5
(多すぎる……)
トシは街を足早に通り過ぎていた。どの通りを歩いていても、常にソルアの気配を感じた。ソルアはトシとすれ違う時、必ずと言ってよいほど高圧的にトシに視線を送り、中には〈この新米が!何をしに来た!〉と意識の中で喧嘩を売ってくる者もいた。
ソルアは皆キレスの花の首飾りをつけ、自分がソルアであることを見せびらかしているようにトシは感じた。この状態が世界の常識なのだろうか……フオグ国ではあり得ない光景にトシは戸惑っていた。
学問所での子供達との会話から、捕まったのがシュウに違いないと確信したトシとルイは、シュウとの面会を求めて地下牢のある警備所に向かったが、面会は一切認められないと追い返された。
ハクトに相談しなければと一旦宿に戻ったものの、人を探してオレジの丘へ向かうので今日は帰ってこないというハクトの書き置きを見つけ、二人は頭を抱えた。ハクトが広い丘のどのあたりにいるのか検討もつかないし、探し当てたとしても市門は夕方から朝までは閉まってしまうので、明日の早朝までにシュウを助け出すことはできないだろう。
「どうすればシュウ先生を助けられる?」
と泣きながら言うルイに、
「牢がどんなものなのか調べてくる。ルイはここにいろ。何があるかわからないから」
と告げて宿を飛び出したトシは、情報収集のために酒場の集まる通りを歩いていたところ、ソルアのあまりの多さに面食らっていたのだった。
(ルイを連れて来なくて良かった。こんなにじろじろと見られていては、俺がソルアだということを気付かれてしまうだろうから……)
トシは出来るだけソルアと目を合わせないようにしながら、賑わっている酒場に入った。そして陽気な酔っ払いを見つけて横に座ると、その男に酒をご馳走しつつ昼間の広場での騒ぎについて話しかけてみた。すると陽気な酔っ払いは、饒舌に話し始めた。
「知ってるよ、知ってる。ミト様に逆らったんだってな。馬鹿な若造もいたもんだ」
「ミト様という方は、強いのですか?」
「あん?知らねえのか?お兄さん、この街の人間じゃないな?」
「はい、旅をしています」
「いいなぁ、旅か。俺も若い頃は諸国を旅して回ったもんさ」
「それで、ミト様という方は?」
と、トシは空になった男の盃に酒を注ぎながら尋ねた。
「ミト様は、警備隊の隊長にまで一気に出世した、この街の中で最強のソルアさ。勝てる奴などいない」
「この街にはソルアがたくさんいますね」
「そりゃそうさ。ソルアってだけで、俺たち平民より一段階高い身分を与えられるんだぜ。手柄を立てりゃあ、どんどん出世の道が開けるしな」
と、男は急に首をすくめると、トシの耳元で囁いた。
「国王陛下のソルア贔屓も困ったもんさ。大して役に立たないソルアが、俺たち平民を見下してやがる。ソルアに腹が立っている連中は、この辺にごろごろといるよ」
驚いた表情のトシを見て、男は笑いながら盃の酒を飲み干した。
「まあ、なんだかんだ街は平和で、こうして酒もうまいし、別に俺は構わんがな」
「しかし、ソルアに逆らっただけで絞首刑というのは……」
「まあな、影の退治を邪魔しちまったんだろ?そりゃあ仕方ない」
「理不尽だと思うのですが、絞首刑をやめさせる方法はありませんか?」
「おい、お兄さん。その捕まった奴と何か関係があるのか?」
「あ、いえ。ただ、僕は他の国をたくさん見てきましたが、そのような規則はあまり聞いたことがなくて」
「なるほど、そうだろうな。しかし国王陛下が決めたことだからな、どうしようもねぇな。牢に入ったら刑執行まで出てこれやしねえ。警備隊は、今やほとんどがソルアだからな。
あいつらにとっちゃあ強盗だろうが窃盗だろうが、殺人だろうが暴行だろうが、犯罪者は皆、影の住人なのさ。手加減なんかしねぇ。処刑前に逃げようとして殺された奴ら、捕まりそうになって抵抗したら殺された奴らをたくさん見てきた。ソルアに目をつけられたら最後。諦めるしかねぇんだよ」
トシは持っていた酒瓶を男に譲り渡すと、店を出た。通りに出ると、やはりソルアの気配が多く、トシは吐き気がしてきた。ソルアの気配など感じることができなかった頃に戻りたいと思うほど、その感覚はトシにとっては気持ちの悪いものだったのだ。
ふとすれ違った、珍しく好意的な挨拶をしてくれたソルアが、キレスの花の模様とスタンという名前が書かれた扉を開けて建物の中に入って行くのを見て、トシはその扉をトントンと叩いた。
「はい、どうされましたか?」
スタンは扉を開けてトシを見ると、にっこり笑った。
「すいません、僕、ソルアの新人で……」
「ええ、そのようですね。どうぞお入りください」
トシが中に入ると、そこは机と椅子が置いてあるだけの簡素な部屋だった。どうぞと勧められて、トシはスタンと向かい合って座った。
「警備隊に入りたくて、この国に来たのですが、どうやったら入れますか?」
「警備隊に?」
スタンは目を丸くした後、ハハハッと笑った。
「僕だって入れるものなら入りたい。あなたはこの国に来たのは最近ですね?」
「はい」
「すぐにでも警備隊に入りたければ、そうですね……犯罪者を捕まえたり、強さが中程度以上の影の住人を捕まえたりすることですね」
「中程度以上……」
「いないでしょ、この国にそんな影は。ソルアを生業にしている者がこんなに集まったら、影の住人の取り合いですからね。小さいうちに退治されてしまいます。たとえ小さくてもソルアとしての実績は上がっていきますから、そのうち警備隊や国の他の機関から声が掛かるでしょう。しかし競争相手は多いですよ。僕はこの国で生まれ育ったソルアですが、そろそろ他の国へ行こうと思っているところです。ここにいたら、ソルアとしての誇りが無くなってしまう気がして」
「誇り……」
「ええ。僕は人のために生きるソルアでありたい」
トシはスタンをじっと見つめた。まっすぐな濁りのない瞳は、その言葉に嘘はないことを裏付けていた。この人になら相談できるとトシは判断した。
「実は、助けたい人がいるのです」
「ほう。どなたですか?」
「僕の親友です」
「今どこに?」
「牢です」
スタンは息をすっと吸い込むと口に手を当てた。
「ひょっとしてミト様に逆らった男の人のことですか?」
「はい。しかし、逆らったわけではないのです。理由があるのです」
「申し訳ありませんが、僕では何の力にもなれません。ご沙汰は覆らないと思います」
「牢を破ることは可能ですか?」
「は?」
と、スタンは目を見開いた。
「あなたがミト様より強ければ可能かもしれませんが」
「そうですか……わかりました」
トシはスタンに礼を言うと、その建物を出ようとしたが、思い出したように立ち止まるともう一度スタンに向き直った。
「レジェムという方をご存知ないですか?ソルアなのですが」
「レジェム?」
「はい」
「いいえ。その方はあなたとどのような関係が?」
「故郷が同じなのです」
「それで?」
「聞きたいことがあって……ご存知ないですか?」
「ごめんなさい、残念ながら」
そうですか、ありがとうございましたと頭を下げてから部屋を出て行くトシの後ろ姿を、スタンは少し曇った表情で見つめていた。




