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3

「薬は効いておるか?」


 リンビルは、朝早くに診療所を訪れたトシに尋ねた。


「はい。飲んでからしばらくすると、ずいぶん痛みが和らぎます」


「シュウもおるから心配ないとは思うが、くれぐれも無理するんじゃないぞ。シュウに薬は渡しておいたが、もう少し持っていくか?」


「先生、今日は聞きたいことがあってここに来ました」


 リンビルは、いつもに増して顔色の悪いトシを見上げた。


「何じゃ?」


「先生はなぜ、俺が探しものをしていることを知っていたんですか?」


 リンビルは、青黒くなっているトシの目の下をじっと見つめながら言った。


「探しものは見つかったか?」


「半分は見つかりました。あとの半分はまだですが」


「それは、誰かに聞いたのか?」


「母上と父上から」


「そうか」


 リンビルは何度も頷きながら椅子に腰を掛け、うぅむと唸った。そして再びトシを見上げると、にこりと笑った。


「顔が似てきたな、ファジルに。最後に会ったのは、おぬしの母親が亡くなる十日程前じゃったが」


「十日前?」


「ああ。往診に行った時にな。部屋に入ると、アリアの枕元にファジルが立っておった。ファジルはわしに向かって頭を下げ、すうっと姿を消した。蝋燭の灯りをふっと消した時みたいにな、その場で消えたんじゃ」


 トシは悲しげな表情で窓の外を見た。朝日が川面に当たり、きらきらと輝いている。

 父親のファジルは、今、こんなに美しく明るい世界で生きているのだろうか……ひょっとしたら、ずっと影の世界に身を潜めているのではないだろうか……トシは切なく思った。


「先生」


「何じゃ」  


「父は、俺の側にも時々来ていたんです」


「きっとそうだろうと思っていたよ」


「俺は……」


「おぬしは自分自身が何者であるか、そして自分を影から見守っているのは誰なのか、探しておったんじゃろ?その問いが始まったのは、ちょうど目の調子が悪くなってきた頃じゃないか?」


 トシは頷いた。そして苦笑いを浮かべながら言った。


「先生には敵わないな。ずいぶん前から気付いていたんですね、先生は」


「ファジルが消えた時にな。あぁ、戦死したのではなく、ソルアだと分かったから国に帰って来れんかったんじゃなと。だからおぬしにもいずれ、その時が来るだろうと思っておった」


「俺はソルアです」


と、トシはリンビルの目をまっすぐ見ながら言った。


「知っておったよ」


と、リンビルは優しく答えた。


「先生は、ソルアを憎んでいないのですか」


「なぜ憎まねばならぬ」


「なぜって……」


 リンビルは、ホッホッと笑った。


「トシ、諸国を旅して影の住人とやらを見たか?」


「いえ……わかりません。でも、そのような夢は見ていました。今思えば、あれは夢ではなかったのかもしれませんが」


「他国で、理解できない不可思議なことが起こるのを見たことは?」


「あります」


「その時ソルアは現れ、問題を解決したか?」


「はい」


「では、なぜこの国ではおかしな事が起こらぬと考える?」


「聖剣があるからです」


「確かに、皆そう信じて疑わない。しかし、おぬしは今でもそう考えるのか?」


 聖剣に選ばれし者がもはや存在しないこの国で、一体誰が影の住人からこの国を守っていると思うのか……リンビルはそう問うているのだとトシは思った。


「わしは見た。()()ソルアが毒針の雨を降らせたところを。あの恐ろしさは今でも忘れられん」


 リンビルは目を瞑って下を向いた。


()()ソルアがなぜあのような残酷なことをしたのか、わしにはわからん。しかしもっと恐ろしいのは、我々には見えない影の方じゃ。ソルアが追放されてから三十年、一体誰がこの国を影から守ってきたのか、聖剣の光に隠れながら戦ってきた者の存在を、国民は知る必要がある。しかし人の心を変えるのは難しい。憎しみの対象であれば、なおさらのこと。ユアン殿であっても、たやすいことではあるまい」


 リンビルは、トシに向かってにこりと笑った。


「ソルアを憎むなんぞ、とんでもない。この国のソルアに出会ったら、礼を言うとってくれ」


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