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タエの容態が落ち着いた頃、バタバタと足音をたてながらテミラが寝室に現れた。
「タエ!大丈夫か!」
テミラは横になっているタエの額から頬へと包むように両手を当てながら、タエの顔を間近から見つめている。
「大丈夫です」
と、タエがはにかむように笑った。
「あなた……ルイさんが目を丸くされていますわ」
あぁ……と、テミラは手をタエの顔から離すと、ルイに向かって頭を下げた。
「ルイさんが助けてくださったと聞きました。何とお礼を申せば良いか」
ルイは笑顔で首を横に振った。
「私、以前はリンビル先生のお手伝いをしていたんです。そこで同じような症状の患者さんがいて。その時のリンビル先生の真似をしただけなんです」
「そうでしたか、リンビル先生の……本当にありがとうございました」
と、テミラは再び頭を下げた。
「あなた、畑の方に行ったのではなかったのですか?」
タエが尋ねると、テミラはタエの手を取った。
「お前が倒れたと聞いて、慌てて家に引き返したのだ。何も心配しなくてよい。上の方の木は少しやられてしまったようだが、ほとんど無事だと皆が言っておった」
「申し訳ありません。私のせい……」
「タエ」
と、テミラはタエの頭に手を置くと、優しく撫でた。
「気に病むことは何もない。お前はゆっくり休んで、早く元気になるのだ」
「わかりました。私は大丈夫ですので、皆のところへ行ってください」
「しかし……」
「ルイさんもいらっしゃいますし、大丈夫です」
「そうか……では行くが、タエ、決して無理をしてはいけないよ」
「わかっております」
と、タエはテミラに微笑んでみせた。
「お優しいご主人ですね」
テミラが寝室から出て行くと、ルイは羨ましそうに言った。タエは嬉しそうな顔をしたが、すぐにその笑みを消した。
「とても優しすぎて……私は迷惑ばかりかけているのに」
「迷惑?」
「きっと、全て私が悪いのです」
「タエ様、そのように思われるのは身体に良くありません」
「いいえ、本当です。私が悪いのです。私がテミラと結婚したばっかりに……」
と、タエは涙を流した。
「一体、何があったのですか?」
「私は……」
その時、悲鳴や叫び声が外から聞こえてきた。タエが不安げに起き上がる。
「私が見て参りますので、タエ様はここにいてください」
そう言うと、ルイは玄関の方へ向かった。ちょうどそこに、担架で四人の男が運ばれて来た。その四人ともが息をしていないことに、ルイはすぐに気付いた。
四人を取り囲むようにして泣いている人々の中にテミラもいた。テミラは遺体に向かってしきりに謝りながら涙を流している。
玄関の外では怒号がとびかっていた。ルイが外に飛び出すと、そこには三人の若い男たちが縄で縛られており、その三人を村の人々が取り囲んでいる。
その村人の中から姿を現したシュウとハクトが、険しい表情でルイの方へやって来た。ルイは「何があったの?」と言おうとしたが、それは声にはならなかった。そこに漂う異様な空気に、ルイは心が圧迫されているような気がした。
「テミラ殿は?」
というシュウの問いに、ルイは玄関の中の人だかりを指差した。そして、人々の泣き声や亡くなった人の名前を呼ぶ声で大混乱に陥っている中で、部屋から出てきたタエが、その様子を顔面蒼白で見つめていることにルイは気付いた。
「駄目!」
そう叫ぶと、ルイはタエに向かって走り出した。ルイは無我夢中で、身体を硬直させたまま後ろに倒れるタエの身体の下に滑り込んだ。
「いっ………………てぇ……」
その声にルイが目を開けると、タエの身体は自分の上にすっぽりと収まっていた。そして自分の身体は、誰かに抱えられたおかげで、壁に頭を激突させるのを逃れることができた代わりに、その誰かがルイと壁に身体を挟まれて呻き声を上げていた。ルイは呻き声がした方に顔を向けて驚いた。
「トシ!いつの間に」
「今、来たところで……」
「どうしてここにいるのよ!」
混乱していたルイは、思わず語気が荒くなった。
「その人が倒れそうになっていたから支えようとしたところに、お前が急に入ってきたんじゃないか!」
「そんな、私が悪いみたいに言わないでよ。ちょっとトシ、手を離して。タエ様、タエ様……」
トシの腕を振り解くと、ルイは上半身を起こしてタエの頬に手を当てた。
「タエ?」
と、トシは小さく呟いた。化け物と戦っている時に何度も聞いた名前だった。
シュウが駆け寄ってきて、タエの症状を確認している。
「タエ!」
と、テミラもやって来た。
「テミラ殿、奥様をお部屋へ」
シュウの言葉に、テミラは頷いてタエを抱き抱え、奥の部屋へと向かった。
「ルイちゃんとトシも怪我はない?」
と、シュウが尋ねた。ルイは頷きながらトシを見た。トシの頬に切り傷があり、血が流れている。そしてトシはキョロキョロと顔を動かし、誰かを探している様子だった。
「ごめん、トシ……私、怪我させた?トシ?どうしたの?」
「え?」
と、ルイの視線に気付いたトシが頬を触った。
「あぁ……これは違う。ルイのせいじゃない」
「そうなの?頭、打ったりもしなかった?」
「してない、してない」
「良かった。誰を探してるの?」
「いや……誰も」
あの目の主を探しているんだ……と、トシは言えるはずもなかった。




