に広げた。
「ブラルト国……ここから行くとなると……」
「サジマ国はノハン海の向こう側にあるミュンアン国と船で貿易をしています。その貿易船に乗ってミュンアン国に渡り、北へ進むのが一番速いかと」
と、地図上の地点を指差しながらポルトが言った。
「ブラルト国とミュンアン国は、戦が続いていて、あまり治安が良くありません。ここを目指されるならば、どうかお気をつけて」
「それからもう一つ……聖剣が持つべき者を選ぶように、闇の炎もまた持つべき者を選ぶやもしれんぞ」
キレスがシュウとハクト、そしてトシを順番に見やりながら言った。
「しかし、お主たちなら果たし得るやもしれん。頼むぞ。私が生きている間に、新しい伝説が生まれるところを見せておくれ」
と、キレスは楽しそうに微笑んだ。




