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「ルイさんのおかげで、大怪我にならずに済みました。ありがとうございました」


 タエの容態が落ち着いた後、寝室から離れた広間でテミラはルイに礼を言った。ルイはその言葉に俯き加減で首を振り、少し戸惑いながらテミラに尋ねた。


「テミラ様にお伺いしたいことがあるのです」


「何でしょう?」


「タエ様は、畑が荒らされたのは自分が悪いからだというようなことをおっしゃっていました。テミラ様と結婚したからだと。一体、どういう意味なのですか?あのように思われていては、身体に良くないように思うのですが」


 テミラは瞼を閉じ、深い溜め息をついた。


「本当に、今回のことは兄に頼まれたと、あの者たちは言っているのですか?」


 葡萄の花をもぎ取り、村人四人を殺めた男たちは、シュウとハクトがあっという間に叩き伏せて捕らえたのだった。


「はい。テミラ殿の畑を荒らせと。そして邪魔をする者があれば排除してよいと言われたと」


と、シュウが低い声で言った。機嫌が悪い時の声だな……トシは部屋の隅でウォルフの横に座り、視力がより一層下がってきた目で皆を眺めていた。皆から負の感情がゆらゆらと、蝋燭の火のように揺らめいていた。


「そうですか……信じたくなかったのですが、残念です」


と、テミラは肩を落とした。


「タエは……兄が私に恨みを持っているとしたら、私達が結婚したためだと思っているのです。タエが兄からの求婚を断り私を選んだからです」


「それは、兄弟でタエさんを取り合ったということですか?」


 ルイが言うと、テミラは手を前で振って否定した。


「取り合ったというのには少し語弊が……いや、しかし実際はそうなのかもしれません。

 私達兄弟とタエは幼馴染で、幼い頃から良く知っている間柄でした。いつの頃からか、私は兄がタエに好意を寄せていることに気付いていました。だから私の恋心はずっと秘めたままでいようと思っていました。

 六年程前、兄はタエに結婚を申し込みました。しかしタエは、他に好きな人がいるからと断ったそうです。その話は兄から直接聞きました。落胆しつつも、タエが好きなのはきっとお前だと……笑いながら言っていました。

 しかし私は、兄を裏切るような気がして、ずっとタエに気持ちを伝えることができませんでした。三年前に兄が結婚するまでは」


「もし本当に、それが原因で今回のようなことが起こったのだとしたら、タエ様がお可哀想です。愛している人と一緒になったことで苦しみを受けるなど……」


 ルイの言葉に頷きながら、テミラは悔しそうに膝の上で拳を握りしめた。


「そんなことをするような兄ではなかったのですが……」


「兄弟だからこそ、許せないこともあるかもしれない。争っているものが自分にとって、一番大切なものであれば尚更のこと」


 そう言ったハクトの横顔に、シュウは驚いた様子で目を向けた。トシがそれを後ろから眺めて、苦笑いを浮かべている。


 その時、使用人がやってきてテミラを呼んだ。 


「テミラ様、村長が来られたのですが」


「わかった。すぐに行く」


とテミラは答え、「失礼します」とシュウたちに頭を下げると、テミラは部屋から出て行った。


「兄上」


 テミラが出ていくのを見送ってから、シュウはハクトに呼びかけた。


「ヤンだ」


「ああ……そうでした。ヤン、僕はテミラ殿のお兄さんに会いに行こうと思います」


「よせ。俺たちには関係がないことだ」


「関係がないからこそ、冷静に判断できると思うのです。このままでは、奥様の体調が心配です」


「先生……タエ様は以前、リンビル先生の診療所に来られたことがあるんですよね?それはひょっとして、心の病だったのではありませんか?」


とルイが尋ねると、シュウは険しい顔つきで頷いた。


「心の病?何だ?それは」


 ぶっきらぼうな口調でハクトがルイに言った。


「心に負担がかかりすぎると身体に不調が現れるとリンビル先生に教えてもらったのです。今日のタエ様の様子を見ていて、ひょっとして……と思ったのです」


「そうだね、ルイちゃん。奥様には心穏やかに過ごしてもらわないといけない。だから僕はテミラ殿のお兄さんに会いに行ってきます」


と、シュウは立ち上がった。


「部外者が口を挟むことではない」


 ハクトが腕を前に組んでシュウを睨みつけている。


「俺たちには何の関係もない」


「ヤンも、あの者たちに縄をかけたではありませんか。関係がないのなら、なぜそうしたのですか?」


「ん?」


「奴らが来たという叫び声を聞いて、一番に反応したのはヤンの方だった」


と、それまでずっと黙っていたウォルフが口を開くと、ハクトはますます不機嫌な顔つきになった。


「俺は兵士だ。叫び声に反応するのは当たり前のことだ」


「僕は医者です。患者のためにできることをするのは当たり前のことです」


 ハクトは舌打ちをしながら立ち上がると、シュウに近づき真正面からシュウを睨みつけた。そしてもう一度舌打ちをすると、トシとウォルフの方に振り向いて言った。


「お前達も来い。あの三人を連れて行くのに人手がいる」


「君も行ってくれるんだね」


と、ウォルフが嬉しそうに言うと、ハクトは首を横に振った。


「俺はあの三人を返しに行くだけだ」

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