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「あー!惜しかった」


 丘の上にウォルフの楽しげな声が響いた。


 ウォルフとハクトは、あれから毎日追いかけっこをしている。ハクトの振り下ろした木刀が、ウォルフのすぐ後ろを通り、ウォルフが喜んだ。


「お前の動きがかなり見えるようになってきた。続けるぞ」


 そう言って構えるハクトの前に、ウォルフは両手を突き出した。


「待って。ルイさんが持ってきてくれたダジン、食べたい」


 ハクトは、大きな木の根元に置かれた籠に目をやった。


「仕方のないやつだ。食べ終わったらすぐにまた始めるぞ」




 ウォルフは根の上に座り、花畑を見ながら嬉しそうにダジンを頬張った。その隣でハクトもダジンにかぶりついた。


「おいしいね」


「ああ」


「ルイさんがいれば、もっと良かったのに。今日もすぐに帰っちゃった」


「隣が俺で悪かったな」


「ハクトも大好きだよ」


「やめろ」


「恥ずかしがらなくていいよ。僕の方こそ、アンナさんじゃなくてごめん」


「やめろ。俺をからかうな」


 ウォルフがウフフと笑うと、ハクトはフンと鼻で笑った。


「ルイさん、トシと仲直りできたみたいだね」


「仲直り?喧嘩でもしていたのか?」


 ウォルフは呆れた様子でハクトの顔を見つめた。


「ハクトは全然周りを見ていないね」


「見ている」


 ハァとため息をつきながらウォルフが首を振った。


「見えてない、全然」


「確か、スタンがルイを狙っているから、トシが見張っているということではなかったか?」


「うん、それは合ってる」


「それでどうして二人が喧嘩したということになるんだ」


「いや、それは……もういいよ。仲直りしたみたいだし」


「おい、教えろ」


「駄目。簡単に答えを知ろうとするなって、シュウも言っていた。自分で確認してごらんよ」


「いらん。興味はない」


と、ハクトは木刀を持った。


「食べ終わったか?」


「ちょっと待ってよ」


 ウォルフは慌てて手に残っていたダジンを口に放り込んだ。




 その日の夜、皆が寝静まるのを見計らって、トシは猫の姿になり部屋を出た。

 シュウは少し身体を起こしてトシが出て行った扉を見つめたが、すぐにまた身体を元に戻した。

 

「どうした?」


と、ハクトがシュウに声を掛ける。

 

「兄上も起きていたのですか?」


「ああ。トシがそわそわしているから、寝たふりをしてやったのだ。トシは今夜も見張りか?」

 

「おそらく。しかし……」


「何だ?」


「今日はスタンさんは絶対に来ないと思うので、今夜くらいはゆっくりトシに休んでもらいたいと思ったのです」


「なぜ来ないとわかる?」


「今日はコチプ村にいる九番目の奥さんに会いに行く日だと、スタンさんが言っていたのです。コチプ村までは、行くのに丸一日かかりますから、今夜は安全かと」


「九番目とは、どういう意味だ」


「スタンさんには十一人の奥さんがいるそうです」


「はあ?」


 ハクトはガバッと起き上がるとシュウを見た。


「あいつは一体何者だ?」


「わかりません」


と、シュウは笑った。


「しかし、トシにはもう少しきちんと休んでもらわないと。無理をすれば、目の症状が悪化してしまいます。何度か見張りを代わろうかと持ちかけたのですが、怪我人にそんなことはさせられない、絶対に駄目だと言われてしまいました」


「なぜ俺に相談しない」


「嫌がるだろうと思いまして……」


「馬鹿野郎。トシのためなら、俺は見張りくらいなんてことない」


 ハクトは横に置いていた剣を握ると立ち上がった。


「どうするのですか?」


「トシと交代してくる」


 そう言うと、ハクトは部屋を出て行った。


 しかし、しばらく経って部屋に戻ってきたのはハクトだった。ハクトは真顔で部屋に入ると、布団の上で胡座をかき、両腕を前で組んだ。


「どうされましたか?」


「それが……一旦外へ出て、キレスさんの部屋の方へ周ったのだ。黒猫が窓際に座っているのを前に見たからな」


「いなかったのですか?」


「いた。いたのだが……ルイが窓を開けると、黒猫は部屋の中へ入って行ったのだ」


 しばらくの沈黙の後、ウフフと小さく笑うウォルフの声が聞こえた。ハクトはちらっとウォルフを見ながら舌打ちをすると、シュウに向かって言った。


「おい、ルイはお前の女ではなかったのか」


「兄上、何度も違うと言ったではありませんか」


「本当だったのか。いつからトシとルイは、その……そういう関係になったのだ?」


「知りませんよ。でも、トシは子供の頃からルイちゃんのことが好きだったではありませんか」


「そうなのか?ならいいんだが……いや、いいのか?」


「部屋にはキレスさんもいるでしょう?」


「キレスなら、今夜は編み物がしたいって言って居間にいたけど、そのまま長椅子で眠っちゃってたよ」


とウォルフが言うと、ハクトは目を丸くした。


「なら、今、あの二人は……」


「良いではありませんか、兄上。そっとしておきましょう。ようやくお互いの想いが通じたのです。気持ちが通じ合った男女が、子孫を残す行動に移ることは、生きるために食事を摂ることと何もかわりません」


「お……おい!」


 平然と言い放つシュウと狼狽えるハクトを見て、ウォルフは声を殺しながらも腹を抱えて笑っている。


「ウォルフ、お前は俺を馬鹿にしてばかりいるが、俺よりも酷い男がいたぞ」


「そうかもね。僕からみたら、そんなに変わらないけどね」


「何だと!」


「もう休みましょう、兄上。明日も追いかけっこでしょう?」


「その『追いかけっこ』というのはやめろ。なんだか虚しくなってきた」


 そう言ってハクトは布団に潜り込んだ。ウォルフとシュウは、顔を見合わせて笑った。


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