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三十年前、ユアンがあのソルアから国を取り戻して後、以前の半数ほどになってしまった軍隊を立て直すべく、兵士が募集された。そこに志願してきたのが、トシの父親のファジルだった。
ファジルは親を二度亡くしていた。
隣国のジニア国はヒバ国と長年紛争状態にあり、フオグ国は度々ジニア国の援護のために兵士を派遣していた。その際に、親と死に別れて焼け野原で一人泣いていた男児をフオグ国の兵士が保護し、自分の子として育てた。それがファジルだ。
そして育ての親となった兵士はあのソルアに命を奪われた。ファジルが十八歳の時だった。
軍隊に入れるのは齡二十を過ぎてからという取り決めがあったが、人手不足だったために十八歳のファジルの志願も認められることになった。
ファジルは真面目で忠誠心も強く、聖剣の使い手であるユアンを崇拝していた。ユアンも、何事にも懸命に取り組むファジルを気に入り、弟のように可愛がった。
ファジルはその頃の多くのフオグ国民がそうだったように、ソルアを憎んでいた。あのソルア……国を襲ったソルアは最後まで自分の名を明かさなかったので、皆、その男のことを「あのソルア」と言っていた……だけではなく、ソルアそのものを嫌っていた。
「あのソルアを憎むのはわかる。しかし、ソルアそのものを否定することはないだろう?」
ある時ユアンがそう言うと、ファジルは難しい顔をして首を横に振った。
「私は影の住人というものを見たことがありません。自分が見えないものを、どうして信じることができるでしょうか」
「確かに、ソルアではない我々には影の住人の姿は見えない。しかし、理由を証明することも説明することもできないような不可思議な出来事に、今まで遭遇したことがないわけでもないだろう?」
「もちろんです。しかしながら、それら不可思議な出来事がすべて影の住人の仕業であると考える常識に、私は疑問を持っているのです」
「だから、ソルアという存在も疑問だと?」
「はい」
「謎の病を治した話や、枯れた山の木々を一瞬で蘇らせた、そんな実在のソルアの話を聞いても?」
「私が見たわけではありませんので」
「あのソルアは、影を操り毒針の雨を降らせた。たくさんの兵士の頭上から」
「私が見たのは、無惨な父の亡骸です。私にとって、どんなソルアも一緒です。信用に値しないのです」
と、ファジルは真っ直ぐな瞳でユアンに答えたのだった。




