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サラは明らかに不機嫌だった。椅子に座り片手で頭を押さえ、ため息ばかりついていた。
「母上……」
と、トシが遠慮がちに声をかけた。
「頭痛に効く薬を貰ってきましょうか?」
心配顔のトシを見て、サラはふっと口角を上げた。
「大丈夫よ、ありがとう。あなたのような優しい息子が、旅立ってしまうことが辛いだけなの」
「僕は、これまで何度も旅に出ていたではありませんか。シュウやハクトがいなくなってしまうのは、お寂しいと思いますが」
サラはふうーっと深く息を吐いた。
「頭では理解しているの。珍しく、ユアンがきちんと説明してくれたから。あの不思議な青年のこともね。でも心が追いつかないの。どうして息子を三人とも手放さなければならないの?」
「母上」
トシは椅子に座っているサラの前でひざまずいた。
「必ず戻って参ります。英雄ユアンの息子たちです。負けるわけがない」
「そうね。きっとそうだわ。わかってる」
サラは椅子から降りるとその場にしゃがみこみ、トシと目線の高さを合わせた。そして両手の掌でトシの頬をぎゅっと挟んだ。
「母上……僕は何か失礼なことを言ったでしょうか?」
トシは目を丸くして言った。サラがそうするのは、いつも自分が遠慮をしたり気を使いすぎたりした時だからだった。
首を横に振ったサラの目には涙が光っていた。
「違うわ。むしろ言ってほしいのよ、あなたが隠していることを。自分一人で背負わないで」
「僕が隠している?一体、何の話ですか?」
サラは手を離すと、トシの目をじっと見つめた。
「尋ねてくれてもいいのよ、あなたの本当のお父様のことを」
「母上」
と、トシはサラの視線から逃れるように下を向いた。
「僕が十歳になる頃に教えてくれたではありませんか、父は勇敢な武将であったと。隣国のジニア国にヒバ国が攻めて来た際、ジニア国の援護に向かった父は、矢を全身に受けながらもジニア国の要人を守ったと」
「そうね」
と、サラは頷いた。
「それは嘘ではないわ。でも……ソルアは、二十歳をすぎる頃にその能力が目覚めると言われている。あなたは、もう二十五歳ね」
トシは慌てた様子で立ち上がると、部屋の壁際に背中がつくまで後退りした。
「あなたは、自分の身体の変化に気付いていたはずよ。いつか、いつか話さなければ……そう思いながら月日が経ってしまった。ユアンと一緒にずっと悩んでいたの。だってあなたは、とても優しい子だから。自分のことはそっちのけで、家族や友人のために行動する子だから。もし本当のことを知ってしまったら、一体どうなってしまうだろうかと心配で、なかなか言い出せなかった」
サラはトシに近づきながら言った。トシはそれを拒むように首を横に振った。
「やめてください。それ以上は」
トシは頭痛と目眩を感じて、右手で頭を抱えながらうずくまった。
「トシ」
と、サラが駆け寄った。
「ごめんなさい。あなたを苦しめるつもりはなかったの」
「謝らないでください、母上」
トシは痛みで顔が歪みそうになるのを必死に抑えながら顔を上げた。
「謝らなければならないのは僕の方です。僕は母上に嘘をついてきました。一つ二つではなく、たくさん」
「わかっています。あなたは幼い頃から嘘ばっかりです。でも、とても優しい嘘ばかりだった。最近だとそうね……行商というのは嘘だったのでしょう?私に心配させまいとしたのね」
「……母上には敵いませんね」
「あなたは嘘が上手だけれど、ユアンとハクトは下手なのよ。あなたが行商に行ったわけではないことくらい、あの二人の様子を見たらすぐにわかったわ」
と、サラはウフフと笑った。
「その他にもいっぱい嘘をつかれたわね。でも、私たちもずっとあなたに嘘をついてきたから、あなたを咎める資格などないわ。お願い、白状させて、トシ。きっとこの話が、これからのあなたの人生に必要なことだと思うから」
「……わかりました、母上」
と、トシは諦めた様子で頷いた。




