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6

 シュウが村長の所へ出かけている間、診察室の片隅でおとなしく座ったままのウォルフをルイは時折確認しながら、次々とやってくる患者の世話をしていた。


「ルイよ、これを頼む」


 ルイはリンビルが差し出した紙を受け取ると、診察室の奥の部屋に入り、指示された薬草を取って戻ってきた。


「はい、先生」


「ああ、ありがとう」


 ルイがふと部屋の隅に目をやると、そこにあったはずのウォルフの姿がなくなっていた。


「えっ……」


と、ルイは慌てて扉の方へ視線を移す。


「彼なら、さっき出て行ったぞ」

 

 リンビルが薬草を手でちぎりながら言った。


「どうして止めなかったんですか」


「小鳥じゃあるまいし、すぐにどこかへ逃げたりはせんじゃろ。心配なら外を見てくるといい。その辺におるわい」


「もう……」


と、ルイは口を尖らせながら外へ出た。


(シュウ先生から、彼がどこかへ行ってしまわないように見ていてくださいって頼まれてるのに……)


 ルイが外に出ると、ウォルフの姿は川のほとりにあった。大きな石に腰をおろし、川の流れを見つめている。

 

「何をしているの?」


とルイが声をかけると、ウォルフは振り返って、にこっと笑った。その屈託のない、まるで子供のような笑顔にルイは大いに戸惑った。


「ここは良い村だね」


「ああ……そう?」


 ウォルフは再び川面に視線を移した。そして、きらきらと輝く水の中に右手を入れた。


「とても綺麗だ」


 そう言うとウォルフは辺りを見渡した。草原に咲く花が、そよ風に当たって揺れている。

 なんて綺麗な顔をしているんだろう……ルイはウォルフを見ながら思った。肌は透き通るように白く、大きめな瞳に長いまつ毛、茶色の短髪は柔らかく、風で揺らめいている。


「あなたは何歳なの?」


 ルイは少し離れた石の上に座って言った。


「正確に言った方がいい?」


「できれば」


「六百五十九歳」


 ルイが目を丸くしたので、ウォルフは笑った。


「でも、十八歳から身体は歳をとってないんだ」


「じゃあ、私より年下ってことね」


「君は……」


と聞きかけてやめたウォルフに、ルイは微笑んだ。


「私は二十四。シュウ先生と同い年よ」


「素敵な笑顔だ」


 ウォルフはルイをまっすぐに見つめながら言った。ルイは驚いた様子で首を横に振った。


「年齢を聞くのは遠慮したのに、そういうことはすらっと言ってしまうのね」


「見た目は若いけれど、心は六百五十九歳なんだ。歳をとると、何でも言えるようになるものだ」


「リンビル先生と一緒ね」


とルイが言うと、ウォルフは頷き診療所の方に目を向けた。


「ここは良い診療所だ。信頼と愛に満ちている。君……ルイさんは、本当にここを出て僕たちと一緒に行くつもりなのか?」


「いけない?」


「ここにはもう戻って来られない旅になるかもしれないんだ」


「そうだとしても、シュウ先生に会えなくなるよりはいいわ」


と言ってから、ルイは恥ずかしくなって顔を赤らめた。会ったばかりの不思議な青年に言うことではないと思ったからだった。 

 そんなルイを見て、ウォルフはただ優しい顔で微笑んだ。


「ルイさんは僕の傷が治っていく様子を、目を逸らすことなく見ていた。そして、こんな化け物みたいな僕に普通に話しかけることができる。強い人だ。だからリンビル先生も許したのだね」


「ここには他の国からもたくさん治療に訪れるの。重い病気の人や酷い怪我をした人を何人も見てきた。病気で足を切断しなければならないのを手伝ったこともある。私が強いとしたら、きっとここで鍛えられたのね」


 その時、診療所の中からリンビルがルイを呼ぶ声が聞こえて、ルイは立ち上がった。


「行かなきゃ……ウォルフ、あなたはここにいたいの?どこかへ行ってしまわないと約束できるなら、ここにいてくれてもいいわよ」


「幼子に言っているみたいだね。わかった。もう少しだけここにいたら、診療所に戻る」


 ルイは頷くと、走って診療所へ戻っていった。






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