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〈みつけた〉


 イヒラの屋敷の門をくぐった瞬間に、トシは影の中で呟いた。小さな紫色の煙のかたまりが、目を一つだけ携えてイヒラの屋敷の中を漂っている。


〈その目は誰の目だ〉


 トシの声に気がついた目の化け物は、ぴょんと飛び上がって屋敷の中へと入って行った。


〈待て〉


と、思わず追いかけて行こうとしたトシに、シュウが「トシ?」と声をかける。


「どうかした?」


「いや……何でもない」


 トシは化け物が消えた方を見つめたまま答えた。

シュウもトシの視線の先に目を向けたが、そこには何もなかった。


「どちら様ですか」


 その時、屋敷の中から男が出てきてシュウたちに尋ねた。


「イヒラ殿ですか?」


「いえ。私は酒造班の長のワムと申します」


「イヒラ殿に会わせていただきたい。大事なお話があるのです」


 シュウが答えると、ワムは訝しげな表情でシュウたちを見渡した。


「一体、どういったご用件で?そんな……縄で縛られて……旦那様に会わせろなど、まかり通るわけがございません。お帰りください」


「この者達は、テミラ殿の葡萄畑を荒らし、テミラ殿のもとで働く人を四人も殺めました。それらはすべてイヒラ殿の指図であったと、この者達が言っているのです」


「何をおっしゃって…その者達は嘘を言っているのでしょう。旦那様は十日ほど前から留守にされております。旦那様が命じたなど……それとも旦那様を無実の罪で陥れようとでも?」


「まさか」


と、シュウは縄で縛られた三人の男たちを見遣った。ハクトがその内の一人の頭を掴み、睨みつけている。


「本当だ。嘘じゃない。俺たちはイヒラに頼まれたんだ」


 頭を掴まれた男は必死に叫んだ。


「嘘です。旦那様がそのようなことをするはずがありません」


と、ワムは語気を強めた。するとその時、奥から女性が出てきて、気だるそうに言った。


「一体、何の騒ぎ?」


 トシは隣にいるウォルフと顔を見合わせた。ウォルフが口角を上げてトシに向かって頷いている。


「あの目だ」


と、トシもウォルフに向かって頷いた。


「何ですか?あなた方は?」


「僕たちは、テミラ殿にお世話になっている旅の者です」


 シュウが答えると、ワムが女の側に行って状況を説明し始めた。

 トシは女の後ろに漂う紫の煙を影の中で見ている。それにしても、なぜあの化け物はあの女の目を持っているのだろう……とトシが考えていると、ウォルフが耳元で囁いた。


「きっとあの人の感情が好みなんだ。好きすぎると、その人の身体の一部を模すようになる」


 トシは納得するように首を振った。つまりあの女が、「タエ」と口にするたびに目から矢尻を飛ばしてきた感情の持ち主ということか……


「私はイヒラの妻、エリナです。主人は留守にしております。ですからテミラさんの件に、うちは何の関わりもございません。お引き取りください」


「しかし……」


「これ以上、妙な言いがかりはなさらない方が良いですよ。お引き取りください」


 トシはエリナの背後にいる紫の煙をじっと見つめていた。ずいぶん小さくなった化け物が、再び人々の感情を食い物にしていた。

 ソルアは化け物を完全に消滅させることはできないのだということを、トシはその時直感的に理解した。光と影の均衡を保つ、それがソルアの役割なのだと。だからこそ、世界の均衡が崩れるような状況になっている今、聖剣が必要なのだ…影の化け物を斬って退治することができる唯一の剣が……

 化け物が吸い取っている感情の出ている場所をトシは探っている。化け物はエリナの負の感情と、エリナの右奥……扉に隠れて見えない誰か……の感情を吸い取っていた。何だ?とトシはその感情を探った。焦り?怒り?何かに恐れている?


「お帰りください」


 強い口調でエリナが繰り返し、シュウとハクトが顔を見合わせている間に、トシは誰にも見られないよう素早く右手を下から上へ、エリナの右側に向かって動かした。するとトシの指の先から、矢尻が現れ、風を切る音を伴いながらエリナの右奥の扉に刺さった。その矢尻は化け物が目から出していた矢尻と同じ物だった。

 突然飛んで来た矢尻に一同が驚いていると、「ひゃあ………」と扉の奥で悲鳴がして、ドスンという音も響いた。扉の奥にいた人物が尻もちをついた音だった。そしてその人物の顔がエリナの足元に見えた時、縄で縛られている男たちが叫んだ。


「あの男だ。イヒラだ。あいつに頼まれたんだ」


「まさか。あの者は旦那様ではありません。使用人のチマ……」


とワムが言い終わらないうちに、チマヤは慌てふためきながら家の奥へと入っていく。


「待て!」


と、ハクトが躊躇なく屋敷の中へと上がり込んで行った。

 程なくして、ハクトがチマヤを羽交締めにしながら屋敷の外へ出てきた。そしてハクトによって地面に投げ出されたチマヤは、その場に震えながらうずくまった。


「お前がこの男たちに命じたのか」


 チマヤは首をぶるぶると横に振った。ハクトは剣を抜くと、チマヤの首元に剣先を突きつけた。


「では、なぜ逃げた」


「僕は……」


 何かを言いかけて、チマヤは頭を抱えた。


「何だ?言ってみろ」


 ハクトの問いに答えることなく、チマヤはただただ震えながら縮こまっている。

 その時、ウォルフがひょいと飛び上がりチマヤの前で着地すると、チマヤの顔を覗き込みながら尋ねた。


「君は一体、誰を困らせようとした?イヒラ様?テミラ様?それとも……タエ様?」


 チマヤはハッと顔を上げると、怯えた目でウォルフを見つめた。


「タエ様か……なぜ?タエ様を苦しめる?あんなに美しい人を」


 ウォルフは、チマヤの目を穴があくほど見つめながら言葉を続けた。


「皆、タエ様のことが好きになるでしょう?テミラ様もイヒラ様も」


 エリナが眉を吊り上げてウォルフを見ていた。しかし、ウォルフがエリナの方に顔を向けることはなく、チマヤばかりを見つめている。


「僕も好きだよ。僕は美しいものが好きだから。君は誰が好き?」


「え?」


と、チマヤがかすれた声を出した。


「タエ様?エリナ様?あぁ、間違えた。タエ様のことが好きだったら、困らせたりしないよね。あんな女のどこがいいのって口癖のエリナ様も美しい人だけど」


「あなた、さっきから一体何を言っているのよ」


 エリナが声を震わせながら言った。


「変なことばかり……」


「僕は……」


と、ウォルフはチマヤを見つめたまま、にこりと笑った。


「この人に聞いているんだ。理由がわからないから。君からは憎悪が見えない。憎んでもいない相手を苦しめる理由がわからない。僕はその理由が知りたいだけ。タエ様のことを憎んでいるのはエリナ様だよね?君はエリナ様のためにやったのかい?」


 チマヤは力が抜けたように頭を抱えていた手を下におろした。そしてウォルフの視線から逃げるように俯くと、深いため息をついた。


「あの人たちに依頼したのは僕です。まさか誰かを殺してしまうとは想定していなかったのですが……しかし悪いのは全て僕です。どうぞ、今すぐ斬ってください」


「馬鹿な」


と呟いて、ハクトは剣を鞘にしまった。


「しかるべき者にお前の身柄を引き渡すのみだ」


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