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「やはり、ここにいたのか」


 花畑を見渡すことのできる、丘の上の一番大きな木の下にいたウォルフに、ハクトが声を掛けた。爽やかな晴天の下、野原に咲く花々は懸命に可憐に咲き誇っている。


「どうしたの?僕を探していた?」


「ああ。お前に教えてもらいたいことがある」


「何?」


「あの身のこなし方を教えてほしい。風のような速さで移動したり高く飛び上がったり。どうやったらできるようになる?」


「ああ、あれ?あれは僕の中に影の住人の身体が入っているからできることなんだ。たぶん影の住人に元々備わっている能力なんだ。だから教えることもできないし、ハクトには習得することもできないと思う」


「そうか」


と、ハクトは残念そうに言った。


「あの動きが手に入れば、ミトの毒針攻撃や影の矢尻の攻撃も容易に避けることができると思ったのだ」


「確かにそうかもね」


 ハクトはウォルフの横に腰を下ろすと、木の幹にもたれかかり、ウォルフが見つめる花畑に目をやった。


「ウォルフはこういう場所が好きだな」


「でも、それは最近だよ。君たちと出会ってから。それまではなんとも思っていなかった景色が、本当に綺麗だと思えるようになったんだ。君たちのおかげだ。綺麗だと思えるのは素晴らしいことなんだ」


「どういうことだ?俺たちと出会ってから?意味がわからないのだが」


 ウォルフはそれには何も答えず、鳥のさえずりを微笑みながら聴き、風に揺れる花を見つめた。ハクトはそんなウォルフをじっと見つめながら、それ以上は追求しなかった。


 花畑で戯れて飛ぶたくさんの蝶々を眺めていたウォルフは、「そうだ」と言ってハクトに顔を向けた。


「追いかけっこをしよう」


「は?」


とハクトは呆れた様子で声を上げた。


「何を子供みたいなことを言っているんだ」


「いいじゃないか。追いかけっこをしよう。ハクトは僕を絶対に捕まえられないよ」


 ハクトは怪訝な表情でウォルフを見つめている。


「絶対に捕まえることのできない追いかけっこをして何が楽しいんだ」


「僕は君の周りから離れすぎないように逃げるよ。君が木刀で僕に触ることができたら君の勝ち。どう?」


「そんなことをして何になる?」


「だって、ナバルも僕と同じだとしたら?僕みたいな動きを手に入れたとしたらどうする?たとえ聖剣が使えたとしても、この動きについてこられなかったら倒せないよ」


「確かに……それはそうだな」


「君は僕のように動くことはできないけれど、僕の動きを止めることができるようになったとしたら、戦いの役に立つんじゃないかな。ね、やろうよ、追いかけっこ」


 ウォルフはキラキラとした瞳でハクトの顔を真正面から見つめている。それは本当に無垢な子供が、遊ぼう!と友達を誘っているような顔だった。


「お前は本当に六百年以上も生きてきたのか?子供みたいな顔をしている」


 ハクトの言葉に、ウォルフは笑顔で右手の拳をハクトの前に差し出した。それは、子供が遊びに誘うときにする合図だった。ハクトは呆れたような顔でにやりと笑うと、ウォルフの拳に自分の拳を突きつけた。


「絶対に捕まえてやるからな」





「さあ、始めよう」


 ハクトとウォルフは、十歩程離れた位置で向かい合っていた。


「待てウォルフ。木刀を取れ」


と、ハクトは木刀をウォルフに差し出した。


「俺の木刀が当たってしまいそうになったら、これで避けてくれ。お前の動きは速いだろうから、寸止めできないかもしれない」


「僕はいらない。本気で逃げるから。絶対に当たらない」


 爽やかな笑顔で答えるウォルフに、ハクトは苦笑いを浮かべた。


「あ!僕にシュウの代わりをさせようとしてるでしょ?無理だよ、僕は剣術なんてやったことないし。追いかけっこだって言ったでしょ」


「わかった、わかった。何度も言うな」


と、ハクトはウォルフに差し出していた木刀を投げ捨てた。木刀が地面に当たって音を立てる。それが合図だったかのように、二人は同時に動き出した。

 逃げるウォルフの姿はハクトには見えない。見えるのは止まっている時だけ。動き出したと思ったら、もう十歩先で止まっている。その動きにハクトはもちろん追いつかない。追いつかないが後を追うしかない。

 ウォルフはハクトから遠ざかることなく、周りをぐるぐると回るように動いている。時に上空へ飛び上がり、時にハクトの足元をくぐり抜け、ハクトを翻弄した。

 ハクトは何度か木刀を振り下ろしたが、木刀は空を切った。それでも諦める様子は全くなく、ハクトはウォルフを追い続けた。

 太陽が真上にある頃から始まった追いかけっこは、辺りが暗くなっても続いていた。

 ついに日が落ちて真っ暗になり、ウォルフが「おしまい!」と叫ぶと、ハクトはその場で両膝と両手をつき、うめき声をあげた。


「大丈夫?」


 ウォルフが心配して駆け寄ると、ハクトは息を切らせながら、倒れるように仰向けになった。


「もう動けない」


「ハクトは体力あるね。追いかけっこで僕を疲れさせるなんて、すごいよ」


「嘘だろ?疲れているようには見えないぞ」


 ウォルフの呼吸は全く乱れていない。何事もなかったかのような表情をしていた。


「一応、疲れるよ。すぐに回復するけど」


 夜になり、冷たい風が肌に当たる。


「立てる?」

 

「無理だな。ここで寝る」


「それは駄目。風邪をひく」

 

 そう言うと、ウォルフはハクトの腕を持って自分の肩の上に乗せようとした。


「俺を背負うつもりか?」


「だって歩けないでしょ?」


「いらん。そんな情けないことができるか」


 ハクトはウォルフの手を振り解いて自分で立とうとしたが、力が入らずに尻もちをついて倒れてしまった。


「ほら。ね?僕の言うことを聞いて」


 ウォルフは嫌がるハクトを背負うと、キレスの小屋に向かって歩き始めた。ハクトはどこにも力が入らず、ウォルフの背中でぐったりとしていた。


「ウォルフ、明日もやるぞ」


「いいけど……明日までに回復できる?」

 

「できる」


「今日はぐっすり眠れそうだね。寝言を言う元気もなさそうだ」


「寝言?」


「うん」


と、ウォルフは嬉しそうに笑った。


「アンナさんってどんな人?きっと可愛い人なんだろうな。会ってみたいな」


「あ……?」


「『笑ってみてくれないか、アンナ』って、寝言で言ってたよ、ハクト」


 恥ずかしさでハクトの顔は赤らんだが、ウォルフには見えなかった。ただ小さな唸り声だけが聞こえた。


「大丈夫。起きていたのは僕だけだから。秘密にしてあげる。そのかわりに教えてよ。アンナさんってどんな人?」


「言わん」


「いいよ。トシに聞いたらわかるよね」


「おい待て。トシに言うな」


「じゃあ教えてよ」


「……あの花畑みたいな……可愛く、可憐で、清楚で……いつも一生懸命に働いていて……優しく、可愛くて……」


「可愛いって、二回言った。つまりは大好きな人ってことだね」


「……うるさい」

 

「良かった。ハクトにもそんな人がいて」


「ん?」


「アンナさんのために、強くなって帰らないと」


「アンナのため?」


「そう、愛する人のために」


「あ……」


と、再びハクトはウォルフの背中で唸り声を上げた。ウォルフは嬉しそうにハクトを背負って元気に歩いた。

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