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6-1

 暗闇の中、ハクトは馬を走らせる。しかし馬にも体力に限界がある。途中で疲労が見え始めた馬の手綱を木に結び付けると、ハクトは湖の方向へと全力で走り始めた。


(なぜ俺に言わなかった……)


 ウォルフに追いついたら叱らねばと考える一方で、ウォルフの身を案じているハクトだった。


(大きな猿の姿をした化け物は、カインの記憶にあった猿と同じなのだろうか……同じだとしたら、その猿はウォルフの父親の実験動物……

 死ぬことはない……わかっているが、連れて行かれてしまったら何をされるか……)


 ドリル船長の貿易船の中で、夢にうなされ取り乱すウォルフの姿をハクトは思い出していた。そしてまた、もどかしい思いに心が締め付けられる。


(なぜ一人で行ったんだ!)


 そんなハクトの前に、突然大きな鳥が現れた。鳥は大きな翼をゆっくりと羽ばたかせながら低空飛行している。


「トシ!」


 そう叫びながらハクトが鳥の脚を掴むと、鳥は上昇し、湖に向かって高速で飛んでいく。


 視力を失ってから、影の世界の方が移動がしやすくなっているトシだった。影の世界に存在するのは光の世界に生きる者の感情と、影の住人、そしてそこに生きるソルアだ。物にぶつかる心配がないので、トシが一人で行動する時には都合が良い。


「あの湖だが、邪悪な気配は全くない。ただ、海に通じているようだ。ひょっとしたら化け物はどこか他の場所から海底を伝って湖に入ってきているのかもしれない。陸では目立つからな」


 姿は見えないが、トシがハクトに話しかけていた。ハクトはチッと舌打ちをした。


「猿の化け物の話も知っているんだな?」


「ああ。町の人から話を聞いた」


「お前、親父殿に似てきたな」


「そうか?」


「頼むから……お前はこっちの世界にいてくれ」


「もちろんだ」


 頭の上から声がしてハクトが見上げると、鳥の背中にトシが胡座をかいて座っていた。


「影の世界に消えたら、ルイが怒るだろ」


 トシはそう言うと、再び舌打ちをしながら湖を睨みつけるハクトに向かって微笑んだ。


「ハクト」


「何だ」


「相変わらず短気だな」


「何だと!」


 トシは苦笑いを浮かべた。


「ウォルフが一人で行ったのには理由があるはずだ」


「どんな理由があると言うんだ」


「それはわからないが……俺たちに化け物を会わせたくなかったのかもしれない」


 ハクトは何も言わずに、ますます険しい表情で、視界に入ってきた湖を見下ろした。


「気をつけろ、ハクト。悪意のない化け物は、何をするか検討がつかない」


 巨大な鳥は、ウォルフとラントがいる場所へと降下していった。




 ハクトが鳥の脚から手を離して地面に降りたったのは、ラントが気絶したウォルフを両手で抱きかかえた、ちょうどその時だった。その姿が目に入るや否や、ハクトは聖剣を抜いていた。そしてラントの目の前に着地すると、聖剣をラントに向けた。


「その手を離せ」


 聖剣の青い光が、月の光の何倍も明るく辺りを照らしている。突然のことに驚きつつも、ラントは聖剣の光をキラキラと目を輝かせながら見つめた。


「すごい!綺麗な光!」


 ラントの口から出た子供の声に、ハクトは眉を寄せた。


(この猿がしゃべったのか?)


「光る剣なんて、僕、初めて見た」


 間違いなく、目の前の大きな猿が話していることを確認したハクトは、聖剣を握る手に力を入れた。この猿が、カインが見た地下牢にいた猿に違いないと確信したからだった。


「ウォルフを返せ」


 じりじりと間合いを詰めながらハクトは言った。ラントは目を丸くしてハクトを見つめた。


「あなた、お兄ちゃんのお友達?」


「お兄ちゃん?」


「うん。ウォルフお兄ちゃんは僕のお兄ちゃん。ごめんね、お父さんに、お兄ちゃんを見つけるようなことがあったら、連れて帰ってきなさいって言われてるんだ。だから帰るね。本当は爪を探さないといけないんだけど。お兄ちゃん具合が悪そうだし、もう帰るよ」


 そう言って湖に向かって歩き出したラントの前にハクトは回り込み、ぐっとラントを睨みつけながら聖剣を構えた。


「ウォルフに何をするつもりだ」


「何をって……家族は一緒にいないと。家族はずっとずっと一緒にいないとだめなんだよ」


「斬られたくなかったら、ウォルフを返せ」


「ああ……」


と、ラントは首を横に傾けた。


「僕、斬られても死なないから、無駄だよ」


「試してみるか?」


「あ、あれ?ひょっとして、お兄ちゃんをそそのかして連れ去ったのって、あなた?」


 ハクトは何も答えず、ラントを見据えた。


「やっぱりそうなんだ。あなたのせいで、お父さんがどれだけ寂しい思いをしてきたか知ってる?これ以上邪魔したら、僕、許さないよ」


 ラントは口をガッと開き、威嚇するように牙を見せてきた。猿の牙とは思えないほど、太く長い牙だった。


「気をつけろ」


 ハクトの背後でトシが姿を見せないまま囁いた。


「あの牙から強い影の気配を感じる」


 ラントにトシの声は聞こえなかったが、気配を感じたのか鼻をクンクンと動かした。


「ソルアの匂いがする。僕、大っ嫌いなんだ、ソルア。ひどいことばかりしてくるから」


 ラントは再び口を開くと、ハクトの背後に向かって牙をむいた。


(怒りに満ちている……まるで牙の中に影の住人が閉じ込められているかのようだ。いや、むしろあの牙は、影の住人の牙そのもの……)


 的確にトシの位置を把握しているラントの感情を見つめながら、トシは冷静に分析している。影の世界において、ラントは不思議な存在だった。まるで子供のように無垢な愛に満ちていたのに、牙をむいた途端に異様なほどの殺意が溢れ出した。隠されていた殺意はあっという間に膨らみ、ラントの無垢な愛情を包み込むように広がった。


「これが最後だ。ウォルフを離さなければ、俺はお前を斬る」


と、ハクトは剣先をラントの口元に向ける。


 ラントは顔を歪ませると、べえっとハクトに向かって舌を出し、ウォルフを抱えたまま飛び上がった。そしてハクトを軽々と飛び越え、湖の中に落ちた。


 ざぶんっと大きな音と水飛沫が上がる。と同時に、姿を現したトシが、白い光の網を湖面に向けて投げた。白い網は湖の中に潜っていく。そして数秒後、トシがグッと糸の先を引っ張ると、網は人間ひとり分の塊となって湖から飛び出した。


 ハクトが素早く聖剣を鞘に収め、その塊を受け止める。そしてトシはすぐさま光の糸を解いた。

 

「ウォルフ!」


 ずぶ濡れになったウォルフが、咳き込みながらハクトの腕の中で目を覚ました。

 

「ハ……ハクト……」


「どこをやられたんだ?痛むのはどこだ?」


「ラントは?」


「ラント?猿のことか?」


「ラントは……」


 再び水の跳ねる音がしてハクトは湖面に目を向ける。湖面が揺れているがラントの姿はない。その時にはすでにハクトの上空にいて、両手の手のひらを組んで構えているラントの姿が、ウォルフの目に入った。


「やめろ!」


 ハクトが上空にある気配に気付き、そしてウォルフが叫んだ時、ラントの拳はハクトの眼前に迫っていた。

 

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