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サラの部屋で、トシはサラと向かい合って椅子に座り父親の話を聞いていた。
「ユアンが戻ってきた時、アリアのお腹の中にはあなたがいました。ユアン達がジニア国の援護に向かった後に、アリアは妊娠していることに気付いたのです」
と、サラは悲しげな表情でトシに言った。
「戻ってきたユアンがアリアの妊娠を知った時、ユアンは膝から崩れ落ちました。そしてファジルは戦死したと私とアリアに告げ、ファジルの髪をアリアに」
そう言うと、サラは立ち上がり戸棚の引き出しの奥から木箱を取り出した。そして、それをトシの前に置いた。
トシがその木箱の蓋を開けると、中には布に包まれた髪の毛の束が入っていた。トシは何も言わずに、じっとその髪を見つめた。
「アリアは悲しみの中、あなたを産みました。元々、身体が丈夫ではなかったアリアは産後の肥立ちも悪く、床に伏せがちでした。リンビル先生にずっと診ていただいていたのですが、体調は一向に良くなりませんでした。そんなアリアに真実を言えば、もっと病状が悪化するに違いないとユアンは悩んでいたそうです。私がユアンから真実を聞いたのは、アリアが亡くなり、あなたを私たちが引き取ることに決めた時でした」
トシはゆっくり頷いた。そして木箱にそっと手を伸ばし、父親の髪の毛に触れた。
「父が生きているのかもしれないと思い始めたのは、四年ほど前のことです。夢の中に知らない男が現れるようになったんです。会ったこともないのに、ずっと前から知っていたような、不思議な感覚があって……そして夢の中で現実には無い奇妙な物を見ることが、次第に増えていきました。その頃、体調が悪かったりもしたものですから、きっとそのせいだろう、単なる夢だ……そう自分に言い聞かせてきました。
しかし、クスラ国に向かうために国を出てから、夢の中に現れる男が、時々遠くの方に姿を見せるようになりました。追いかけて、たどり着いたと思ったら消えてしまうのですが」
トシは父親の髪の毛から手を離すと、その手で自分の頭をぎゅっと掴んだ。頭痛と眩暈がひどくなってきたからだった。
「トシ、頭がひどく痛むのですね?」
サラはトシの前でひざまずくと、心配そうにトシの顔を覗き見た。
「ファジルと同じなのですね」
「悪夢を見るのは、大抵このような頭痛や眩暈のある時です。僕の潜在意識が何かを知らせようとしているにすぎない、そう思ってきました。でも違うのですね。僕はソルアなのですね」
サラはゆっくりと頷いた。
「やはり、あれは父……そうに違いないと確信めいたものがあったのですが、やはり……」
「もっと早くに、あなたに打ち明けるべきでした」
「いいえ、母上。こうして諸国を周って戻ってきた今で良かったと思います。旅先で何人かのソルアと出会いましたが、皆、己の運命と向き合い、任務を果たそうとする立派な人々でした。僕のソルアに対する意識は変わりました。憎む気持ちなどありません。ですから、僕がソルアだというのであれば、運命を素直に受け入れます。ただ苦しいのは、もう二度とこの地に足を踏み入れることができなくなってしまうことです。父上と母上にお別れをせねばなりません」
その時、扉が開いてユアンが部屋に入ってきた。
「ユアン……ごめんなさい。真実を言わないままにトシを送り出すことなんて、私にはできなかった」
と、立ち上がりながらサラが言った。
「いいんだよ、サラ。僕も真実を話すつもりでここに来たんだ」
そう言うと、ユアンはサラを抱きしめた。そしてトシに近づくと、トシの両肩に手を置いた。
「私はトシに謝らなければならない。ファジルを国に連れて帰れなかったこと、そしてあれから二十年以上あったにも関わらず、ルシフ様を説得することができなかったことを」
と、ユアンは顔を曇らせた。
「前国王様やお妃様、それに大勢の家臣を殺されてしまったのです。ルシフ様のお気持ちを思えば、この国の法が変わらないのは致し方のないことです」
「いや、必ず方法はある。ソルアのことを正しく理解し、正しいことを行う勇気さえあればいいんだ。トシが戻ってくるまでには、必ず、この国でソルアが生きていけるようにする。必ずだ。だから全て終わったら、戻ってきてくれ」
トシは涙を流しながら頷いた。そんなトシをユアンとサラが二人で包み込むように抱きしめた。




