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6

 その日、トシとルイは一睡もできないまま朝を迎えた。処刑場は警備所前に設けられ、柵の外側から処刑を見物することができると聞いた二人は、夜明けと共に処刑場に向かった。


「ソルアなんて大っ嫌い」


 道すがら、ルイは小さく呟いた。


「ルイのおじいさんも、()()ソルアに殺されたんだったな」


「ええ。祖父も兵士だったから。()()ソルアが特別に悪い人なんだと思ってた。でもこの国のソルアも最低」


「普通の人間にだって良い人と悪い人がいるように、ソルアにだっていろんな人がいるんだよ」


「もう……わかったようなこと言って」


 頬をふくらませるルイの横顔をトシはチラチラと見ながら言った。


「ルイ」


「何?」


「ルイは出てくるんじゃないぞ。俺に何かあったら、ハクトを探しに行け」


「わかってる。何度も同じこと言わないで。でもどうやってシュウ先生を助けるつもりなの?」


「ルイ……俺、実は………………いや、何でもない」


「何?」


「大丈夫、ルイのためにシュウは必ず助け出す」


「どうして私のためなの?」


「シュウが助からなかったら嫌だろ?」


「当たり前でしょ。トシだって同じでしょ」


「そうだけど、俺が言ったのはそういう意味じゃなくて」


「なら、どういう意味?」


「それを俺に言わせる気か?」


 怒ったように言った後でトシがふっと笑うと、ルイも同じように笑った。


「ルイと話すといつもこうだな」


「喧嘩ばっかり?」


「ああ」


 トシが足を止めたため、一歩先に進んだルイが立ち止まり振り返った。


「トシ?」


「たぶん、ルイはこれから俺のことを嫌いになると思うけど、いや、初めっから嫌いかもしれないけどさ、俺はルイのこと………………」


 トシは口をつぐんでルイをじっと見つめた。


「何よ、さっきから。言おうとしてはやめてばかり」


「ルイのこと、友達だと思ってるから」


「急にどうしたの?これから嫌いになるって、どうしてそんなことを言うの?」


「いや、何でもない。忘れてくれ」


 トシが少し俯き加減になり、早足で歩き始めたので、ルイは首を傾げながら小走りでトシを追いかけた。


 空が明るくなり、大人の背丈の倍はある高い柵で囲まれた警備所には、ぞろぞろと見物人が集まっていた。トシとルイはその柵の最前列で警備所の扉が開くのを待っていた。

 衛兵の数は、柵につながる門の外側と内側に二人ずつ、それから柵の内側に等間隔に並んで見物人を睨みつけている十二人、処刑台の上の二人、処刑台の周りに四人、そして警備所の二階の露台から眺めている七人だ。そのうちトシがソルアの気配を感じたのは十三人だった。


(多いな…)


 予想以上の衛兵の配置に、トシは大きく息を吸った。


(しかも露台の前方中央にいる男……ソルアなのに背後に影の住人がいる。小さな影だが……なぜソルアに?気付いていないわけではないと思うが……)


 処刑の時刻になって警備所の中から出てきたのは、手枷足枷をつけられ、衛兵に両脇を抱えられ、意識があるのか無いのか、自分の意思で歩いているのかいないのかが分からない程ぼろぼろになっているシュウだった。顔は腫れ上がり、あちこちから血が流れ、着ている服も汚れたり破れたりしている。その姿を見ただけで、牢の中でシュウが何をされたのかを容易に想像することができた。

 ルイは手で口を押さえ、腰から砕けるようにその場に座り込んでしまった。立っていられないほどの衝撃を受けたからだった。


(先生があんな姿に……)


 ルイは震える手で柵を掴んだ。今すぐにこの柵を壊してシュウの元に駆け付けたいと思った。

 トシも同じく衝撃を受け、怒りを落ち着かせようと歯を食いしばった。そして右の手のひらの中で左手の人差し指を動かし、ファジルが教えてくれた術の呪文を周りには聞こえない小さな声で唱え始めた。




「せっかくお父さんが教えてくれたんだ。練習しないと」


 旅の道中、ウォルフはそう言って頻繁にトシを魚釣りに連れて行った。ハクトとシュウが剣術の稽古をしていて、ルイがその様子を眺めている間にこっそりと、である。ウォルフにだけは、イヒラ邸に現れたソルアが自分の父親であることを打ち明けていたトシだった。


「またかよ」


「練習しないと。僕が知っているソルアの息子は、毎日何時間も修行して親の技を自分のものにしていた」


「昨日もちゃんとできただろ?」


「あんなにゆっくり呪文を唱えていたら、唱えている間に先にやられてしまうよ」


 痛いところをつかれて、トシは口を尖らせた。


「わかったよ」

 

 そして何度も白く光る網を作り出しては川に向かって投げる練習をした。


 小さいのは作れる?もっと大きくできる?こっそり呪文を唱えられない?もっと速く……毎日のようにウォルフに言われるがまま光の網を作り出していた。おかげで毎日食糧には困らなかった。




「魚釣りが上手になったね」


と言った時のシュウの笑顔がトシの頭の中に浮かんでいる。


(待ってろ!今、助けるからな!)


