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4-2

 少女がお茶を持って姿を現したので、ハクトはキレスに促されるまま椅子に座った。


「して何故に、私を探しておった?」


 キレスはお茶をずずっと啜った。


「人を探しています」


「その者の名は?」


「レジェム」


 キレスは再びお茶を啜った。そして湯呑みを置くと、ハクトを上目遣いで見つめた。


「よそ者だとは思っておったが、よりによってフオグ国だとは」


「レジェムを知っているのですね?フオグのことは嫌いのようですが」


「いやいや」


と、キレスは笑った。


「嫌いではない。よりによってフオグ国とは正反対の国に来たものよ、と思ったのでな。毒など入っておらぬから、ささ、飲みなされ」


と、キレスはハクトにお茶を勧めた。少女がまた不意に現れて木の実の入った器を机の上に置いて消えた。キレスはその器から木の実を摘むと、ポンと口の中に放り込み、お茶を飲もうとはしないハクトに微笑んだ。


「この国はフオグ国とは違って、優秀なソルアには高い地位が与えられる。とは言え、今の若い国王がソルアに命を助けてもらったことがあるとかで始まった制度だから、ここ五、六年の話じゃがな。しかし皆出世を夢見て、国じゅうの、いや近隣諸国のソルアまでもが手柄を立てようと必死になっておるわ。その結果、街では程度の低いソルアによる仕事の取り合いじゃ、馬鹿馬鹿しい。恐らく、ウォルフの身体の中にある影の気配を感じ得る者など、街のソルアの中にはほとんどおるまい。ミトですら、ウォルフの本質は見抜けなかった」


「ミトというのは、強いソルアなのですか?」


「ミトはソルアの出世頭。今は警備隊の隊長さ。ところで、お前はウォルフの仲間か?」


「訳あって一緒に旅を。ハクトと申します」


「旅は二人と一匹かい?」


「いいえ、あと三人」


「ウォルフがミトに攻撃されている時に、他の仲間はどうしておった?」


「わかりません。私ひとり、別行動をしておりましたので」


 キレスはまた「んんー」と唸ると、手を合わせてパンパンと叩いた。すると馬に乗った衛兵が突然ハクトの目の前に現れたかと思うと、すぐに馬を走らせて行ってしまった。


「まあ、何があったか、すぐにわかるじゃろ」


「何が起こったというのですか?」


「手遅れにならなければよいがな」


「どういう意味ですか?」


「フオグの人間では、ソルアに逆らってはならぬというこの国の規則など知るはずもない。ましてや相手は自尊心の塊のようなミト。酷い目にあっていなければよいのじゃが」


 トウがウォルフを逃したということは、少なくともその場にシュウがいたはずだ……シュウが負けるわけがない……とハクトは思ったが、なかなか起きる気配のないウォルフを見ると不吉な予感で胸がざわついた。


「ところで、レジェムに会ってどうする?」


「『全地創世伝』のことで知りたいことがあるのです」


「ほう……おもしろそうじゃの。『全地創世伝』の何が知りたい?」


 どこまで話すべきかとハクトは迷っていた。

(キレスをどこまで信じるか……いや、しかしこの隠居なら、闇の炎について何か知っている可能性もあるのではないだろうか。何もかも見透かしているようなこの人なら。しかし今は皆の安否の方が気になる。闇の炎の話は皆の無事が確認されてからだ……)ハクトは揺れ動く心を見透かされないようにキレスから目を逸らすことなく、


「それはレジェムに会うことができた時にお話しします」


と答えた。キレスはそんなハクトに向かって微笑んだ。


「おや」


と、キレスは顔を横に向けた。トウがウォルフの顔をペロペロと舐め始めたからである。キレスとハクトがその様子を見守っていると、ウォルフがゆっくりと瞼を開いた。


「ウォルフ!」


と、ハクトがウォルフに駆け寄ると、ウォルフはにこりと頬を動かした。


「ああ……また随分と眠ってた?」


「何があった?お前はトウに運ばれてここまで来たんだ。襲われた時、シュウは一緒ではなかったのか?」


「シュウと一緒だった。ソルアに襲われて……なかなか強いソルアで、僕はすぐに気を失ってしまったんだ」


「では、その後どうなったのか何も知らないのか?」


「ごめん」と、ウォルフは上体を起こした。「何かあったのか?シュウは?ここはどこ?」


「ここは私の家さ。ようこそウォルフ。やっと会えた」


 ウォルフは椅子に座っているキレスをまじまじと見つめた後、頭を掻いた。


「ごめんなさい、どこかで会ったことがありましたか?」


「いやいや」とキレスは嬉しそうに笑った。「初対面じゃよ。しかし、この子には会ったことがあるんじゃないかい?」


 キレスがパチンと指を鳴らすと、少女が木の器を持って現れ、水の入った器をウォルフに差し出した。ウォルフは、あっと口を開きながらその器を受け取った。 


「覚えているよ、久しぶりだね」


 少女は頷くと、フッと姿を消した。


「じゃあ、あなたはサンエの……ひ孫のひ孫くらいかな?」


「まさか。四百年は経っておるのだよ。サンエは私の十一代前さ」


「そんなに経つんだ。サンエはね、僕にソルアや影の世界のことを色々教えてくれた人なんだ。ちょうど君くらいの歳の息子がいて。君たち以外に僕のことを詳しく話した唯一の人だ」


と、ウォルフはハクトに説明した。


「ウォルフのことは、先祖代々伝えられてきた。いつか会えたらと思っておった。私は独り身だから、この家系も私の代で終わる。その前にウォルフに恩返しがしたかった」


「恩返しだなんて」


「サンエの息子、シラフの命を救ってもらった。その恩を、四百年の間我々は語り継いできた。長生きはするものじゃな」


 その時、小屋の横に突然馬にのった衛兵が姿を現した。衛兵は馬を降りると、さっとキレスの元に駆け寄って跪いた。


「ご報告いたします。ウォルフと共にいた青年はミトに毒針攻撃を受け、牢に収容されてございます。牢にて拷問を受けるもウォルフの行方やこの国に来た目的を一切言わず、明日の早朝の絞首刑を待つのみとのことでございます」


「ご苦労」


 キレスがそう声をかけると、衛兵と馬の姿はもう消えていた。


「一体、どういうこと?シュウが捕まったって、どうして?」


 ウォルフはハクトとキレスを交互に見つめた。ハクトは無言のまま立ち上がり、険しい表情を街の方向に向けた。


「この国ではソルアに逆らうのは御法度なんじゃよ」


 やれやれと呆れた様子でキレスが言った。


「そんな規則あったかな」


「最近できたのさ」


「僕が行ってくる。僕が捕まれば、シュウは処刑されずに済むだろう?」


 ハクトはウォルフの方に向き直すと、首を横に振った。


「駄目だ。ウォルフはここにいろ。俺がシュウを助けに行く」


「待ちなされ」


 今にも馬に飛び乗ろうとするハクトをキレスが止めた。


「確かに、ウォルフが行ったところでシュウとやらの青年の処刑が中止されることはないじゃろう。しかし警備隊の中にはソルアがわんさかおる。お主一人ではどうにもなるまい」


「弟が殺されるのを黙って見ていろと言うのか?」


 ハクトが眉間に皺を寄せた。


「さあて」


と、キレスは嬉しそうに口角を上げた。


「久しぶりに、ひと暴れするかの」


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