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10

 ルイは丘の上の一番大きい木の、隆起した根っこの上に座っていた。ウォルフはルイに近づくと、大きな木の幹に身体をもたれさせた。

 その場所からは丘の上の花畑が一望できた。花畑は朝日を浴びて蝶々が舞い、爽やかな風に小さな花々が揺れている。


「美しいね」


 ウォルフが呟いた。ルイはウォルフに顔を向けたが、またすぐに花畑を見つめた。 

 しばらく黙ったまま二人が花畑を眺めていると、花畑の間の道を衛兵二人に両脇を掴まれたスタンが通って行くのが見えた。スタンは二人に気がつくと、首をぐっと伸ばして回し笑顔を見せてきたが、衛兵に頭をぐっと押さえつけられ、トボトボと通り過ぎていった。


「ウォルフ、あのスタンって人が衛兵に……」


「滑稽だね。キレスを怒らせたら大変だ」


 ルイが首を傾げながらウォルフを見やった。ルイにはスタンがなぜ衛兵たちに連行されているのか、全くわからなかった。


「あの衛兵はキレスが術で出した衛兵だ。大丈夫、街の衛兵じゃない。まあ街の衛兵に捕まえてもらってもいいくらいだけどね。ルイさんは昨夜、スタンに襲われかけていたんだ」


「襲われかけた?それはどういうこと?」


「熟睡していたから気づかなかったでしょう?真夜中に、スタンが化けた灰色の猫がルイさんを襲いに来た」


「ちょっと……私、何かされたの?」


 ルイは自分の身体を両腕でぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫。舐められそうになったけど、尻尾のない黒猫がやって来て灰色の猫を追い払ったから。黒猫は一晩中寝ずに、ルイさんのそばで灰色の猫が来ないか見張っていたんだよ」


「え?……」


「だからさっきのは、黒猫、つまりトシに対するスタンの仕返しだったんだよ。ルイさんの膝の上で正体をばらすことで、トシを困らせたんだ」


 ルイは丘を下っていくスタンの後ろ姿を見ながら、最低……と呟いた。


「叩く相手を間違ったのね?私……」


と、ルイは右手の手のひらを見つめた。トシの頬を叩いた時の感覚がまだ残っていた。


「そうかもしれないね」


「思いっきり叩いちゃった」


「うん、すごい音がした」


「痛かったよね」


「ルイさんの心もね」


 ルイは今にも泣き出しそうな顔になって下を向いた。


「ソルアなんて大っ嫌い」


 ウォルフはルイの横顔を眺めた。長めの前髪が下を向いたルイの顔をほとんど隠していた。


「そうなの?」


「前にそう言ってしまったの、トシに」


「仕方ないよ。フオグ国ではソルアは忌み嫌われている」


「三十年前、私の祖父も《《あの》》ソルアに殺された」


「……悲しいことだね」


「私はまだ産まれていなかったから、よく知らないのだけど、父は激しく憎んでいたわ。見たんだって……城で祖父を含め、多くの兵士たちが毒針を浴びて亡くなっていたのを。地獄のようだったって」


「ソルアが皆、悪い人っていうわけじゃない」


「わかってる。でも《《あの》》ソルアを誰も止めてくれなかった。当時フオグにも多くのソルアがいたのに、《《あの》》ソルアを誰も止めてくれなかったって父は言ってた。ソルアは皆、ぐるなんだ、だから追放されたんだって、小さい頃から大人たちに聞かされてきた」


 ルイは立ち上がると、木のそばに一本だけぽつりと生えている草に近づいた。小さな桃色の花を懸命に咲かせている草だった。ルイはしゃがんで、その花にそっと触れた。


「シュウ先生を助けるために処刑場に向かっている時、トシが言ったの。これから私がトシのことを嫌いになるだろうって。その時は意味がわからなかったんだけど……まさかトシがソルアだったなんて」


「トシのこと、嫌いになっちゃった?」


「わからない。わからない……ねえ、ウォルフ……これからどんな目でトシを見たらいい?どんな言葉をかけたらいい?また喧嘩できる?また一緒に笑える?どんな顔をして文句を言ったり笑ったりしたらいいの?」


 ルイは潤んだ瞳をウォルフに向けた。後ろでひとつに束ねた髪は、ここ何日かの看病でずいぶん乱れていた。

 ウォルフは微笑みながらルイのそばに寄ると、愛おしそうにそんなルイの頭に手を当てた。


「前にも言ったけど、ソルアだとしてもトシはトシだよ。君たちの国で酷いことをしたソルアとは別のソルアだ。ルイさんがまた喧嘩したり一緒に笑いたいと思っているんだったら、それだけで大丈夫。怖がらないで。ミトと戦っていた時、ルイさんはトシを呼ぶことができたでしょう?」


「あの時はウォルフが必死だったから……でも、どうして私に呼ばせたの?あの時」


「それは……ルイさんとトシは幼馴染で友達だから。それに、トシはルイさんが言うことには従うでしょう?ルイさん、怒ると怖いから」


 ウォルフはルイの頭から手を離すと、えへへっとおどけるように笑ってみせた。

 ルイは少し口を尖らせながら、処刑場までの道すがらトシが言った言葉を思い出していた。


……たぶん、ルイはこれから俺のことを嫌いになると思うけど、いや、初めっから嫌いかもしれないけどさ。俺はルイのこと………………友達だと思ってるから……


「友達、か……トシの嘘つき」


「ん?」


「ううん。何でもない」


「とりあえず、叩いたことを謝りに行こうか」


「うん……そうね」


 ルイはもう一度花畑を見渡した。ウォルフも同じように花畑に目を向けている。やっぱりこの人、綺麗な人ね……ウォルフを横目で見ながらルイはそう思った。



 


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