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6

 トシはゆっくりと目を覚ました。柔らかな灯りに照らされた天井が目に入る。ここはどこだろう……なぜ眠っていたのだろう……何も覚えていないことに困惑しながらトシは頭を動かした。

 

「起きたね。よく眠れた?」


 部屋の隅に置かれた行灯のそばに座っているウォルフが言った。


「ここは葡萄畑の持ち主のテミラ様のお屋敷だ。君は意識を失ってここに運ばれた。テミラ様がシュウのことを知っていたから、疑いが晴れたんだ」


 トシは身体を起こすと、部屋を見渡した。


「みんなは?」


「誰かが葡萄畑を荒らしに来たから、ハクトとシュウは畑の方に行った。ルイさんは、テミラ様の奥様が倒れたから介抱してる。この国の人はココラルにすごく恐怖心を抱いているようだから、トウは厩舎にいる。僕は君が起きるのを待っていた」


「待っていた?」


「そう、待っていた。聞きたいことがある」


 そう言うとウォルフはトシの横にやって来て座った。


「君たちは兄弟だと聞いていたけど、本当?」


「え?あぁ……いや、血は繋がってない。俺の本当の両親は早くに死んでしまって、父上が俺を引き取ったんだ。でもどうして?」


「だって、君、ソルアだろ?」


 トシはウォルフと目が合ったが、すぐに視線を逸らせた。


「ユアン様が君を旅に出した理由がわかった。君たちの国にソルアの居場所はない」


 トシは何も言わずに頭に手を当てた。


「少し顔色が良くなってる。悪夢を見ずに眠れたのは久しぶりだったんじゃないか?ルイさんに感謝しないと。ルイさんが君の名前を呼んだから、君は影の世界に引きずり込まれることはなかったんだ」


「お前……一体、何の話をしているんだ?」


「僕はソルアではないけど、影の住人の身体が混っているからね。見えるんだよ、ソルアが見ているものが。君が見ていたものを僕も見ていた」


「俺が見ていたもの……」


「やはり、君は自分が見ていたものが何だったのか、理解できていないんだね」


と、ウォルフはにこりと優しく笑った。


「本来なら親から子へ、いろいろ教えるものなんだ。影の世界の話、影の住人がこっちの世界に出てきた時の対処法などをね。ソルアは影の住人の姿を見ることができるけど、影の住人もどの人間がソルアなのかわかるんだ。だから奴らは、ソルアの能力がようやく目覚め始めた新米のソルアに悪戯をしてくるんだ。いつもやられている仕返しといったところかな。君の頭が痛くなったりするのは、そのせいだ。にやにや笑いながら君の頭を締め付ける奴らが見えた」


 トシは真剣な眼差しで、ウォルフの方を向いて座り直した。


「教えてほしい。どうすれば、この苦しみから逃れられる?」


「慣れだと言っていた。昔……もう何百年も前の話だけど……仲良くなったソルアの親子がいてね。ちょうどその息子が能力に目覚め始めた頃で、君と同じように寝不足な顔になっていた。影の住人は夜の方が元気だから、ソルアの新米は襲われやすい。影の世界に引きずり込まれて遊ばれる。君は悪夢を見たのではない。君が見た夢は影の世界そのものなんだ。

 それは、一人前のソルアになるために必要なことなのだと、その父親は言っていた。そのうち能力が高くなれば対処できるようになって、影の住人も悪戯しなくなるって。

 でもさすがに毎晩続くと身体がもたない。だから時々父親は、息子が影に引きずり込まれそうになっている時に息子の名前を呼んで、引きずり込まれるのを防いでいた。

 名前、それが大事なのだと言っていた。その人をその人だと特定する名前が。そして、こっちの世界に留まらせるだけの説得力のある人が名前を呼んでくれることで、影の世界に引きずり込まれるのを防ぐことができる。親や兄弟あるいは恋人とかね。だから、君はルイさんに助けられたんだよ」


「親、兄弟、恋人……?」


 トシは驚いた表情で立ち上がり、そわそわと辺りを見渡すと、再び座った。


「待て。ルイは、そのどれでもない」


「あぁ、言い方が悪かったかな。君にとって大切な人という意味だ」


「ん?」と、トシは目を見開き、息を吸ったまま固まった。それを見て、ウォルフがクスッと笑っている。


「君、わかりやすい人だね」


「え?」


「ソルアであることは、うまく隠しているのに、そういうことに関しては嘘をつくのが下手だって言ってるんだよ」


 トシは、はぁと息を吐き出すと俯いた。


「リンビル先生と同じようなことを言わないでくれ」


「僕は中身は年寄りだからね」


「皆には言わないでもらいたいんだ……この……その……」


「言わない。誰にも。君がソルアだということも、ルイさんのことが好きだってことも」


「おい」と、トシは部屋の外をうかがいながら言った。


「皆がいつ戻ってくるかわからないのに……」


「いや。大変なのは、これからだ。君も見ただろう?敵意を吸い取る影を。ずいぶん大きくなっていた」


「湯気のように見えていた、負の感情のことか?」


「そう。影の住人の食べ物は、人間が出す敵意や悪意、憎しみ、嫉妬、恨みや悲しみだ。特に憎しみや悪意が大好物だ。あの影の住人は、ずいぶん大きく成長していた。ここ何年かの、この地に住む人間の感情を吸い込んだ結果だ。あれが悪さをする前に、どうにかしないとね」


「どうやって?」


「君がどうにかするしかなさそうだ。近くに君以外のソルアの気配はないから」


「いや、やり方を知らない」


「わかるよ、きっと」


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