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 サジマ国に入り、首都のエトワに到着したのは、テミラ邸を出てから28日後のことだ。エトワには様々な店が建ち並び、行き交う人々も多く、とても賑わっていた。

 シュウたちは宿を見つけ、そこに滞在しながらヤン村長から聞いたレジェムを探すことにした。


「しかし、どうやって探す?」


 ハクトが道を歩きながらシュウに尋ねた。


「どうしましょうか……名前しか知りませんし。もしソルアを生業としているのであれば、この町でソルアを探し出して手がかりを見つけることができるかもしれません。こんなに賑やかな都ですから、ソルアも何人かいるでしょう」


「ソルアか……」


 ハクトはイヒラ邸で見たソルアの姿を思い出していた。


「得体の知れない奴らだ。しかし、ソルアを生業にしていなかったとしたらどうする?」


「書官でしたし、ひょっとしたらこちらでもそのような職に就いているかもしれません」




 ルイが明るい表情で店をのぞいている。色とりどりの服が売っている店だった。


「綺麗な色」


 ルイが手に取ったのは、鮮やかな青色の服だ。それはサジマ国の女性の民族服で、女性の身体にぴったり合うような形になっており、長さは足首ほどまである上着だった。生地は二重になっていて、表面の布の両側には腰の高さまで切り込みがあり、下側の色の違う布が見え隠れするようになっている。


「不思議な服…」


 そう呟いたルイに、店の女性が声を掛けた。


「旅の人かい?」


「はい」


「それはサジマの民族服さ。お嬢さん、きっと似合うよ」


 ルイはまんざらでもない顔で広げた服を身体に当てて、横にいたトシに「どう?」と見せた。


「あぁ……うん……おしとやかに見える」


 少しどきまぎとした様子で、トシが答えた。


「何よそれ。どういう意味?普段はおしとやかではないみたいじゃない」


「そこまでは言ってない」


「もう……」と言いながら、ルイは服をたたんで元に戻した。


「着てみて欲しかったな」


 ウォルフがひょこっと二人の間から顔を出して言った。


「きっと、すごく似合う」


「ありがとう。ウォルフだけよ、優しいことを言ってくれるのは」


「行くぞ、ルイ」


 外からハクトが声を掛けた。


「まったく……遊びに来たわけではないんだぞ」


「わかってます。いいじゃない、ちょっと見るくらい」


 ルイが膨れっ面で店から出てきた。


「まったく。女は面倒だ」


「そんなこと言うけど、ハクトさんにだっているじゃない。彼女にそんなこと言わないでしょう?」


「いるって、何の話だ」


「恋人か婚約者?」


「いない、そんなもの」


「え?だって、それ」


と、ルイはハクトの腰の帯についている青い小さな巾着袋を指差した。


「これがどうした」


「それ、恋人が戦いとか旅に行く時に、無事を祈って渡すボルン村のお守りでしょ?何年か前に流行ったの、知らない?一針一針、恋人の無事を祈って作るの。だから模様が細かければ細かいほど思いが強いってことなの。その模様、もの凄く細かいから、きっと婚約者なんだと思ってたわ」


「へえ……ハクト、いつの間に」


と、トシがにやにやしながら言った。


「誰だよ」


「知らん。俺はそんなつもりで受け取ったんじゃない」


「でも、大事に身に付けてるじゃない」


「いや、それは……まったく、お前はうるさい女だな」


「じゃあその人は、きっとおとなしい人ね」


「うるさい、黙れ」


「待てよ……ボルン村?ボルン村って確か……誰かいたような気がするな。母上の……」


「おい」


と、ハクトがトシの胸ぐらをつかみ、顔を近づけて「黙れ」と睨みつけた。


「わかった、わかった」


と、トシは笑いながら両手を上げた。


「とりあえず、手分けをしてレジェムを探しましょう」


 シュウはハクトをトシから引き離しながら言った。


「どう分かれる?」


と、トシが尋ねると、


「俺は一人で行く」


と、ハクトはすぐに歩いて行ってしまった。


「まだ怒ってるぞ、あいつ」


 トシは呆れ顔だ。


「まあ、兄上は一人でも大丈夫だよ」


「俺たちはどうする?」


「シュウ、僕はソルアが近くにいたら分かるから、僕を連れていれば便利だと思う」


とウォルフが言うと、シュウは驚いた。


「見ただけで、ソルアかどうか分かるってことかい?」


「そう。僕の中には影の住人の身体が入っているからね。半分は影の住人みたいなものだ。ソルアも僕の中の影の存在に気付けば、僕に近づいてくるよ」


「ではウォルフは僕と。トシとルイちゃんは、無理しなくていいよ。長旅で疲れているだろうし、トシの目も心配だし、宿で休んでいて」


「まさか。俺も行く。目は大丈夫」


「私だって、疲れてなんていないわ」


 二人の返事に、シュウはにっこりと笑った。


「じゃあ二人は、この国に書官のような仕事がないか、探ってもらえるかな?」


「わかった」


と、二人は同時に頷いた。




「シュウ、君は何を考えているのか、よく分からない人だ」


 シュウとウォルフがトウを挟んで並んで歩いている。トウの身体には木綿の布が掛けられ、腹の部分で布端を結んであった。どこにいってもココラルは怖れられてしまうので、羽を隠すことにしたのである。


