第397話 想像以上のダメージ
来賓席からも見てはいたけど、実際に目の当たりにすると、その体の大きさに思わず口が塞がらない。
身長も凄まじいが、何より目を見張るのは筋肉量。
私の中での1番大きな方はドニーさんだったけど、アールジャックさんは頭ひとつ抜けての第1位に躍り出た。
「ガロさん、アールジャックさんを呼んだんですか? 色々と頭が真っ白です」
「ん? ライムはいないのか?」
初めて聞くアールジャックさんの声は、見た目の厳つさとは裏腹に、低音ながらどこか優しさがある。
「目立ちすぎるから連れてこなかったそうじゃ。それより座るといい。ライムより先に、その主に話をしたほうが早いじゃろう?」
「あなたがライムの主なのか」
「そ、そうです。ライムにご用があったんですか?」
「ああ。リベンジをさせてもらいたくて、その交渉に来た」
なるほど。だからわざわざ『バッカス』まで来たのか。
ライムは試合後も元気そうだったし、帰るまでに1戦くらいはできるとは思う。
それこそ、コロッセウムさえ借りられれば、すぐにでも――。
「すみませんが、明後日には発つ予定なんです。明日なら可能ですが……アールジャックさんのほうが難しいですよね?」
「明日やってもらえるのか? ぜひお願いしたい」
「ふぉっふぉっふぉ。ワシが言えた義理じゃないが、その体じゃ無理じゃろ。右目も見えとらんのだろう?」
眼窩底を骨折してしまったのか、右目は大きく腫れ、鼻も痛々しく曲がっている。
さらにガロさんと同じく、左腕も思うように動いていないようだ。
「いや、大丈夫だ。戦えるなら戦いたい」
「ほれ、脇腹もやっとるじゃろ」
ガロさんは不意にコップを投げた。
といっても放物線を描く優しいトス。
だけど、アールジャックさんは右手を伸ばしきれず、コップは床に落ちて割れた。
「ちょっと! 何を勝手に店の備品を投げてるのよ!」
「すまんすまん。ヒビの入った古いコップじゃったし、代わりを買うから勘弁してくれ」
「言質を取ったからね! 絶対買ってから帰りなさいよ!」
マスターに平謝りして事なきを得たけど、気になるのはコップよりアールジャックさんの方。
さっきの位置なら右手を伸ばせば掴めたはずだけど、コップを掴もうとして顔を歪めていた。
「そんなに酷い怪我なんですか?」
「酷いというほどではなかろうが、明日は無理という話じゃな。ふぉっふぉっふぉ。ワシのアールジャックの一大決戦と言われておったが、ライムに派手に壊されたのう」
「…………本当にその通りだ。油断はしていなかったが、相手はガロさんだけだと思っていた」
「ワシもじゃ。魔物があれほど強いとは、この歳まで知らなんだわい」
「うーん……魔物というより、ライムだけが特別な気がします。マッシュはアールジャックさんにボコボコにされてしまいましたし」
ライムでさえ対策されれば負けるかもしれない――それほどアールジャックさんのフィジカルは異常だ。
「そのマッシュも力が制限されとったんじゃろ? ライムもじゃが、本気で戦われたら勝ち目は薄いのう」
「それは本当か? マッシュもライムも、力を制限された状態であの強さなのか?」
その話は知らなかったらしく、アールジャックさんは心底驚いた表情を見せた。
「そうではありますが……そもそも武闘大会は魔法禁止ですし、許容範囲の制限だと思います。ライムは、制限があってもなくても強さは大して変わらない気がしますけど」
「それでも、ワシは本気のライムとやってみたくなったがのう」
「俺もだ。次は本気で戦ってもらいたい」
地位や名誉より、強い相手と戦」ことが根っこにあるんたと思う。
2人とも、目が少年みたいに輝いている。
「ギナワノスには頻繁には来られませんが、私たちの住んでいるところに来てくだされば、基本いつでも再戦を受けられます。来年になりますが、私主催の模擬戦大会もありますし、都合のいいときに来てください」
「ほほう、佐藤さんも大会を開いとるのか。それは参加してみたいのう。ちなみに前回の優勝者は誰なんじゃ?」
「もちろんライムです。ただ、ライムでも序盤で負けうる強者が揃っていますよ。お二人が来ても十分楽しめるはずですよ」
「なら、その大会に合わせて行かせてもらう。佐藤さん、再戦の機会をありがとう」
握手はできないほど体が痛むようだけど、視線でしっかり意思は通じた。
私としても、2人が参加してくれたらありがたい。
「それては俺は帰る。ガロさんとも、次は戦いたい」
「ワシもじゃ。近いうちに頼むぞ」
店を出ていくアールジャックさんを見送ったあと、私たちは残って少し談笑した。
もっとも、ガロさんは怪我のせいか酒を口にせず素面のまま。
私だけ気分よくなって申し訳なかったけれど……いろいろな話が聞けて、とても楽しい夜になった。





