第7話 初めての魔物
『異世界農業』で生み出した農地に苗を植えてから、早くも4日が経過した。
ここまでは同じような日々を過ごしており、午前中は苗植えと水撒きといった農作業。
午後は裏山に行き、自然を感じながらハイキングや川遊びを楽しむという子供の夏休みのようなことをしている。
働いていた時に元気を全て使い果たしたと思っていたけど、まだまだ自然の中で遊べるくらいには元気があると分かったのは本当に嬉しい。
唯一の懸念点はこの様子を全てシーラさんに見られているということだが、終始穏やかな表情のような気がするし、変な人とは思われていても嫌われてはいない……はず。
それとそんなシーラさんだが、初めて苗植えを行った翌日から農作業の手伝いをしてくれている。
流石に農作業まで手伝わせるのは悪いと思ったため、一度は断ったのだけど、無言の圧力に屈して結局手伝ってもらうことになってしまった。
食べるときと同じくらい笑った顔を見せるため、楽しいとは思ってくれているようだが……流石に申し訳なさが勝っているため、野菜が収穫できたらとびきり美味しいものを振る舞ってあげるつもりだ。
私はそんなことを考えながら味気のない朝食を食べ終え、二人で一緒に農地へと向かう。
今は水撒きだけのため、めちゃくちゃ作業が少ないが、トマトの方は既に緑色の実が成っていることから、明日には収穫作業が始まると思う。
クラックドラフは根菜のようで、どうなっているかは分からないけど、こちらも多分明日には収穫できるはず。
【異世界農業】で作り出した農地で作った野菜は早く育つとスキル説明にあったが、ここまで実るまで早いとは思っていなかった。
この分なら成長速度は一生強化しなくても良いように思ってしまうが、購入できる苗を増やしていったら、収穫に時間のかかる野菜なんかが出てくるのだろう。
そんな予想を立てていると、私の隣で何故かシーラさんが頬を膨らませていた。
「シーラさん、どうかしましたか?」
「今日はもう作業が終わってしまいましたので、ちょっとだけつまらないなと……」
「今日は水やりだけでしたもんね。でも、明日はいよいよ収穫ですので大変になると思いますよ」
「えっ!? もう収穫できるのですか?」
「多分ですけど、できると思います。以前にもお伝えしたと思いますが、この農地はスキルで作り出したものですので、実るのが普通の農地よりも早いんです」
「やはり佐藤さんのスキルって凄いですね。明日の収穫……楽しみです」
シーラさんは本当に嬉しそうに笑っている。
最近は笑顔を見る機会も増え、私も釣られて笑顔になれるため本当にありがたい。
「ということで、今日はもう農作業も終わりですので……早めに裏山に行っても大丈夫でしょうか?」
「もちろんです。私に許可なんか取らなくて大丈夫ですよ。今日も水浴びをするのですか?」
「いえ、今日は魚を取ろうと思いまして。もし取れたら今日の夜に食べましょう」
「それはいいですね。応援していますのでがんばってください」
そう。今日は裏山に流れている小川で魚釣りを行う予定。
川遊びをしている時に魚がいることは知っていたので、時間に余裕のある今日取ろうと昨日から考えていた。
手元には日持ちする食料しかないため、生肉や生魚といった新鮮な食材は食べることができていないのだ。
久しぶりに魚が食べたいし、応援してくれるシーラさんのためにも絶対に魚を釣りたい。
私は心の中で意気込みつつ、山の中に入って小川を目指した。
小鳥や小動物の鳴き声を楽しみながら、いつもの小川を目指して歩いていたのだが……。
どこからか、草木を掻き分ける音のようなものが聞こえてきた。
遠い場所から聞こえているはずなのに、これだけハッキリと聞こえるということは大きな音であることが分かる。
つまり、イノシシやクマと言った大型の動物か、魔物の可能性が高い。
今日まで平和そのものであり、安心しきっていたことこともあって急に怖くなってきた。
私は後ろを振り返り、シーラさんに助言を求めることにした。
「シーラさん、この草木を掻き分ける音の正体って……魔物でしょうか?」
「可能性は高いですね。ただ、この山に生息しているのはワイルドボアやファングディアですから、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」
「そ、そうなんですね」
そうサラッと言ってきたシーラさんに、大丈夫な訳ないじゃないですか――とは言えず、私は苦笑いしながら再び歩みを進める。
それにしても、ワイルドボアにファングディアか。
ボアはイノシシで、ディアは鹿だったよな。
鹿は可愛いってイメージしかないんだけど、イノシシの魔物はちょっと怖いかもしれない。
ただ、今さら怖いから引き返すなんてことはできず、小川を目指して歩き続ける。
先ほどの音はどうやら小川の方向からしていたようで、進むにつれて物音が大きくなってきた。
「も、もう音がすぐ近くですが、ほ、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫ですよ。ふふ、佐藤さんは意外と怖がりなんですね」
決して笑いごとではないし、怖がりとかではなく誰でも怖がると思うのだが、シーラさんは変わらず楽しそうにしている。
自作の釣竿に自作の毛バリ。
準備万端でやってきたのだが、正直もう釣りって気分ではない。
すぐ近くでガサガサと聞こえている中、冷や汗をかきながら震えていると……とうとう十メートルほど先に魔物の姿が見えた。
「やっぱりファングディアですね。大した魔物じゃありません」
「え、え!? あ、あの魔物が大したことなおんですか!?」
捻りに捻りまくっている巨大な角に、狼なんか比ではないほどの凶悪な牙。
目は真っ赤で血走っているし、全長3メートルはあろうかという巨体。
この生物は何かと聞かれて、鹿と答える人はゼロだと断言できるほどの魔物に、私は思わず腰が抜けてしまった。
シーラさんはそんな情けない姿の私の横を通りすぎ、まるで散歩に行くかのような軽い足取りでファングディアに近づいていく。
必死に止めようとしたが声は出ず、とうとうファングディアがシーラさんに気づいてしまった。
間を置くことなく、凶悪な牙を見せながら飛びかかってきたファングディア。
完全に殺されると思ったのだが――シーラさんは目にも止まらぬ速さで抜刀すると、ファングディアの噛みつき攻撃をかわしながら、あっさりと首を落として見せた。
その流れるような剣捌きに、私は開いた口が塞がらない。
「ファングディアを倒しましたよ。これで安全に進めます」
「……し、シーラさん、凄すぎます! かっこよかったです!」
「……へ? たかがファングディアを倒しただけで、そんな手放しで褒められるとムズムズしてしまいますよ」
「でも、本当にかっこよかったんですので!」
私がしりもちをついた状態で、拍手をしながら褒めまくっていると、シーラさんは本当に恥ずかしそうに頭を掻いた。
本当に弱い魔物だったのかもしれないが、私にとっては命の恩人になったわけだし、これを褒めないということはありえない。
その後は称賛しながら小川へと目指し、予定通り釣りを行ったのだが……。
釣りに全く集中できなかったこともあり、釣果はゼロで終わってしまった。
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