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「ご両親は許してくれたの?」
と、診療所でシュウはルイに尋ねた。
当面の間、診療所を手伝ってくれることになった村長の姪のナルミに、ルイは診療所の説明を終えたところだった。
「もちろん」
「本当に?」
ルイは、シュウの視線から逃れるように横を向くと、少し首をすくめた。
「実は……父が反対したんですけど、納得してくれました」
シュウは困った様子で口を結んだ。
「大丈夫です。明日の朝ですよね、出発は。帰って準備しないと」
そしてルイはリンビルに帰る旨を告げると、家へと戻って行った。
「シュウ先生は、医学を極められるために旅立たれるとお聞きしましたが」
と、ナルミが尋ねた。
「え?あぁ……はい、そうです」
「ルイさんと、ご結婚されるのですか?」
「え?」
「一緒に行かれるということはそういうことだろうと、皆が噂しておりますよ」
シュウはぶるぶるっと顔を横に振った。
「違います、違います。それは……困ったな」
「でも、お二人で行かれるんでしょう?」
「いえ、他にも何人か連れがいます」
「他にはどういう方が?」
「そこの……あれ?」
ウォルフが座っていた部屋の隅に目を遣ると、そこにウォルフの姿はなかった。
「彼なら、またあそこじゃよ」
と、リンビルが窓の外を指差した。ウォルフは、また川岸に佇んでいた。
「ずいぶんとお気に入りじゃな。ナルミさん、早速で悪いが手伝ってもらえるかな?」
「はい」
と爽やかに返事をすると、ナルミはリンビルの差し出す紙を受け取り、奥の部屋へ薬草を取りに行った。
「いやぁ、聡明な人が来てくれて助かったわい」
と、リンビルは嬉しそうに口角を上げた。
「僕もルイちゃんも、これで安心できます」
「明後日には、駆け出しの医者が二人、城から来ることになっとる。おぬしの時のように、鍛えてやらんとな」
「先生」
シュウは、床に座って薬草をすり潰しているリンビルの前に行くと、両膝をついて座った。
「先生のお力で、僕は医者として生きることができるようになりました。なんとお礼を申したら良いか……」
リンビルは、ホッホッと笑った。
「礼などいらん。恩を感じてくれているのかもしれんが、おぬしはもう充分にわしに返してくれておる。これ以上は、もういらん。ところでシュウ、トシの眼のことじゃがな」
「はい」
「あれは、もう時間の問題じゃ」
「それは……どういう意味ですか?」
「残酷なことじゃがな、いつ失明してもおかしくない」
「そんな……先日は進行していないようだとおっしゃられていたではないですか」
「トシが嘘をつくもんでな。おぬしの前で本当のことを言って欲しくなかったんじゃよ」
シュウは首を横に振りながら下を向いた。
「僕にできることはないのでしょうか?」
「失明する時、高熱と気を失うほどの痛みがある。わしが昔診た患者は、あまりの痛みに気絶し三日間意識が戻らんかった。医者にできることは、熱と痛みをやわらげてやることぐらいじゃ。看病する方も辛いがの。頼んだぞ、シュウ」
「はい……わかりました。ひとつお聞きしたいのですが、トシと同じ病だったという人は、その後どうなったのですか?」
「うむ……」
と、リンビルが口をつぐんだところに、奥の部屋からナルミが出てきて薬草をリンビルに差し出した。リンビルは笑顔でそれを受け取ると、感心して頷いた。
「種類も量も完璧じゃ」
「それは良うございました。リンビル先生、もう夕方ですし、洗濯物を取り入れておきましょうか?」
「ありがたい、お願いできますかな?」
「はい」
ナルミが部屋から出るのを見届けると、リンビルはぽつりと呟いた。
「あの男は、消えてしまったのでな」
「消えた?」
「もうずいぶん昔の話じゃ。わしが国王専属になる前のことじゃから、五十年以上前になる。名前も名乗らんかった。数ヶ月に一度わしの前に現れて、目を診てほしいと頼んできた。失明した後、姿を消してそれっきりじゃ」
「失明した身体で、そう簡単に姿を消すなど……」
「シュウよ」
と、リンビルはシュウの言葉を遮るように言った。
「はい」
「医者としてできることは限られておるが、兄弟として、そして親友としてトシにできることはたくさんあるはず。支えてあげなさい」
「はい、もちろんです」
「それから、あと一つ。おぬしは優しすぎるからのう。旅先で、勘違いされんように気をつけねばならんぞ」
「勘違いとは……何を?」
「女じゃよ」
「は?」
とシュウは目を丸くした。
「どういうことですか?」
「おぬしの優しさが勘違いを生むと言っとるんじゃ。この村でおぬしを好いとる女がどれだけおると思っとる?」
「僕は、別に何もしていないですよ」
「そう、それがまたややこしい。まあ、せいぜい気をつけることじゃ」
そう言うと、リンビルはホッホッと笑い、シュウは困った様子で頭に手を当てた。




