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3

 それから四日後、ファジルは目を覚ました。しかし、すぐに影の牙から入った毒を抜くための薬をシュウに飲まされて、再び意識を失った。その薬は、ポルトから譲り受けた書物にあったもので、シュウとトシが協力して作ったものだった。


「合ってるんだよな、この薬で」


 トシは少し不安げだ。


「間違いないよ。僕の舌は確かだ。僕でも気絶したからね。たぶん、あと一日は目が覚めないと思う」


と、ウォルフが言った。二人が作った薬の味見をしたウォルフは、三百年ほど前に影の牙にやられた時に飲んだ薬と同じ味だと断言していたのだった。当時、飲まなくても大丈夫だという言葉を遮るように、無理やり薬を飲まされたウォルフが少し気を失ったほど強い薬だ。


「それに、トウも吠えないし」


 シュウの側で座っていたトウはスクっと起きると、ファジルの周りをゆっくり歩きながら一周した。それからトシの背中に頬を擦り付け、シュウの顔をペロリと舐めると、部屋を出て行った。その様子を見て、ウォルフは微笑んだ。


「安心しろって言ってるみたいだったね。でも、トウはまたお出かけかな?」


 悪意が消え去った後、トウはすぐに飛んできて皆との再会を喜んだ。しかし、たびたび屋敷を飛び出しては半日ほど帰って来ないといった日が続いていた。


「先生、トウはどこに行っているの?」


「僕も知らないんだ」


と、シュウはルイに答えた。


「いつもなら僕に自分の考えを教えてくれようとするのに、今回は何もなくて。それになんだか少し……」


「そっけない?」


 躊躇したシュウに代わってウォルフが言った。


「やはり、ウォルフもそう思うかい?」


「子離れみたいなものだよ」


 ウォルフはにこりと頷いた。


「親離れじゃなくて?」


 ルイが首を傾げた。


「うん。だってトウはみんなより年上の、三十歳を過ぎたぐらいだと思うよ。人間でいうと二十過ぎにあたるけど、トウは自分が最年長だと、きっと思ってるよ」


「年齢がわかるのかい?」


 シュウが驚いた。


「同じ群れをずっと観察してたことがあるんだよ。でもココラルは僕が近くに寄ると混乱するから、遠くからこっそりとね」


「まってウォルフ。トウが私たちから離れようとしているっていうことなの?」


 ルイの言葉に、ウォルフは頷いた。


「どうして?」


「本能だよ。トウにも止められない」


「本能?」


「トウも自分の家族を持つ時がきたんだ。みんなみたいにね」


 シュウとミゼル、そしてトシとルイを見つめながらウォルフが言った。今この場にハクトがいなくて良かったとウォルフが思っていると、ハクトの足音が聞こえてきて、ハクトが扉の隙間から顔を覗かせた。


「具合はどうだ?」


「薬を飲んで、また気を失いましたが、大丈夫です」


と、シュウが答える。


「そうか。良かった。ところでトウがまた出ていったが?」


「はい、知っています」


「また睨まれた気がしたんだが、何かあったか?」


「睨まれた?また?」


「それは……」


と、ウォルフがクスッと笑った。


「しっかりしろよって念を押されてるんじゃないかな」


「なぜ俺がそんなことをトウに言われなきゃならないんだ?」


「トウの次に年長なのは、ハクトだからね」


「ん?何の話だ?一体、トウはどこに行ったんだ?」


(本当のことを言ったら、またハクトの機嫌が悪くなりそうだな。何か適当なことを)


と、ウォルフが口を開きかけたところに、ミゼルが心配そうに尋ねる声が聞こえてきた。


「トウが結婚したら、シュウから離れてしまうってことなの?」


「あ……いや……うん……たぶんそうかな?」


 シュウがウォルフにちらりと視線を送ると、ウォルフは小さく頷いた。


「それは、とても寂しい」


「でも、トウが幸せになってくれるんだったら、僕はその方が嬉しいんだ」


 シュウの心情を慮って、目に涙を溜めるミゼルの頬に、シュウは優しく手を当てる。


「そんなに悲しそうな顔をしないで、ミゼル」


 そしてシュウはその手をミゼルの頭の後ろにまわすと、座ったままミゼルを抱きしめた。


(ありゃりゃ、また始まった)


