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 次の日、五人と一匹はフノス山を越えワンシャム国へ入った。ワンシャム国はフオグ国の南側に位置し、フオグ国の二倍の国土を持つ。温暖な気候で果物の栽培が盛んだ。

 シュウたちが向かっているのは、ヤン村長から聞いたレジェムのいるサジマ国だ。レジェムはソルアの書官で全地創世伝の解析をしていた人物である。闇の炎について何か知っているかもしれない。

 サジマ国へ行くには、ワンシャム国を東へ横断する必要があった。シュウたちは今、一列に並んで、なだらかな丘を馬で下っている。


「これは……何の香り?」


 鼻をくんくんとさせながらルイが言った。辺りには優しく甘い香りが漂っていた。


「葡萄だ。花が咲く季節だから」


と、ルイの前方にいるトシが、少し顔を後ろに向けながら答える。


「この辺りは葡萄酒の製造が盛んなんだ」


「あ、そっか。ワンシャムの葡萄酒……ヤン村長から聞いたことがあるわ。とても美味しいって」


「毎年、葡萄酒の出来を王が判定して一位には賞金が出るからな。どこよりも良い葡萄酒を造ろうと皆必死なんだ」


「へえ……物知りなんだ、トシ」


「行商人から聞いたことが……」


と言いかけて、トシは馬の歩みを止めた。日が暮れはじめ、辺りは暗くなりつつあった。道の両側に広がる葡萄畑にも、だんだんと夜のとばりがおり始めていた。


「どうしたの?」


と、ルイが尋ねた。

 トシは何も言わずにじっと辺りをうかがっている。ルイの後方にいたシュウとウォルフが、スッとルイの両側に馬を進め、ハクトはルイの後ろに馬をつけた。


「何?」

 

と、ルイが言うのと同時に、ハクトが叫んだ。


「走れ!」

 

「え?」


と、戸惑うルイの馬の尻をハクトは鞭で素早く叩いた。驚いたルイの馬は、トシの馬の後を追いかけるように走り出した。

 シュウの背中の後ろで器用に馬の上に座っていたトウは、馬が走り出した瞬間に羽を広げて飛び上がり、上空へと逃げた。

 ルイは悲鳴をあげそうになりながらも、振り落とされないように馬にしがみついていた。頭の上を石や太い木の枝が飛び交っているのが見える。ルイの右側にいるシュウは鞘にしまったままの剣で、左側にいるウォルフは左腕で、身体の高さに迫り来る石や枝を振り落としながら馬を走らせていた。

 葡萄畑を抜け広い場所に出ると、石や木は飛んで来なくなった。トシたちは馬を落ち着かせると、葡萄畑の方向に向き直った。

 すると手に木刀や斧を持った男たちが、葡萄畑の中からぞろぞろと出てきた。


「お前たちは何者だ。なぜ我々を攻撃する?」


と、ハクトが言うと、金棒を持った身体の大きい男が前に進み出て来て、大声で言った。


「何者だと?こっちの台詞だ。俺たちの畑を荒らしに来やがって、ただじゃおかねえ」


 男たちは多勢で五人をぐるりと囲んだ。


「何か思い違いをされておられる」


と、シュウが言った。


「僕たちは旅をしている者です。あなた方の畑を荒らしに来たわけではありません」


「いいや、去年も同じ頃にやって来て、葡萄の花をほとんど駄目にしやがったのはお前らだろ。馬に乗った若い男達だった」


「人違いです」


「どうせ、イヒラの回し者だろ」


「イヒラとは、誰のことですか?」


「とぼけやがって。無事に帰れると思うなよ」


「ちょっと待ってください」


「シュウ、無駄だ」


と、ハクトが言った。


「思い込んでいる人間に何を言っても無駄だ」


 剣の柄を右手で掴んだハクトを見て、シュウは「兄上」と呼びかけた。


「彼らは敵でも兵士でもありません。剣を抜いてはなりません」


「お前は甘すぎる。戦いを挑まれたならば、受けるのみだ」


 辺りがすっかり暗闇に包まれ、集落の方から松明を持った者が何人かやって来て辺りを照らした。集団は、じりじりとシュウたちに近づき、囲む円は徐々に狭くなっていく。皆、斧や金棒などを構えて迫って来ていた。


「武器を捨てろ」


 身体の大きい男が大声で言った。


「馬から降りて武器を捨てるんだ」


 シュウは馬を降りると前に進み出て、腰の帯に付けていた剣をはずし、地面に置いた。


「僕たちは畑を荒らしに来たわけではありません。旅をしているだけなのです」


 大きな男がシュウに近づき、地面に置かれた剣を足で踏みつけた。そして金棒でシュウの肩を押し、シュウを無理やり地面に座らせた。


「他の奴らも、こいつと同じようにするんだ」


 その時、鳥が羽ばたく音が聞こえてきた。上空からトウがゆっくりと降りて来たのだ。トウはスッとシュウの横に降り立つと、驚く男とシュウの間に割って入って、その場に座った。

