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「エプレは万能薬みたいな果実。胃腸の調子も整えてくれるし、毎日食べていたら風邪なんてひかないのよ」
帰り際、ナオは袋にたくさんのエプレを入れて持たせてくれた。ウォルフがその袋と買った肉を抱えるようにして持ち、ルイは肩掛けを身体に巻き付けて顔を隠しながら宿へと戻った。
その間、二人はほとんど口をきかなかった。ウォルフは硬い顔つきで俯きがちに歩き、ルイは周りの目が気になる様子で身をかがめながら進んだ。
しかし宿が見えた時、ウォルフが「ルイさん」と呼びかけた。ルイはビクッとしながら立ち止まった。
「ナオさんから聞いた話なんだけど、シュウにはまだ話さない方がいいと思うんだ。でもミゼルさんには外に出ないように言っておかないとね」
「そ……そうね」
ルイは頷いた。
「ハクトとトシには僕から話すよ。その間にルイさんは食事の用意をお願いできる?もう夕方だし。あと……ダジンも、できたら食べたいな」
「わかったわ。少し時間はかかるけど、いい?」
「うん、大丈夫」
二人は宿に入ると炊事場へ向かった。宿といっても素泊まりで、食事は宿泊者が用意しなくてはならない。今はルイたち以外に客はおらず、空いていて良かったと思っていたのだが、旅人が少ない理由が化け物にあったのだと知り、ルイは背筋を震わせた。
「じゃあ、僕はみんなに話してくる」
と、ウォルフは荷物を置いて炊事場を後にした。
ルイは時間のかかるダジンから作り始める。ナオの話を思い出しながら小麦粉を捏ねる。
(大きな猿……大きな猿……女の人を連れていく……地下牢へ?何のために?みんな殺されたの?そんな酷い事になってないといいんだけど……)
背筋がまたブルッと震えた。
(ウォルフの話を聞いたら、ハクトさんはきっと猿を退治しに行くに違いないわ。先生は……)
小麦に干し葡萄を混ぜ込み、また捏ねる。生地が出来上がると、それをしばらく休ませている間に肉を焼き始める。ナオからエプレを細かく切って煮詰めて肉に付けて食べると美味しいと聞いたので、それも作る。
(さあ、そろそろ出来上がるわ)
ダジンの焼き上がりを確認した後でルイが窓の外を見ると、すっかり暗くなっていた。
「ルイさん」
ミゼルが炊事場にやってきた。
「お手伝いできなくて、ごめんなさい」
「いいのよ。先生は?」
「眠っています。トシさんは戻ってきましたか?」
「え?トシ、出かけているの?」
「はい。ルイさんがお買い物に行った後、少し調べてくるって言って」
「何を?」
「それが……この町、何かおかしいって。調べてくると言ってふっと消えてしまったんです」
ルイはハッと息を吸った。
「ウォルフは?あなたに何か言ってなかった?」
「この町に恐ろしい影の住人がいるから、絶対にシュウとハクトさんの側から離れちゃいけないよって」
「恐ろしい影の住人?それでウォルフは、今はハクトさんといる?」
「あの……実は……私の服を……ザンさんのところでもらった可愛い服を貸してほしいって言って、渡したらどこかへ行ってしまったんです。ルイさんには内緒って言われたんですけど、なんだかとっても嫌な予感がして」
「可愛い服……」
ルイは持っていた皿をガチャンと音を立てながら机の上に置くと、炊事場から飛び出してハクトのいる部屋へ向かった。そして「ハクトさん!」と言うのと同時に扉を開いた。
布団から出て腕立て伏せをしていたハクトは、おっ!と慌てて布団に潜り込む。ルイはその布団をはぎ取ると泣きそうな表情をハクトに向けた。
「いつまで芝居をしているんですか!ウォルフが……ウォルフはきっと、ひとりで」
「何だ?どうした?ウォルフに何かあったのか?」
「やっぱり……ウォルフはハクトさんに何も言わなかったのね?」
ハクトは起き上がると、ルイの両肩をつかんだ。
「何があった?」
ルイがナオのところでの出来事を全てハクトに話すと、ハクトの表情は次第に硬くなっていった。
「きっと湖に行ったのよ。女装をして」
「なぜ俺に言わなかったんだ、あいつは」
「きっとその猿が、ウォルフのお父さんと関係があるかもしれないから……じゃないかしら」
「一人で解決しようとしているのか」
「わからない……わざと捕まるつもりなのかも。これ以上、町の人に犠牲者を出さないために」
ハクトはルイから手を離すと、布団の横に置いていた聖剣を腰にさした。
「ルイとミゼルはシュウの側にいろ。トシもおそらく湖の近くにいるに違いない」
「先生には、このことは……」
「もし……」
と、ハクトは深いため息をついた。
「もし俺たちが朝まで帰らないようなことがあったら、伝えてくれ」




