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「ルイさん、どこへ行くの?」
宿を出ようとしていたルイをウォルフは追いかけた。
「市場よ。お肉と果物を買いに行こうと思って。みんなに、栄養のある物をしっかりと食べてもらわないと」
「僕も一緒に行く!」
と、ウォルフは嬉しそうにルイと一緒に外へ出る。
「ハクトの分はどうする?」
「もちろん用意するわよ」
「でもさっき、お腹が痛いって」
「あんなの、嘘に決まってるでしょ」
ルイはクスッと笑った。
誰が見ても具合の悪そうなシュウだったが、すぐにこの国を立つと言って聞かなかった。少し休んだ方がいいと皆が説得を試みたが、これは精神的なもので身体は元気だから休む必要はない、とシュウは首を縦には振らなかった。
シュウが頑固なことは、みんなが知っていることだ。シュウの説得を諦めて、各々が旅の準備を始めた時だった。突然、ハクトが腹が痛いとうずくまったのである。
ウォルフとトシには、ハクトが嘘をついていることがわかっていた。ハクトの感情の中に、痛みや不安の色が全く無かったからである。
シュウを休ませようとしているに違いない、と二人とも思った。なかなか上手い芝居をするじゃないか、とウォルフは顔がニヤつきそうになるのを必死に押さえながら、ハクトを心配する芝居をしたのだった。
そんなハクトをシュウは本気で心配した。どこがどう痛むのですか?と、ハクトの腹に手を当てた。
そこ……いや、もう少し真ん中あたり……とハクトは適当なことを言っている。
ん?とシュウが怪訝な様子で首を傾げ始めると、バレると思ったハクトは慌てて布団の中に潜り込んだ。
とにかく薬だ。薬を作ってくれ……と、ハクトは布団を頭までかぶっている。兄上?と呼びかけても唸り声をあげるだけだ。
ひとまず胃腸の調子を整える薬を作ってまいります……と、半信半疑な様子でシュウは薬を作り始めた。そして、兄上の腹痛が治るまで出発は延期しましょう、と言ったのだった。
「さすがルイさん。ハクトの腹痛が嘘だって気がついていたんだね」
ウォルフもクスッと笑った。
「意外だったけど。ハクトさん、先生にはいつも厳しいから」
「確かに」
ウォルフはくるりと後ろを振り返り、宿を見やった。
「ハクトは切羽詰まると、意外と思い切ったことをするってことがわかったね。でも確かに、今のシュウの状態は普通じゃないから心配だ」
「どうすれば、先生の状態が良くなると思う?」
「それはたぶん、すごく難しいことだと思う。僕も良い案が浮かばないんだ。ルイさんは?」
「わからないの。リンビル先生ならどうされるかなって考えているんだけど、似たような患者さんをみたこともないし」
「それで、とにかく肉?」
「そう。考えてもわからないから、とにかく美味しい物を食べて、ミゼルさんにいっぱい癒してもらったら、少しは回復するかなって思ったの」
「いいね」
ウォルフは大きく頷いた。
「ルイさん、やっぱりお母さんみたい」
「ねえ、それって」
と、ルイが立ち止まる。
「老けて見えるって言ってる?」
「まさか!」
と、ウォルフは手を前に出して横に振った。
「若いお母さんだよ」
「何よ、それ」
ルイはふふッと笑うと、不安げな様子で通りを見渡した。
「ねえウォルフ、気付いてる?」
「何を?」
「この町、若い女の人や女の子がいないの」
「え?」
ウォルフは辺りを見渡した。確かに周りにいるのは男性が多かった。二人は、立ち並ぶ店の中の人々を観察しながら、ゆっくりと歩き始めた。
「本当だね。確かにそうだ」
「気のせいかもしれないんだけど、みんな私を見ると少し驚いているのよ」
「あっ……」
この町に入ってから、人々が自分たちを見た時に、少し驚いた感情を出すことに気づいていたウォルフだが、人見知りの人が多い町なのかと呑気に考えていたのだった。
「気のせいじゃないと思う。気味が悪いね」
ルイは身体を縮めてブルッと震えた。
「さっさと買い物を済ませましょう」
ルイとウォルフが肉を買った後、果物を選んでいる時だった。店の奥から腰の曲がった老女が出てきた。老女は腰より上は見えていない様子で、それでも手はテキパキと動かして、果物を整然と並べている。
老女は耳も良かった。果物を選んでいるルイとウォルフのヒソヒソ話が聞こえると、老女は腰を曲げたままルイの足元に近寄ってきた。そしてゆっくりと舐めるように目線を上へと動かした。
「あんた!」
ルイの顔を見るなり、老女は乱暴にルイの手首を掴んだ。
「あんた、死にたいのかい!」
「え?」
驚くルイの手を強い力で老女は引っ張り、店の奥へと連れて行こうとする。
「ちょ……ちょっと……何ですか?」
「ルイさん!」
戸惑うルイとウォルフに構うことなく、老女はルイを引っ張ってずんずんと奥へと進んだ。
「おい、婆さん」
店の主人が慌てた様子で呼び止める。
「やめとけって」
「あぁ?」
鋭い眼光を主人に向けながら老女は止まった。
「よそ者を生贄にしようって魂胆か?」
「そんなこと言ってねえだろ!」
「言ってるよ!この町の連中は、いつからこんなに腐っちまったんだろうね!」
「だから、そんなこと言ってねえ」
「この子に忠告しないことが、言ってるってことになるんだ。そんなこともわからんのか、馬鹿息子が」
「何だと!」
顔を赤くする主人から目を離すと、老女はルイの方に顔を向け、少し優しい口調で言った。
「死にたくないだろ?こっちにおいで」
ルイが助けを求めるようにウォルフを見ると、ウォルフがルイに向かって首を縦に振った。大丈夫、悪い人じゃない……ウォルフの目がそう言っていた。
ルイは頷くと、老女に引っ張られるままに奥へと入っていった。