 大きな男はよろけるように後ろに下がった。周りの男たちからは「ココラルだ…」という声があちこちで上がり、動揺が広がった。

 皆、ココラルが次に何をするのかを息を殺してじっと見つめている。もし自分に向かって吠えたなら、それは自分の命の終わりを意味する……男たちは皆、ココラルに命を吸い取られるのではないかとばかりに恐れていたのである。

 しかしトウは再び立ち上がると、シュウの頬をペロリと舐めた。シュウはそんなトウの頭を撫でている。

 男たちは震え上がった。


「お前……一体、何者だ。ココラルを手なずけるなど、普通のことじゃない」


 命の始まりと終わり、それを告げるココラルは、どの国でも神聖な生き物として歓迎され、時に怖れられてもいる。そんなココラルを人間が捕らえることは御法度だ。


「僕は医者です。このココラルは僕の家族です」


 シュウはにこりと笑いながら答えた。


「あなたが、この葡萄畑の持主ですか?」


 シュウが大きな男に尋ねると、男は首を横に振った。


「では、この葡萄畑の持主は、どなたですか?」


 シュウは立ち上がると、ぐるりと周りを見渡した。男たちはシュウと目が合うと、怯えたように目を伏せた。

 その頃、トシは再びひどい頭痛と眩暈に襲われており、馬の上で気を失いそうになっていた。周りを囲んでいる男たちから湯気のように出ている負の感情がはっきりと見え、そしてその負の感情が、闇の中のある地点に吸い取られていくのに気付いた時、トシは頭が割れんばかりの痛みに苦しみ始めたのである。


「トシ?」


 異変に気づいたルイが小声で囁いた。


「具合が悪いのね?薬、あるわよ」


 トシは俯いたまま身体をふらつかせた。ルイは自分の馬を降り、トシの馬に飛び乗った。そしてトシを後ろから抱き抱えて、倒れそうになっている身体を支えた。


「トシ、しっかり。トシ!」


 ルイの声に、はっと気づいた様子でトシは少し顔を上げたが、そのままぐったりと気を失ってしまった。


「先生!トシが………」


 ルイの叫び声に、シュウは急いで戻って来た。そしてトシを馬から降ろすと、トシの瞼を指で開いて目を覗き、脈を測り、熱の有無を確認した。


「痛みで気を失っている。ルイちゃん、僕の鞄を」


 シュウとルイがトシの介抱をしている間、トウは男たちの方を見やりながら五人の周りをぐるぐると回っていた。その効果は絶大で、男たちは少しずつ後退していった。

 ハクトが大きな男に睨みをきかせて牽制していると、そこに身なりの良い男性が男たちの間を縫って入って来た。


「テミラ様」


 そう皆に呼ばれた身なりの良い男性は、大きな男と少し話をした後、慌てた様子でシュウの側に駆け寄った。


「もしや、フオグ国のリンビル先生のところにおられた、シュウ先生ではございませんか?」


 シュウは顔を上げてテミラを見ると、「あぁ、あなたは」と声を上げた。


「確か、二年ほど前に来られた……」


「テミラです。その節は私の妻が大変お世話になりました」


 シュウは思い出したように頷いた。


「その後、奥様のご様子はいかがですか?」


「おかげさまで落ち着いております。そんなことより……どうやら、うちの者たちが先生方に大変失礼なことをしてしまったようです。どのようにお詫び申し上げたらよいか……」


と、テミラはひざまずいた。


「おやめください、テミラ殿。わかっていただけたなら、それで良いのです」


「いいえ、それでは私の気が済みません。お連れの方は……ひょっとして、うちの者が?」


 テミラは、シュウの前で倒れているトシを見て言った。


「いえ、違います。体調が悪く倒れてしまったのです」


「それでは、ぜひとも我が家をお使いくださいませ。うちの者たちに運ばせましょう」


「ありがとうございます」


と、シュウは答えた。


 そんなやりとりの中、ウォルフは自分の馬から降りるとトシやシュウ、ルイの馬の手綱を持って、少し興奮している馬たちを順番に撫でてなだめていた。そして闇の中のある地点を凝視していた。

 男たちの負の感情が吸い取られていた地点にある空気の澱みのようなものが、ひょいと飛び上がって南の方向へ去っていく。その様子を目で追った後、ウォルフは倒れているトシをじっと見つめていた。




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