4
トシにはもう一人、会っておかなければならない人物がいた。
靴職人ザビル。
草原の中にぽつんと佇む一軒家にザビルは一人で暮らしていた。
靴の事しか頭に無い変わり者、と近所の人達は思っている。四十歳を過ぎても独り身で、真面目で寡黙だ。しかし、ザビルの作る靴は丁寧で丈夫で、足を痛めたりすることがない。トルク村中の人がザビルの靴を履いているのではないかと思うほど人気がある。
トシは、馬でザビルの家に向かっている。緑の屋根の家が見えてきた頃、ザビルが外へ出てきて、トシを待ち構えているのがわかった。
門の前でトシが馬を降りると、ザビルが近づいてきた。そして、靴を一足トシに差し出した。
ザビルは何も話さなかった。
トシも黙ったまま、靴を受け取ろうと右手を出した。その手をザビルが靴を持っていない方の手で握った。
〈ようこそ、裏側の世界へ〉
ザビルの声がトシの頭の中で響いた。ザビルの口は動いていなかったが、確かにそう聞こえた。
トシは左手をザビルの手に合わせると、ザビルがやったのと同じようにしてみた。
〈カインのことを知らせていただいて、ありがとうございました〉
ザビルは驚いた様子で手を離した。
〈どこで、このやり方を教わったのですか?あなたはまだ、こちらの世界に来たばかりですよね?〉
〈あなたの真似をしただけですが〉
ザビルは目を丸くしてトシを見つめていたが、やがて落ちつき、何度も頷いた。
〈お気をつけて。ナバルは危険です〉
〈わかっています。そのことで、何か詳しい事情をご存知ですか?〉
〈申し訳ありません。私はただ、クスラ国のソルアの友人から、危機を知らせる伝達を受け取っただけなのです〉
〈そうですか。ありがとうございます〉
ザビルから靴を受け取ると、トシは馬に跨った。
〈ザビル殿、いつも村を守ってくださって、ありがとうございます〉
〈とんでもございません。我々は、使命を果たしているだけのこと〉
〈感謝を伝えてほしいと、ある人から言われました。村にも、ソルアに理解のある人がいるのです〉
〈それは……ありがたいこと。我らの苦労も報われます〉
〈それでは、また〉
ザビルはトシに向かって深々とお辞儀をした。トシも馬の上で頭を下げると、くるりと向き直り、来た道を戻っていく。
ザビルは、その後ろ姿に向かって祈るように手を合わせていた。