「そうかな?」と、シュウは少し驚いた顔で言った。「どうしてそう思う?」


「あれから毎日のようにハクトと稽古をしている。君は楽しそうだ。しかし、どこか不安げだ。強くなることを怖がっているように見える。それに君は、ハクトが肌身離さず背負っている聖剣からいつも目を背けている」


「よく観察しているね」


 シュウは苦笑いを浮かべた。


「英雄ユアンの息子が、軍に入らずに医者をしている。そこにどんな理由があるのか、君たちに出会った頃から気になっていた」

 

「理由なんて……いや、僕は責任を負いたくないだけだよ」


「それは、わかりやすい嘘だ」


「嘘?」


「君は誰かのためになることだったら、喜んで責任を負うような人だ」


「そうかな……」


「それからもうひとつ。君の国の人は皆、ソルアを嫌ったり怖れたりしている。しかし君はそうでもなさそうだ。僕のことを化け物ではないなんて言っていたし、やはり君は何を考えているのか分からない」


「答えは簡単だよ。僕はただ争いごとが嫌いなだけなんだ」


「なるほど。それは嘘ではないね。でもね、シュウ。この世界は君が想像しているほど美しくないかもしれないよ」


「どういう意味だ?」


 ウォルフは答える代わりに後ろを振り返った。男が一人、ウォルフに向かって右手の手のひらを向けながら、ぶつぶつと呪文のようなものを唱えている。


「やめてください」


 男が何者で何をしようとしているのかを察したシュウが男を止めようとした時、ウォルフの身体がヒュンと上空に飛び上がり、次の瞬間地面に叩きつけられた。


 その場所は、サジマ国の城の前に位置する大きな広場だった。石畳の上に叩きつけられたウォルフは、そのまま意識を失った。

 シュウはウォルフのそばに駆け寄ると、ウォルフを抱き抱えた。不死身とはいえ、ウォルフから痛みが消えたわけではない。傷が治るまで悶え苦しむ様子を、シュウは間近で見てきた。これまで何百年もの間に、こうやってソルアに攻撃され、幾度となく死ぬほどの苦しみを与えられたに違いない……それを思うと、シュウは胸が痛かった。


「やめてください。彼は危険ではありません」


「お兄さん、悪いことは言わない。今すぐその男から離れなさい。その男の中には影の住人が隠れている」


「彼の中に影の気配を感じるのは、間違いではありません。しかし、影の住人が彼の中から出てくることはありません」


「私が出して退治してやろう」


 ソルアの男は両手を前にして構えると、再び呪文を唱え始めた。すると、ウォルフの身体がシュウの腕の中で痙攣し始めた。痙攣はどんどん強まり、ウォルフの顔は次第に赤くなっていく。ソルアはその様子を見ると首を傾げ、より大きな声で呪文を唱え始めた。ウォルフの痙攣は、身体がちぎれそうなほどに強まっていった。


「やめろ!」


 シュウが叫んが、ソルアは術をやめない。シュウはウォルフの側で落ち着きなく動き回っていたトウの身体の布を取り除いた。


「トウ、ウォルフを逃すんだ」


 トウがバサッと羽を広げた。そしてココラルの姿に驚いたソルアが一瞬呪文を止めた瞬間に、トウはウォルフの腰帯を咥えて飛び去った。

 喧嘩だ!影だ!ココラルだ!と、大勢の人が広場に集まり、騒ぎを聞きつけた衛兵も駆けつけてきていた。


「お前、一体何者だ。あの男の中には影が潜んでいるというのに。何を企んでいる」


と、ソルアがシュウを睨みつけた。


「何も企んでいません」


「この国の者ではないな。どこから来た?」


 シュウはその質問には答えなかった。ソルアはシュウに向かって左腕を伸ばした。そして指を上下左右に細かく動かしながら、小さな声で呪文を唱えた。

 すると、四方八方から拳ほどの大きさの石がシュウに向かって飛んできた。

 

「なぜ僕を攻撃するのですか」


 素早い動きで石を避けながらシュウが叫んだ。


「影の退治を邪魔することは禁止されている。お前は罪人だ」


「待ってください」


 十人ほどの衛兵が二人を取り囲んだ。そのうちの一人がソルアに近づくと、ソルアは衛兵に何かを耳打ちした。


「僕の話を聞いてください」


 ソルアは伸ばしていた左手をぐっと捻りながら握りしめた。すると地面に落ちていた石が針に姿を変え、それらがシュウに向かって一斉に放たれたのである。ほとんどを避けたシュウだったが、数本が足と腕をかすった。


「僕は何も企んでは……」


 そう言いかけたシュウだったが、途中で力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。まさか……と、シュウは地面に転がっている針を手に取り、鼻のそばに寄せる。


(しまった……この匂いは……)


 シュウは遠ざかる意識の中で、衛兵たちが集まってくる気配を感じた。


「どうしますか?」 


「処刑は明日だ。それまで牢に入れておけ」


 その頃には完全に意識を失っていたシュウを、衛兵たちは乱暴に引きずりながら広場から去っていった。





 

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