5
テミラ邸内の慌ただしい足音に目を覚ましたルイは、ウォルフが横で座って自分の方をじっと見つめているのに驚いて飛び起きた。
「何?私の寝顔を見てた?」
「見てたよ」
「見ないでよ」
「どうして?」
暗い部屋の中には眠っているトシと自分たちだけだと気付いたルイは、部屋の隅まで座ったまま後退りした。
「あぁ!」
と、ウォルフは顔の前で手を振った。
「大丈夫、指一本触れてない。見てただけ。美しいものが好きだから。でも嫌ならもうしない。ごめん」
そう言うと、ウォルフは両掌を合わせた。
廊下をバタバタと走る足音が聞こえる。
「何の騒ぎ?」
と、ルイが廊下を覗いた。
「葡萄畑を荒らす奴らが現れたみたいだ」
「え?シュウ先生とハクトさんは?」
「叫び声を聞いて、飛び出して行った」
「ちょっと……起こしてよ」
「そう言われると思って声は掛けたよ。でも起きなかった」
もう……とルイは頬を膨らませた。
「奥様!奥様!」
突然、そう叫ぶ声が聞こえ、ルイは慌てて立ち上がった。廊下に出て玄関の方へ向かうと、タエが床にしゃがみ込み、その周りを使用人たちがあたふたとしているのが目に入った。
「どうされましたか?」
ルイが駆け寄って見ると、タエが苦しそうに早い呼吸を繰り返している。
「タエ様、どこか苦しいところが?」
タエはルイの前に震えの止まらない手を出した。タエの手は、すぼめた形で硬直していた。
「手……手が……」
ルイはタエの小さな手を左手で包むと、右手でゆっくり背中をさすった。
「落ち着いて。皆さんもどうか落ち着いてください。タエ様、ゆっくり息を吸って、ゆっくり息を吐くのです。大丈夫、すぐに良くなります。私を見て。一緒に息を吸いましょう」
ルイはタエの背中をさすりながら、ゆっくり息を吸ったり吐いたりをしてみせた。ルイの呼吸の速さに合わせようと、タエは一生懸命に呼吸をゆっくりにしていく。すると次第に、タエの身体の緊張が緩んでいくのがルイにはわかった。
「そうです、その調子です。大丈夫。このままゆっくりの呼吸を続けてください」
あぁ……とタエが少し手の指を動かした。
「す、すこし、動くように……」
玄関では男たちが出たり入ったりと騒々しかった。花が駄目になったとか、誰かがやられたとか、物騒な言葉も飛び交っている。
「どこか静かにお休みになれる所に、タエ様をお連れした方が良いと思います」
と、ルイがそばにいた女性に言った。
「わかりました。それでは奥様の寝室へ」
数人に抱えられて運ばれていくタエの後をルイも追った。