 さすがのウォルフも、たまらず髪をかき上げながら二人から目を逸らした。


(シュウは愛を隠そうとしないからね。そういうところが闇の炎に気に入られたのかもしれないけど)


 さぞかしハクトが嫌な顔をしているだろうと、ウォルフは扉に顔を向けたが、そこにはすでにハクトの姿はなかった。




 ウォルフは、ハクトを追って外に出た。ハクトは庭で木刀に砂の入った袋を巻きつけて重くしたものをブンブンと振り回している。聖剣での戦いを継続的に行うためには、筋力のより一層の強化と体力の向上が必要だった。


「ハ〜クト!」


 ウォルフが陽気に呼びかける。


「何だ」


 木刀を振る手を止めることなくハクトは答える。


「トシのお父さんの具合が良くなったら、すぐにナバルを倒しに行こう。そうしたら国に戻ってアンナさんに会える」


 ブンッと音を立てながら木刀をまっすぐ振り下ろしたハクトは、ウォルフに背を向けたまま動きを止めた。そして少しの沈黙の後にぼそっと言った。


「お前も一緒にフオグに戻らないか?」


 ハクトの額から汗が頬を伝ってぽつりと地面に落ちた。その音が聞こえそうなほど、二人の間は静かだった。


 ウォルフは振り返ろうとしないハクトの背中をじっと見つめていた。


「アンナに会ってみたいと言っていただろ」


 ハクトの声は、さっきよりも少しだけ大きかった。そしてほんの少しだけ震えていた。いや、震えそうになるのを必死に耐えているようにウォルフには聞こえた。


「だから、お前も一緒にフオグに来ればいい」


「ハクト、僕は……」


「きっとお前はアンナに、可愛いとか綺麗とか大好きとか……平気で言うんだろうな」


「ハクト!」


 まるで親が子を叱る時のような言い方でウォルフが言った。


「僕も、トウみたいに君を睨むよ!」


 しかしすぐにため息をつくと、ウォルフは頬を緩めた。そして微動だにしないハクトの背中に向かって言った。


「フオグは良い国だ。みんな優しくて、穏やかで、美しい。大好き。だけど、僕の帰るところはフオグじゃない」


 ハクトの頭がピクリと動いた。ウォルフの怒った声に驚いたシュウとトシが屋敷から出てきたのだ。ウォルフも気付いたが、振り向くことなくハクトの背中に語りかけた。


「英雄ユアン様から聖剣を奪って、君たちに出会った。ハクトは聖剣の使い手、シュウは闇の炎の使い手、トシは天才的なソルアに成長した。

 ねえ教えてよ、ハクト。こんな奇跡にもう一度巡りあうためには、僕はいったい、あとどのくらい生きたらいい?何百年?いや何千年?」


 ハクトは言葉を返すことができない。拳にぐっと力を入れて、身体を震わせた。


「千年後、世界がどうなってるかなんてわからないけど、僕が今の僕のままでいられる自信はない。父親みたいに心が歪んでしまっているかもしれないし、()()ソルアみたいに恐ろしいことを考えてしまうかもしれない。本当の化け物になってしまうかもしれない。

 僕はもうこれ以上、化け物にはなりたくないんだ。まだ、なんとか人間として扱ってもらっている間に…………ね、ハクト。だから僕はフオグには行かない。その前に……」


 ウォルフの言葉を遮るように、ハクトが木刀をブンッと振り上げた。そして無言のまま、がむしゃらに木刀を振り始めた。シュウはそんなハクトの姿を憂いた表情で見つめ、トシは額に手を当てて俯いた。


「ごめんね、ハクト」


 ウォルフの小さく呟く声が、ハクトの耳に届く。


 ハクトは一瞬身体を止め、両目を閉じた。


 しかしすぐに目を開くと、ハクトは何かを睨めつけながら、重い木刀で空間を切り裂いたのだった。

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