 トシの右手の中に白く光る網が出来上がっていた。

 トシはシュウを光の網で捕まえて、自分の方へ引き揚げる計画だった。しかしトシが右手を構えた時に、後ろから誰かに右手首を押さえられてしまった。

 トシが驚いて振り返ると、そこにいたのはスタンだった。


「なぜ……」


と言いかけたトシだったが、スタンと同時に空を見上げた。突然、強いソルアの気配を頭上に感じたからである。

 上空にいたのは見たこともない巨大な鳥だ。しかも鳥の足を片手で掴み、ぶら下がっている人の姿も見える。

 巨大な鳥は処刑場に急降下し、ぶら下がっていた人は、途中で鳥の足から手を離した。そしてシュウの前に着地すると、シュウの両側にいた衛兵を剣で殴り倒した。


「ハクトだ!」


と、トシは右手をぎゅっと握りしめた。

 両脇の支えが無くなり、そのまま前に倒れるシュウをハクトは正面から受け止めた。


「おい、シュウ。しっかりするんだ」


 シュウはハクトの腕の中で、すこしだけ目を開けた。


「あに……うえ…………」


 そう言った後、意識がなくなった様子で全体重を預けてきたシュウを、ハクトはしっかりと抱き抱えた。


「シュウ……遅くなってすまない」


 鳥が空中でくるりと宙返りをしたかと思うと、今度は大男に姿を変えてドスンとお尻から処刑台の上に着地し、台を踏み潰して壊した。見物人から悲鳴が上がった。


「まったく……楽しんでおられるな、大先生は」


 スタンの声にトシは再び振り返ったが、そこにスタンの姿はなかった。しかし気配だけはまだ残っている。トシがふと視線を下げると、そこには灰色の猫が一匹……トシを見上げてミャアと鳴き、人混みの中に消えていった。


「何をしている!奴らを捕まえろ!」


 露台の中央にいたミトが叫んだ。衛兵が一斉にハクトたちに向かって行く。その中にはソルアもいて、それぞれに術を繰り出していた。しかし大男がハクトとシュウの盾となり、剣も矢もソルアからの攻撃も全てその体に吸収していく。大男は武器が無くなった衛兵たちを大きな腕で次々に払い飛ばした。


「ルイ、立てるか?」


 隣で腰を抜かしているルイの腕をトシが掴んだ。ルイは放心状態のまま頷くと、柵を使って腕の力でなんとか立ち上がった。


「お前は逃げろ」


「トシは?」


「俺もハクトと共に戦う」


「私も行く」


「駄目だ。ソルアだらけなんだぞ」


「シュウ先生の側に行きたい」


「だから……駄目だって」


「じゃあ、みんなで行こう」


 二人の背後から聞き慣れた声がした。


「ウォルフ!」


 トシとルイは同時に叫んだ。


「お前、今までどこにいたんだよ。心配したんだぞ」


「ごめん」


と、ウォルフは顔の前で手を合わせた。


「詳しいことは後で。とにかく今は、シュウを連れて逃げよう。このまま街にいたら、仲間だってすぐにばれてしまうから」


 そう言うと少し膝を曲げたウォルフは左腕をトシの腰にそして右腕をルイの腰にまわした。


「飛ぶよ」


 そしてウォルフは警備所の柵の数倍の高さにまで二人を抱えて飛び上がり、緩やかな弧を描くように降下して大男の背後に着地した。

 ウォルフは二人を地面に下ろすと、今度はハクトからシュウを引き受けて、シュウを背中に担いだ。


「キレス、みんな揃った」


 ウォルフが大男に向かって言うと、大男は五人に方に向き直り、両腕で全員を包もうとした。しかしその時、露台からミトが叫んだ。


「ご隠居!いくらご隠居といえども、このような暴挙は許しません」

 

 ミトは両手を前に構え、呪文を唱えながら広げた両掌をパチンと勢いよく合わせた。すると大男の体がグシャッと潰れ、散り散りになりながら姿を消した。


「キレス!」


 大男の姿がなくなり、警備所から大勢の衛兵が出てくるのを見て、ハクトは剣を構えた。

 ミトは間髪入れずに呪文を唱えている。大きな石が四方八方から五人に向かって飛んでくる。難なく石を避けることはできたが、トシはその石を操っているのがミトの背後にいる影の住人だということに気が付いた。ミトは影を操って攻撃に利用しているのか……嫌な予感がしたトシが地面に転がった石を注視していると、それらが一斉に針に姿を変えた。


私を守れ(ムロア・ゾ・ミア)


 迷うことなく、トシは叫んだ。





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