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「薬は効いておるか?」
リンビルは、朝早くに診療所を訪れたトシに尋ねた。
「はい。飲んでからしばらくすると、ずいぶん痛みが和らぎます」
「シュウもおるから心配ないとは思うが、くれぐれも無理するんじゃないぞ。シュウに薬は渡しておいたが、もう少し持っていくか?」
「先生、今日は聞きたいことがあってここに来ました」
リンビルは、いつもに増して顔色の悪いトシを見上げた。
「何じゃ?」
「先生はなぜ、俺が探しものをしていることを知っていたんですか?」
リンビルは、青黒くなっているトシの目の下をじっと見つめながら言った。
「探しものは見つかったか?」
「半分は見つかりました。あとの半分はまだですが」
「それは、誰かに聞いたのか?」
「母上と父上から」
「そうか」
リンビルは何度も頷きながら椅子に腰を掛け、うぅむと唸った。そして再びトシを見上げると、にこりと笑った。
「顔が似てきたな、ファジルに。最後に会ったのは、おぬしの母親が亡くなる十日程前じゃったが」
「十日前?」
「ああ。往診に行った時にな。部屋に入ると、アリアの枕元にファジルが立っておった。ファジルはわしに向かって頭を下げ、すうっと姿を消した。蝋燭の灯りをふっと消した時みたいにな、その場で消えたんじゃ」
トシは悲しげな表情で窓の外を見た。朝日が川面に当たり、きらきらと輝いている。
父親のファジルは、今、こんなに美しく明るい世界で生きているのだろうか……ひょっとしたら、ずっと影の世界に身を潜めているのではないだろうか……トシは切なく思った。
「先生」
「何じゃ」
「父は、俺の側にも時々来ていたんです」
「きっとそうだろうと思っていたよ」
「俺は……」
「おぬしは自分自身が何者であるか、そして自分を影から見守っているのは誰なのか、探しておったんじゃろ?その問いが始まったのは、ちょうど目の調子が悪くなってきた頃じゃないか?」
トシは頷いた。そして苦笑いを浮かべながら言った。
「先生には敵わないな。ずいぶん前から気付いていたんですね、先生は」
「ファジルが消えた時にな。あぁ、戦死したのではなく、ソルアだと分かったから国に帰って来れんかったんじゃなと。だからおぬしにもいずれ、その時が来るだろうと思っておった」
「俺はソルアです」
と、トシはリンビルの目をまっすぐ見ながら言った。
「知っておったよ」
と、リンビルは優しく答えた。
「先生は、ソルアを憎んでいないのですか」
「なぜ憎まねばならぬ」
「なぜって……」
リンビルは、ホッホッと笑った。
「トシ、諸国を旅して影の住人とやらを見たか?」
「いえ……わかりません。でも、そのような夢は見ていました。今思えば、あれは夢ではなかったのかもしれませんが」
「他国で、理解できない不可思議なことが起こるのを見たことは?」
「あります」
「その時ソルアは現れ、問題を解決したか?」
「はい」
「では、なぜこの国ではおかしな事が起こらぬと考える?」
「聖剣があるからです」
「確かに、皆そう信じて疑わない。しかし、おぬしは今でもそう考えるのか?」
聖剣に選ばれし者がもはや存在しないこの国で、一体誰が影の住人からこの国を守っていると思うのか……リンビルはそう問うているのだとトシは思った。
「わしは見た。あのソルアが毒針の雨を降らせたところを。あの恐ろしさは今でも忘れられん」
リンビルは目を瞑って下を向いた。
「あのソルアがなぜあのような残酷なことをしたのか、わしにはわからん。しかしもっと恐ろしいのは、我々には見えない影の方じゃ。ソルアが追放されてから三十年、一体誰がこの国を影から守ってきたのか、聖剣の光に隠れながら戦ってきた者の存在を、国民は知る必要がある。しかし人の心を変えるのは難しい。憎しみの対象であれば、なおさらのこと。ユアン殿であっても、たやすいことではあるまい」
リンビルは、トシに向かってにこりと笑った。
「ソルアを憎むなんぞ、とんでもない。この国のソルアに出会ったら、礼を言うとってくれ」




